第59話【兆し】
朝の食堂はいつも通りの喧騒に包まれていた。焼きたてのパンの香りと、煮込みスープの湯気が漂い、笑い声が飛び交う。
「ユウマ! 今日は俺が一番に取ったからな!」
山盛りのパンを抱えたショウが、にやりと笑う。
「朝からまた勝負かよ。少しは落ち着け」
呆れた声を返すと、隣でエリカが溜息をついた。
「まったく。食べることしか頭にないのかしら」
リナはノートを広げたまま、淡々と口を挟む。
「でも、ユウマさん。顔色は思ったより悪くありませんね。先日の学園長室のこと……ずっと考えているのかと思っていました」
ユウマは苦笑でごまかす。
「まあな。考えたって答えは出ないし」
けれど胸の奥では、昨夜学園長に告げられた言葉がずっと重石のように残っていた。
俺は……平凡じゃいられない。そういうことなんだろうな
授業中。窓から光が差し込む中で、ユリナがふと視線を外へ投げた。
「……嫌な気配」
その囁きに、教室が一瞬だけ静まり返る。セシリア教官が前を向いたまま眉をひそめたが、すぐに鋭く言い放った。
「今は授業に集中しろ」
空気のざらつきはすぐに消えた。だが、何かが迫っていることだけは確かだった。
放課後。鐘の音と共に、学園に緊急の知らせが響いた。
「王都近郊のダンジョンにて魔物の異常発生――至急、臨時討伐部隊を編成する」
広場に集められた生徒たちの間にざわめきが走る。
「軍はどうしたんだ!?」
「本来なら俺たちの出番じゃないだろ……!」
告げられたのは、思いもよらぬ理由だった。
――現在、軍は多方面に遠征中。国境の警備や地方での治安維持に戦力を割かれており、即応できる部隊が足りていない。
その穴を埋めるため、学園の上級生を中心に派遣が決定された。
一年生もまた、支援や後方の役割として現場へ向かうことになる。
「……俺たち、まだ一年だぞ」
誰かが呟いた声は震えていた。
けれど、サクラが優雅に扇を広げる。
「恐れる必要はありませんわ。舞台が与えられたのなら、あとは踊るだけ」
マユミは冷ややかに補足する。
「逃げ道はない。なら、役割を果たすしかないでしょう」
その言葉に、ユウマは拳を握りしめた。
夢みたいな日常が戻ったと思ったのに……。でも、この世界は待ってくれない。俺はまた――戦場に立たされる
沈みゆく夕陽が、彼の決意を影のように長く伸ばしていた。




