第56話【執着の影】
紅紫の瞳が静かに揺らめいていた。
ユリナ・ダークネストは、机越しに並ぶユウマの姿を冷ややかに見つめる。
(……転生者、ユウマ・イチノセ。確かにあの瞳のない魔物を消滅させたのはお前。けれど――だから何だというの?)
胸の奥に広がるのは、焦燥でも劣等感でもない。
もっと冷たく、もっと鋭い――「比較」の感情だった。
思い返す。
五年前、幼き自分が無謀にも屋敷近くのダンジョンへ足を踏み入れた日のことを。
闇の力で魔物たちを一体ずつ支配して進んだが、最奥で遭遇したのは“瞳のない魔物”。
視線は通じず、闇の術も通じない。幼い身では到底抗えぬ存在に、満身創痍で死を覚悟した瞬間――。
彼女は現れた。
黒髪をなびかせ、拳ひとつで怪物を叩き伏せる旅人。
アカネ・クロガネ。
(あの時、私を救ってくれたのはアカネ先輩。……あの日からすべてが始まった)
以来、屋敷に滞在してくれたアカネと過ごした日々は、すべてが誇りであり、至宝であり、唯一無二の道標だった。
特訓の痛みすら、崇拝の証となった。
(私が誰よりも敬い、誰よりも追い続ける存在。それはアカネ先輩だけ。だから――あの人の隣に立てるのは、私以外にあり得ない)
ユウマの存在は、その立場を脅かす異物にすぎない。
彼を倒したいわけではない。認めたいわけでもない。
(ただ――比較するだけ。あの人の隣に立つ資格を持つのが誰なのか、その答えを突きつけるために)
(私も……何か“特別”にならなければ)
今のままでは転生者の異質性に及ばない。
ならば――闇の一族としての力を極め、転生者と並び立つほどの“何か”を手にするしかない。
その先にあるのは、二つの道。
一つは、闇をさらに深めて、転生者のように“消滅”に至れる領域へ届くこと。
もう一つは……瞳のない魔物と同質の“魔”に近づき、その力を取り込むこと。
紅紫の瞳に、歪んだ決意が灯る。
それは尊敬でも羨望でもなく、執着。
(そのためなら、手段は選ばない。どれほどの闇に堕ちようとも……私は必ずアカネ先輩の隣に立ってみせる)
ユウマを見据える瞳は氷のように冷ややかだった。
彼はただの試練。本当に超えるべきは――アカネだけ。
(アカネ先輩。……どうか見ていてください。この命すら惜しまぬ覚悟で、私は必ず隣に立ちます)
少女の胸に宿る執着は、やがて未来を揺るがす火種となるのだった。




