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第61話【深部の影】

 戦場の空気が、わずかに緩んでいた。


 ダンジョンの入口からあふれ出していた魔物の数が、目に見えて減ってきていたのだ。

 荒い息を吐きながらも、Sクラスの面々はそれぞれの武器を下ろし始める。


「……もう、ほとんど出てこないな」

 槍を肩に担いだカズマ・フェルドランスが、周囲を見回して安堵の笑みを浮かべる。


「ふぅ……これならもう心配はなさそうだ」

 ハルト・オルディアも光剣を収め、額の汗をぬぐった。


 その様子に、ショウがにかっと笑いかける。

「おーい! もう片付いたんじゃねぇのか? 腹減ったぞ!」


 しかし、安堵の空気を一刀両断する声が響く。


「気を抜くな。まだ終わってない」

 レイジ・ヴァルハルトの低い叱責に、皆が思わず背筋を伸ばす。


「……減ったのは確かだが、妙だろう。出現が止まるまで油断は禁物だ」


 淡々としたリナの補足に、静けさが戻る。

 ユウマはそのやり取りを見ながら、仲間の輪から一歩下がっていた。


「お前と俺とリナは温存だ」

 そう告げたレイジの言葉を思い返す。

 後方で備える役割――それが今の自分たちの立ち位置だった。


 それでも、胸のざわめきは消えない。


 一方その頃――。


 ダンジョン深部は、別の意味で異様な静けさに包まれていた。


 アカネ・クロガネの拳が振るわれるたび、群れ成す魔物たちが壁に叩き潰される。

 肉体強化に裏打ちされた動きは、まさに圧倒。

 地を揺らしながら進む姿は、ただ一人で戦場を支配する巨岩のようだった。


 その隣を、赤髪の青年が炎を纏いながら歩んでいた。


「相変わらず無茶するな、アカネ。……お前一人で突っ込む気だったんだろ?」


 炎剣を軽く担ぎながら笑うのは、三年Sクラス主席――イグニス・フレイムハート。

 エリカの実兄にして、現王都学園の生徒中最強と呼ばれる存在だ。


「……お前、誰がついて来いと言った」

 アカネは鬱陶しげに眉をひそめる。


「言われてねぇよ。けど“相棒”くらい勝手に名乗ってもいいだろ?」

 炎を揺らしながら肩をすくめるイグニス。


 アカネは深いため息をついたが、追い払うことはなかった。


 やがて――。


 最深部の空気が、ねっとりとした靄に包まれていく。


 魔物の骸が黒く染まり、渦を巻き、やがて人の形を模し始めた。

 瞳のない虚ろな顔。だがその身には人の輪郭、そして異質な魔力がまとわりついている。


「……これは」

 イグニスが炎剣を構え、低く唸る。

「ただの魔物じゃないな」


「下がれ」

 アカネは短く告げ、拳を握りしめる。

「こいつは――魔族のなり立てだ」


 だがイグニスは炎をさらに強め、挑むように笑った。

「はっ、下がる気はねぇよ。相棒の背中を預けるってんなら――最後まで一緒だ」


 靄の人影が、ぎしりと首をねじり、二人を見据えた。


 魔の胎動は、ここからが本番だった。

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