第53話【一抹の不安】
朝の光が差し込む寮の窓辺で、ユウマは目を覚ました。
昨夜の戦場の光景がまだ脳裏に焼き付いている。
俺にしか消せなかった魔物……偶然のはずがない。アカネ先輩も、同じように消滅させていた。あれは……何なんだ。
平凡でいたいと願い続けていたのに、すでにその道から外れかけている。胸の奥に重苦しいざわめきが残っていた。
けれど腹は減る。
食堂に行けば、ショウが山盛りのパンを抱えて「朝から勝負だ!」と笑っているし、エリカには「食べ過ぎで動けなくなっても知らないわよ」と呆れられる。
リナは相変わらず冷静にノートを広げ、パンをかじりながらも「今日の放課後……呼ばれているのでしょう?」と鋭く指摘してきた。
「……ああ、そういえば」
口に出した瞬間、忘れかけていたことを思い出す。
――アカネ先輩。
昨夜、俺とユリナにだけ告げられた言葉。
『明日、詳しい説明をする。時間を作れ』
そういえば……今日、だった。
授業の時間が過ぎていく。教官の声は耳に届いているのに、頭には入ってこなかった。
窓の外の青空を見ながら、ただ一つの約束だけが胸に重く残っている。
俺にしか消せない魔物。アカネ先輩の力。……どう考えても平凡なままでいられるわけがない
ユウマは拳を握り、深く息をついた。
――放課後。
運命を変える説明が、彼を待っている。
放課後。
ユウマは重い足取りで学園長室の前に立っていた。
アカネ先輩から指定された場所はなぜか学園長室。
ユリナも既に来ていて、紅紫の瞳を細めながら扉の前で待っていた。
「随分とのんびり来るものね」
「別に時間ぴったりだろ」
軽くやり取りを交わしつつ、二人で重厚な扉を開ける。
――広々とした学園長室。
壁一面の書棚と、重厚な机。その背後に佇むのは、王都学園の学園長だった。
対抗戦の指揮で他校に出向しているはずの人物。だが今は、椅子に腰掛け、静かに彼らを見据えていた。
長旅のはずなのに疲れを感じさせない眼差しに、ユウマは無意識に背筋を正した。
「来たか、ユウマ・イチノセ……ユリナ・ダークネスト」
その声に続くように、脇に立つ人影があった。
――アカネ・クロガネ先輩。腕を組み、無駄のない立ち姿。
「ようやく揃ったな。……ここからはお前たち二人に話すべきことだ」
空気が重く張り詰める。ユウマの喉がわずかに鳴った。
だがその時――コンコン、と扉を叩く音。
「失礼いたします」
入ってきたのは、セシリア教官だった。
淡々とした足取りで入室し、室内を一瞥する。
そして目にした光景に、彼女の眉がかすかに動いた。
「……イチノセ、そしてダークネスト? なぜ、お前たちがここに」
驚きは声色に出ていなかった。だが冷ややかな瞳の奥に、確かな戸惑いがあった。
ユウマは息を詰めた。
――自分とユリナだけだと思っていたこの場に、セシリア教官まで呼ばれていたのか。
アカネが肩をすくめる。
「この際同席してもらった方がいいと私が頼んだんだ、セシリア教官。この件は隠し通せるものじゃない」
学園長は静かに頷いた。
「そうだな。今日、この場を設けたのは……“真実”を伝えるためだ」
ユウマの胸が高鳴る。
ユリナの紅紫の瞳が、妖しく光を宿す。
――ついに、あの“謎”に踏み込む時が来たのだ。




