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第69話【魔人】

 セシリアは血に濡れた手で剣を支え、荒い息を吐きながらも一歩前へ進み出た。

 紅紫の瞳を揺らすユリナや、険しい顔で辛うじて立っているユウマを横目に、彼女は戦場の中心に声を放つ。


「ならば、問わせてもらう」


 その声音は震えてはいなかった。

 守るべきもののために、知るべき真実を求める――ただそれだけの強さがあった。


「“魔人”とは何だ。……お前以外にも、複数存在するのか」


 問いが放たれた瞬間、結界の空気がわずかに震えたように感じられた。


 剣の魔人は沈黙した。

 やがて、バイザーの奥で存在しないはずの瞳が細められたように感じ、不気味な笑い声が漏れる。


「……クク。なるほどな。質問はそれか」


 肩を揺らし、愉悦と侮蔑が混じった声音で続ける。


「いいだろう。答えてやる。――“魔人”ってのはな、元は人間だ。お前達が魔族と呼んでいる連中は要は出来損ないだ。怨念の魂を宿すだけの器。だが……そこから更に、別の段階に踏み込んだやつがいる」


 低い声が戦場に響き、Sクラスの面々の背筋が粟立つ。


「つまり俺みたいに、“人間と変わらぬ知性”と、“己を変質させる術”を得たやつ。剣でも、槍でも、炎でも――自分自身を恐怖の象徴の一つに変えられる。そういう存在を、連中は“魔人”と呼ぶ」


 剣の魔人は口端を吊り上げ、不気味に笑った。


「俺が唯一か? ……さぁな。お前らにとっちゃ、一体でも充分に絶望だろうよ。

 そもそも質問は一つだけと言ったはずだがな」


 吐き捨てるようなその声音に、誰も返せなかった。


 ユウマは喉を鳴らす。

 ……人間から、魔人に……? じゃあ、こいつらは……


 ユリナの紅紫の瞳もまた、静かに震えていた。


 剣の魔人は低く嗤い、結界の闇に声を響かせた。


「今日はおもしれぇもんを見つけられたからな。機嫌が良い。……しょうがねえから、それも答えてやるよ」


 その言葉に、場の空気が再び張り詰める。


「俺も詳しくは知らねえが――複数の魔人で“つるんでる”連中がいる。群れになって、何かを企んでやがるらしい」


 ユウマの背に冷たいものが走る。ユリナも紅紫の瞳を揺らし、セシリアは剣を強く握り直した。


「俺も誘われたさ。だが……俺は強さを追い求めること以外に興味はねえ。群れなんざ性に合わねえから断った」


 口端を吊り上げ、不気味な嗤いを重ねる。


「だがな――爺に減らされた分の力を取り戻したら……いずれはそいつらも切り刻む。力ごと、全部俺のものにしてな」


 その宣告は、戦場の誰一人として言葉を返せぬほどの冷酷さを帯びていた。


 直後、魔人は手を軽く払った。


 ――ゴウン。


 耳をつんざく重低音と共に、結界を形作っていた闇が崩れ落ちていく。


「今日はここまでだ。またおもしれぇ時に会おうぜ」


 バイザーの下から射抜くような視線をユウマへと投げ、剣の魔人の姿は闇の中に溶けて消えた。


 張り詰めていた重圧が消え、空に再び光が差す。だが誰一人、安堵の息を漏らす者はいなかった。


 恐怖と疑念、そして新たな脅威の影だけが、戦場に残されていた――。

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