第54話【転生者】
学園長室の空気が張り詰めていた。
重厚な扉は閉ざされ、外界から切り離されたこの場にいるのは――学園長、アカネ先輩、セシリア教官、そしてユウマとユリナ。
全員の視線が、一人の少女へと集まっていた。
漆黒の髪を揺らし、腕を組んだまま微動だにしないアカネ・クロガネ先輩。
やがて彼女は低い声で告げた。
「まずは――私から説明しよう」
静謐な空気がさらに濃くなる。
「昨夜も言った通り、瞳のない魔物について語る前に……“転生者”という存在を理解してもらう必要がある」
その言葉に、ユリナが首を傾げ、紅紫の瞳を細める。
「転生……者? 聞いたこともありませんわ」
セシリア教官もまた無表情を崩さず、淡々と口を開いた。
「学術的にも、そんな分類は存在しない。……クロガネ、何を言っている」
アカネは二人の反応を受けても揺るがなかった。
むしろ当然と言わんばかりに、わずかに口角を吊り上げる。
「お前たちにとっては未知だろう。だが――イチノセ、お前は違うはずだ」
その視線が鋭く突き刺さる。
「……!」
ユウマの心臓が跳ねた。
何かが暴かれようとしている。嫌な予感はあった。だがこうも真正面から指名されるとは思っていなかった。
「お前は分かるだろう? あの魔物を消せた理由。
……それは“転生者”だからだ」
「――っ!」
喉が鳴り、息が詰まる。
確かに、昨日まで頭の片隅で否応なく浮かんでいた答え。けれど、自分の口では決して認めたくなかった真実。
ユリナが訝しげにユウマへ視線を投げる。
セシリアの眼差しも冷ややかに射抜いていた。
アカネは静かに言葉を継ぐ。
「だからこそ、私もまた明かそう。――私自身も、“転生者”だ」
重く落ちる言葉に、室内の空気が凍りついた。
ユリナが息を呑み、セシリアが眉をひそめる。
彼女たちにとっては、あまりにも突拍子もない告白。
だがユウマの耳には、信じられない驚愕と共に――妙な納得が刺さっていた。
アカネは二人の反応を横目に受け流し、ユウマをまっすぐ見据える。
「驚くのも無理はない。だが瞳のない魔物の本質に触れる前に……まず“転生者”について説明しなければならない」
彼女の声音は一片の揺らぎもなかった。
重々しい沈黙が、これから語られる真実の重さを際立たせていた。
アカネが語り終えると、学園長室に重苦しい沈黙が広がった。
ユウマは胸の奥でざわめきを覚える。
転生者……アカネ先輩が……?
ユリナとセシリアは互いに視線を交わしたが、反応は違っていた。
ユリナは紅紫の瞳を細め、意味を探るように黙考し、セシリアは眉をひそめ、まだ理解できぬという顔を隠さなかった。
「転生者、だと……?」
セシリアの声音は低く、鋭さを帯びていた。
アカネは腕を組んだまま、静かに頷く。
「そうだ。私は“前の世界”の記憶を持って、この世界に生まれ直した。
違うな……この世界に転生して徐々に“前の世界”の記憶を思い出したと言ったほうがいい」
「……!」
ユウマは息を詰めた。
アカネは彼の反応を逃さず、目を細める。
アカネは短く息を吐き、低く続けた。
「前の世界……そこには魔法もなければ、魔物もいなかった。
けれどある日、突然“異形”が現れるようになった」
脳裏に鮮烈な光景が描かれる。
瓦礫の中で崩れ落ちる街、血に濡れた手、泣き叫ぶ声。
「私は……ただ見ていることしかできなかった。
近しい人たちが一人、また一人と目の前で死んでいくのに、何も救えなかった」
言葉の底に、鋼のような硬さと、消えぬ痛みが滲んでいた。
「だから願ったんだ。――次に生まれ直せるなら、この手で守り抜ける力を」
アカネは拳を握りしめる。その拳からは血の跡すら感じられるほどの現実味があった。
「転生の瞬間、私はその願いを糸として、この世界と繋がった。
授かった固有の力は“肉体強化”。
剣も魔法も要らない。己の拳だけで、誰かを救えるようになった」
セシリアが眉をひそめる。
「……魔法を持たぬというのに、それほどの力を?」
「そうだ。だが代償として、他の魔法は一切扱えない。
強化に関わらぬ魔力は、指先一つ動かすことさえできない」
アカネが視線をユウマへ戻す。
「――転生者は皆そうだ。
属性を持たず、授かった“たった一つの力”に縛られている」
その言葉に続くように、学園長が重厚な声を響かせた。
「補足しておこう。
転生者は転生の際に“世界と直結する糸”を得る。
それによって、魔力を尽きることなく引き出せる。ゆえに――転生者は決して魔力切れを起こさぬ」
「……!」
セシリアの瞳がわずかに揺れる。
「その証拠に、転生者を水晶球で測ろうとすれば必ず計測不能に陥る。
数値が振り切れ、器が砕け散るのだ」
ユウマの脳裏に、入学当初の測定の光景がよみがえる。
砕け散った水晶球。驚く周囲の生徒。
あれは……やっぱり……
ユリナが唇をわずかに動かす。
「つまり……転生者は、世界の理から外れた存在ということですか……?」
「正確には、魔力の源に最も近い場所から引き出す者だ」
学園長は静かに頷いた。
「ゆえに属性を欠き、授かった力以外は使えぬ。
アカネは肉体を――そしてユウマ、お前は模倣を」
ユウマの心臓が強く脈打つ。
俺も……やっぱりそうなのか。模倣以外、何もできない。けど――俺は平凡でいたかったはずなのに……
声にできない思いを胸に抱えながら、ユウマは拳を強く握りしめた。




