第67話【一度きりの切り札】
戦場を覆う恐怖の空気の中で、ユリナの紅紫の瞳がわずかに揺らめいた。
その視線がユウマに向けられ、短く目くばせを送る。
(セシリア教官の切り札、模倣しているようね)
ユウマは小さく頷いた。
そのやり取りを、すぐにエリカも察する。杖を強く握り、セシリアの前へと歩み出た。
「教官を守るのは、今は私の役目……!」
その一歩に迷いはなかった。
「――《ダークネス・ゲイズ》!」
ユリナの視線が奔り、闇が魔人を包み込む。
効かないことはわかっている。だが狙いは一つ、注意を惹きつけること。
魔人の口元に嗤いが浮かんだ。
「通じねえのに、まだやるか」
その瞬間、ユウマが詠唱を終える。
「《テンペスト・ワルツ》!」
旋律のような風が生まれ、幾騎もの風の騎士が舞い降りた。刃を構え、魔人へ一斉に斬りかかる。
しかし――。
振るわれた魔人の剣撃は、すべてを切り裂いた。騎士たちは霧散し、斬撃の余波が空間すら削る。
「まだだ!」
ユウマがさらに杖を振るい、風に炎を絡め取る。
「《ヴォルカニック・サイクロン》!」
紅蓮の竜巻が騎士の残滓を巻き込み、戦場を轟音で包み込む。
爆炎の奔流すら、魔人は冷笑で迎えた。
「次から次へと色々出してはくるが、チリみてぇなもんだな」
剣の一閃が走り、竜巻ごと炎が切り裂かれて霧散する。
だが――その腕に違和感が走る。
「いいかげん、しつけぇな」
右腕に巻き付いていたのは、赤熱の炎鎖。
「《クリムゾン・チェイン》!」
エリカの叫びと共に、鎖が軋みを上げる。
以前よりも強固に、より鋭く。
完全には止められずとも、その瞬間、魔人の動作はわずかに遅れた。
想像していた通りだ。こいつは力に慢心してる。ゆえに攻撃に対して回避が甘い……!
ユウマの脳裏に冷たい確信が走る。
その瞬間、全身から汗が噴き出した。
模倣は成功している。だが――。
成功した際にこの魔法の本質を理解していたがために躊躇してしまう。
魔力の心配はない。けど……体力も、気力も、全部持っていかれる……! 一度やったら、もう立ってはいられない……
足が震える。だが迷いは切り捨てた。
「――《アストラル・エッジ》!」
刃なき箇所から放たれたのは、空間そのものを断ち切る光。
軌跡が戦場を裂き、炎鎖に絡め取られた魔人の腕を正確に捉えた。
虚空を切り裂く断面が走り――片腕が黒靄と共に飛んだ。
「ぐっ……!」
魔人の表情が初めて歪む。だが同時に、残された身が跳ねた。
本来ならば、セシリアが見せたように両断するはずだった。
発動と同時に空間そのものを裂き、理を断つ――《アストラル・エッジ》。
回避不能の絶対の斬撃。
だが魔人は、土壇場で本能的に危機を察した。
発動までの刹那に体をねじり、結果として――失われたのは一振りの腕だけ。
黒靄が飛び散り、焦げた床に闇が滲む。
ユウマは荒い息を吐き、辛うじて立っていた。
魔力はなお絶え間なく世界から流れている。だが、肉体は限界を迎えつつある。
……やっぱり、一度きりが限界……! これ以上は身体がもたない……!
だが確かに、仲間が作った一瞬を斬り裂くことはできた。
失われた片腕を睨みながら、魔人は嗤う。
「……面白ぇな。さっきの女のマネか? けど両断はできなかったみてぇだな」
魔人の口元から、嗤いが零れ落ちる。
その声音は、まるで勝利の宣告のように不気味だった。




