表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/83

第54話【転生者】

 学園長室の空気が張り詰めていた。

 重厚な扉は閉ざされ、外界から切り離されたこの場にいるのは――学園長、アカネ先輩、セシリア教官、そしてユウマとユリナ。


 全員の視線が、一人の少女へと集まっていた。

 漆黒の髪を揺らし、腕を組んだまま微動だにしないアカネ・クロガネ先輩。


 やがて彼女は低い声で告げた。


「まずは――私から説明しよう」


 静謐な空気がさらに濃くなる。


「昨夜も言った通り、瞳のない魔物について語る前に……“転生者”という存在を理解してもらう必要がある」


 その言葉に、ユリナが首を傾げ、紅紫の瞳を細める。


「転生……者? 聞いたこともありませんわ」


 セシリア教官もまた無表情を崩さず、淡々と口を開いた。


「学術的にも、そんな分類は存在しない。……クロガネ、何を言っている」


 アカネは二人の反応を受けても揺るがなかった。

 むしろ当然と言わんばかりに、わずかに口角を吊り上げる。


「お前たちにとっては未知だろう。だが――イチノセ、お前は違うはずだ」


 その視線が鋭く突き刺さる。


「……!」


 ユウマの心臓が跳ねた。

 何かが暴かれようとしている。嫌な予感はあった。だがこうも真正面から指名されるとは思っていなかった。


「お前は分かるだろう? あの魔物を消せた理由。

 ……それは“転生者”だからだ」


「――っ!」


 喉が鳴り、息が詰まる。

 確かに、昨日まで頭の片隅で否応なく浮かんでいた答え。けれど、自分の口では決して認めたくなかった真実。


 ユリナが訝しげにユウマへ視線を投げる。

 セシリアの眼差しも冷ややかに射抜いていた。


 アカネは静かに言葉を継ぐ。


「だからこそ、私もまた明かそう。――私自身も、“転生者”だ」


 重く落ちる言葉に、室内の空気が凍りついた。


 ユリナが息を呑み、セシリアが眉をひそめる。

 彼女たちにとっては、あまりにも突拍子もない告白。


 だがユウマの耳には、信じられない驚愕と共に――妙な納得が刺さっていた。


 アカネは二人の反応を横目に受け流し、ユウマをまっすぐ見据える。


「驚くのも無理はない。だが瞳のない魔物の本質に触れる前に……まず“転生者”について説明しなければならない」


 彼女の声音は一片の揺らぎもなかった。

 重々しい沈黙が、これから語られる真実の重さを際立たせていた。


 アカネが語り終えると、学園長室に重苦しい沈黙が広がった。


 ユウマは胸の奥でざわめきを覚える。

 転生者……アカネ先輩が……?


 ユリナとセシリアは互いに視線を交わしたが、反応は違っていた。

 ユリナは紅紫の瞳を細め、意味を探るように黙考し、セシリアは眉をひそめ、まだ理解できぬという顔を隠さなかった。


「転生者、だと……?」

 セシリアの声音は低く、鋭さを帯びていた。


 アカネは腕を組んだまま、静かに頷く。

「そうだ。私は“前の世界”の記憶を持って、この世界に生まれ直した。

 違うな……この世界に転生して徐々に“前の世界”の記憶を思い出したと言ったほうがいい」


「……!」

 ユウマは息を詰めた。


 アカネは彼の反応を逃さず、目を細める。

 アカネは短く息を吐き、低く続けた。


「前の世界……そこには魔法もなければ、魔物もいなかった。

 けれどある日、突然“異形”が現れるようになった」


 脳裏に鮮烈な光景が描かれる。

 瓦礫の中で崩れ落ちる街、血に濡れた手、泣き叫ぶ声。


「私は……ただ見ていることしかできなかった。

 近しい人たちが一人、また一人と目の前で死んでいくのに、何も救えなかった」


 言葉の底に、鋼のような硬さと、消えぬ痛みが滲んでいた。


「だから願ったんだ。――次に生まれ直せるなら、この手で守り抜ける力を」


 アカネは拳を握りしめる。その拳からは血の跡すら感じられるほどの現実味があった。


「転生の瞬間、私はその願いを糸として、この世界と繋がった。

 授かった固有の力は“肉体強化”。

 剣も魔法も要らない。己の拳だけで、誰かを救えるようになった」


 セシリアが眉をひそめる。

「……魔法を持たぬというのに、それほどの力を?」


「そうだ。だが代償として、他の魔法は一切扱えない。

 強化に関わらぬ魔力は、指先一つ動かすことさえできない」


 アカネが視線をユウマへ戻す。


「――転生者は皆そうだ。

 属性を持たず、授かった“たった一つの力”に縛られている」


 その言葉に続くように、学園長が重厚な声を響かせた。


「補足しておこう。

 転生者は転生の際に“世界と直結する糸”を得る。

 それによって、魔力を尽きることなく引き出せる。ゆえに――転生者は決して魔力切れを起こさぬ」


「……!」

 セシリアの瞳がわずかに揺れる。


「その証拠に、転生者を水晶球で測ろうとすれば必ず計測不能に陥る。

 数値が振り切れ、器が砕け散るのだ」


 ユウマの脳裏に、入学当初の測定の光景がよみがえる。

 砕け散った水晶球。驚く周囲の生徒。

 あれは……やっぱり……


 ユリナが唇をわずかに動かす。

「つまり……転生者は、世界の理から外れた存在ということですか……?」


「正確には、魔力の源に最も近い場所から引き出す者だ」

 学園長は静かに頷いた。


「ゆえに属性を欠き、授かった力以外は使えぬ。

 アカネは肉体を――そしてユウマ、お前は模倣を」


 ユウマの心臓が強く脈打つ。

 俺も……やっぱりそうなのか。模倣以外、何もできない。けど――俺は平凡でいたかったはずなのに……


 声にできない思いを胸に抱えながら、ユウマは拳を強く握りしめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ