第57話【学園長の意図】
学園長室の空気は重かった。
学園長が机上に置かれた報告書へ視線を落とす。淡々とした声音で告げられた言葉に、ユウマは息を呑んだ。
「辺境からの報告だ。……瞳のない魔物を取り込んでいる“人”と思われる存在が確認された」
ユリナが紅紫の瞳を細め、セシリアは無言のまま眉をひそめる。
「つまり――魔族の兆候だ」
低く響く学園長の声に、室内の空気がさらに冷たく張り詰めた。
「さて……続きを話そう」
学園長は机上から目を上げ、真っ直ぐにユウマを見据える。
「お前の小隊が、偶然に組まれたと思うか?」
「……どういうことですか」
「炎のフレイムハート、風のストームウィング、水のアクアリス、雷のバーンズ。四大一族はいずれも自然現象を操る――すなわち、この世界に最も近しい魔法を持つ者たちだ」
静かに言葉が続く。
「そして、お前は転生者。世界と直結する糸を持つ異質の存在。
両者を近づければ、転生者以外でも“瞳のない魔物”を消滅させる新たな理を見出せるかもしれぬ。……それが私の狙いだ」
⸻
学園長の視線がユリナへと移る。
「さらに――お前の学年には、闇の一族の娘もいる。ユリナ・ダークネスト。
その力は歴代の闇の一族の中でも突出しており、入学時点で既に学園最上位に位置していた」
ユリナがわずかに眉をひそめる。
「今更私のことを褒めるなんて、何の意図があるというの」
学園長は薄く笑みを浮かべた。
「だが事実だ。そして重要なのは――ユリナ、お前には過去にアカネとの接点があるということだ」
ユリナが一瞬だけ視線をそらし、アカネは無言のまま瞼を閉じる。
「二人は訓練を共にし、その後も親交を重ねてきた。その中で、アカネの“転生者としての力”が、お前に何らかの影響を及ぼしているのではないか……そう私は考えている」
室内に沈黙が落ちた。ユリナは無表情を崩さず、ただ紅紫の瞳を細めて学園長を見返していた。
「じゃあ……セシリア教官を担当にしたのも、その一環ですか」
ユウマの問いに、学園長は頷いた。
「お前の力は未知数だ。模倣は時に制御を外れる。もし暴走すれば、その矛先は仲間にも向かうだろう」
机越しの視線が鋭く突き刺さる。
「だからこそ抑止力が必要だった。教官の中で最も信頼でき、最も強い者を――私の孫を、つけた」
セシリアは瞼を伏せる。その姿は冷静そのものだったが、その奥には孫としての血と教師としての責務を背負う覚悟がにじんでいた。
「お前たちの小隊と学年は、学園の実験であり、王国の未来への楔だ」
学園長の声が重く響く。
「もし失敗すれば、この世界に抗う術を一つ失うことになる」
その言葉に、ユウマは拳を握りしめた。
平凡でいたいと願ったのに……気づけば一番遠い場所に立たされてる。
しかも俺の力は、この世界の理そのものに踏み込んでいる。……これ以上目立てば――また、何かを壊すんじゃないのか
胸の奥に、正体の分からない罪悪感がじわりと芽生える。
逃げ場なんて、もうどこにもないじゃないか
心に冷たいざわめきを抱えながら、彼は黙して視線を落とした。




