第62話【闇炎の胎動】
最深部を満たす空気が、一変した。
黒靄が渦を巻き、魔物の死骸を呑み込みながら人の形を模していく。
――魔族のなり立て。
アカネは一歩前に出て、拳を握りしめた。
その隣では、炎剣を担ぐイグニス・フレイムハートが低く息を吐く。
「……ただの魔物じゃないな」
「下がれ。こいつは私がやる」
アカネの声は鋼のように硬かった。だがイグニスは笑みを浮かべ、炎を強める。
「はっ、相棒の背中を預けるってんなら――最後まで一緒だ」
言葉と同時に、魔族が口を開いた。
空気そのものが歪む。闇に染まった炎が奔流となり、前方の魔物たちをまとめて焼き尽くす。
「……闇の炎!?」
イグニスが炎剣を振るい、対抗するように高位の炎術を放つ。
だが次の瞬間――その炎は闇に呑まれ、逆に侵食されていった。
「なっ……!?」
炎の上位魔法ですら焼き潰され、闇炎はなお空間を焼き続ける。
アカネは即座に駆け出し、拳を叩き込んだ。
肉体強化の一撃は、闇炎ごと空間を揺らし、押し返して消し飛ばす。
「……消えた!? アカネ、今の……」
「考えてる暇はない。お前は炎を使うな。魔力を纏わせた剣で相殺しろ」
短い指示に、イグニスの瞳が驚きで揺れる。だが次の瞬間には頷き、剣に炎ではなく純粋な魔力を纏わせた。
「――はぁっ!!」
振り下ろされた刃が、押し寄せる闇炎を切り裂き、相殺する。
空間を焦がす炎は、魔力を宿した剣でのみ打ち消せることが証明された。
「……転生者でなくても、方法はあるか」
アカネは内心で冷静に結論を下す。
イグニスは歯を食いしばりながらも、剣を振るって周囲に道を作る。
「行け! 俺が炎を払う、相棒は――あいつを!」
「当然だ」
アカネは疾風のごとく踏み込み、拳を叩き込む。
黒靄が砕け、虚ろな顔が歪み、やがて光粒となって四散した。
――魔族、消滅。
最深部に再び静寂が訪れた。
イグニスが荒い息を吐き、剣を収める。
「……ふぅ。なんとかなったな」
アカネは拳を下ろし、わずかに息を吐いた。
「油断するな。だが……確かに仕留めた」
安堵が胸に広がった、その刹那――。
アカネの表情が鋭く変わる。
外から、別種の魔力が押し寄せてきたのだ。
「……これは」
イグニスが目を細める。
「外だな。強い……いや、さっきの比じゃねぇ」
アカネは拳を握り直し、無言で振り返った。
「急いでダンジョンを出るぞ……」
外の戦場に、突如として異常が走った。
空が音もなく黒く覆われ、光が失せる。
風は止み、鳥も鳴かず、ただ“圧”だけが場を支配する。
「な、何だ……っ!?」
ハルトが剣を握り直す。
リナの手のノートが震え、周囲を分析するように目を走らせる。
同時に、ダンジョンの入口と周囲に黒い結界が走り、まるで檻のように閉ざされた。
侵入も脱出も許されぬ、閉ざされた戦場。
「結界……! これじゃ、誰も入れないし、逃げられない……!」
エリカが声を詰まらせる。
直後――。
「……やれやれ。せっかく魔族になりたてのやつの波長を見つけたから来てみれば……一足遅かったか」
低く落ち着いた声が、背後から響いた。
振り返った一同の目に映ったのは――。
瞳を覆う黒いバイザーを装着した、細身の男。
闇に溶けるような装束に、ただ一つ圧倒的な威圧感。
その存在だけで、戦場の空気は凍りついた。
「……誰だ」
レイジが剣を構え、低く唸る。
だが男は挑発的な笑みを浮かべるだけだった。




