第46話【非常事態】
――訓練用ダンジョン前。
異常発生により模擬小隊戦は中止となり、生徒たちの列は混乱に揺れていた。
魔物の群れはまだ洞窟の奥から湧き出している。狼の唸り、甲殻の軋み、そして瞳のない異形の呻き――不気味な音が絶え間なく響き渡る。
セシリア教官が声を張り上げた。
「全員、学園へ退避! 整列して速やかに行動せよ!」
その一喝で混乱は収まり、ざわめきが秩序を取り戻す。生徒たちは震えながらも列を作り、退避を開始した。
その横で、一人の上級生が髪を払って振り返る。
三年Cクラス、アカネ・クロガネ。
鍛え抜かれた肢体に纏うのは魔力ではなく、全身を強化した肉体そのもの。鋭い眼差しが戦場を射抜いた。
「……教官、悪いけど一年のSクラスは残らせて。群れが多すぎる、足止め役が必要になる」
「アカネ先輩……!?」
生徒たちの間にざわめきが走る。
セシリアは眉をひそめたが、状況を一瞥してすぐに頷いた。
「……確かに、退避完了まで時間が必要か。よろしい。その他の生徒は私が引率する。一年Sクラスは現地に残り、クロガネの指揮に従え」
指名されたSクラス――エリカ、ユリナ、サクラ、レイジ、そして他三名を含む計七名が前に出た。
それぞれが視線を交わし、無言で覚悟を示す。
その時、アカネが続けて言った。
「――イチノセ、お前も残れ」
「えっ……俺ですか」
ユウマの顔が引きつる。
「なんで俺なんですか。Cクラスの俺じゃ、大した戦力になりませんよ」
必死に抗弁するが、アカネは拳を鳴らし、不敵に笑った。
「今さら何を言ってるんだ。セシリア教官、彼も残していいですよね」
セシリアは短くため息をつき、やがて頷いた。
「……分かった。ただし絶対に無茶はするな。退避が終わり次第、すぐに援護に戻る」
ユウマは胸の奥に熱を覚えた。
――結局、戦わされるんだな。なら……ここでやるしかない。どうせ目立つなら、せめて役に立つしかない。
ユリナが口角を不敵に吊り上げる。
「面白くなってきたじゃない。せいぜい退屈させないでちょうだい」
サクラは優雅に扇を揺らす。
「舞台を共有するのですもの、期待させていただきますわ」
レイジが無言で剣を抜き、冷たく呟く。
「……足を引っ張るなよ」
エリカは杖を構え、真っ直ぐに言い放つ。
「いいかげん覚悟しなさい。特訓の成果を示すときよ」
それぞれが武器を構え、洞窟の闇に視線を注いだ。
アカネが拳を握り、前へと歩を進める。
「私が単独でダンジョン内に突入して状況を確認する。お前たち一年は、外へ溢れた魔物を食い止めろ」
振り返りざまに、彼女は鋭く告げる。
「もし“瞳のない魔物”が現れたら――必ずイチノセとユリナの二人で対処しろ」
ユリナが珍しく落ち着いた声音で問いかける。
「……何故、わたくしたちなのです?」
アカネは険しい笑みを浮かべた。
「詳しいことは、この状況を乗り切ったら説明してやる」
言い残すと同時に、彼女の姿は風を切り裂くようにダンジョンの奥へと消えた。
洞窟の闇が揺らめく。無数の魔物の影がせり出し、地を踏み砕く音が迫り来る。
セシリアが生徒の退避を率いる声を背に、残された八人が肩を並べた。
――戦場が、開幕する。




