第63話【剣の魔人】
闇が濃く垂れ込め、戦場の空気は張り裂けそうに緊張していた。
突如として現れた、瞳を覆う黒いバイザーの男。
その威圧感だけで、周囲の空気は凍りつく。
「……誰だ」
レイジが剣を構え、低く唸る。
だが男は挑発的な笑みを浮かべ、まるで聞こえていないかのように口を開いた。
「ここで一番強いのは、誰だ?」
言葉に空気が張りつめる。レイジが応戦しようと踏み出す――。
「下がれ」
それを制したのはセシリアだった。静かに前へ歩み出る。
「質問に答えよう。……ここにおける最強は、この私だ」
剣を抜き放ち、真っ直ぐに男を見据える。
男は短く笑い、肩をすくめ先ほどの問いに答えた。
「名前なんざ忘れちまったな。……最近は“剣の魔人”と呼ばれることが多い」
次の瞬間、剣と剣が激突した。
火花が散り、轟音が空気を震わせる。
双方、剣技のみの応酬――だが速度も重さも、人の域を超えていた。
セシリアの額に汗が滲む。対照的に、魔人は楽しげに笑っている。
「ははっ! そこそこ楽しめそうだな!」
剣戟の連打。火花が乱れ、砂塵が舞う。
だがセシリアの足は次第に押し下げられ、じりじりと後退していった。
「……セシリア教官が……押されている?」
エリカが蒼白な顔で呟く。
サクラは扇を口元に当て、冷静を装いながらも目を細めた。
「信じられませんわ……あのセシリア教官が」
マユミでさえ、声を震わせる。
「剣技だけで……ここまで圧倒するなんて」
レイジが歯を食いしばる。
「畜生……俺たちも――」
「下がっていろ!」
セシリアの叱責が、戦場を貫いた。
その一喝に、全員の身体が止まる。
そして理解した。確かに自分たちは足手まといにしかならないと。
カズマが槍を下ろし、悔しげに吐き捨てる。
「クソ……強すぎる……」
ハルトも光剣を収め、拳を握り締めるしかなかった。
一方、後方で戦況を見守るユウマとユリナ。
二人の瞳は、戦場に釘付けになっていた。
「あれは、“魔族”じゃない……?」
ユウマが低く呟く。
ユリナの紅紫の瞳が細められる。
「ええ。……本人が言うように“魔人”。人の姿を残したまま、魔に堕ちた存在というべきかしら」
その言葉にユウマは息を詰める。
魔族ですら未知数の脅威なのに……人の形を保つ魔人……本当に勝てるのか?
胸の奥で、冷たいざわめきが広がる。
「そろそろ気合を入れてやるか」
魔人が笑い、唐突に剣を地面へ投げ捨てた。
そしてセシリアの斬撃を――素手で受け止める。
次の瞬間、その腕が変質し、鋭い刃となった。
「……っ!」
セシリアの目が見開かれる。
腕そのものが剣へと変わり、さらに凶悪な輝きを放つ。
「剣を使わずとも、俺自身が剣だ」
嗤う魔人の声は、戦場を凍りつかせた。
Sクラス生たちの息が一斉に詰まる。
そして――本格的な死闘が始まろうとしていた。




