第45話【崩れる開幕】
翌朝。王都学園の訓練場から少し離れた森の奥――訓練用ダンジョンの前に、一年生全員が集まっていた。
岩を穿ったような洞窟の入り口は、淡い魔力の結界に包まれている。その前に立つセシリア教官が、冷たい視線で生徒たちを見渡した。
「――模擬小隊戦を開始する前に説明する。各小隊はダンジョン内部に突入し、遭遇する魔物を制圧せよ。範囲は広大、地形も複雑だ。何より――連携を欠いた者から脱落すると心得よ」
ざわつく一年生たち。
「ダンジョン内で戦うのか……」
「やばい、本当に模擬戦ってレベルじゃないぞ」
セシリアは淡々と告げる。
「これが現実だ。お前たちは仲間と共に困難を突破する力を示せ」
その時だった。
――ズゥン……!
地鳴りのような振動が足元を揺らす。
「な、なんだ!?」
「ダンジョンが……揺れてる!?」
洞窟の奥から黒い靄が噴き出した。直後、獣の咆哮が重なり、次々と魔物の群れが出口を押し破って溢れ出してきた。
「くっ……まだ結界を解除していないのに……!」
セシリアが目を見開く。
突如の事態に、生徒たちは一斉に後退した。
「ま、魔物が外に!?」
「数が多すぎる……!」
狼型の魔獣、甲殻を持つ虫、骸骨の兵士――通常訓練では見られない数と種類が一度に押し寄せる。
その中に混じっていた。
――“瞳のない魔物”。
黒い靄を纏い、眼窩が虚ろに空いた異形が、ぎしぎしと音を立てて歩み出る。
「ひっ……目が……ない……!?」
「なんだあれ……!?」
生徒たちが総崩れになりかけた瞬間。
轟音とともに大地が砕けた。
黒い靄ごと魔物の群れが、前のめりに吹き飛んでいた。
「……ちょっと騒がしいじゃない」
いつの間にか魔物の前に立っていたのは、三年Cクラス――アカネ・クロガネ先輩。
長い黒髪を後ろで束ね、しなやかな体を覆うのは戦闘服。細身ながら鍛え抜かれた体から、圧倒的な気迫があふれ出ていた。
その拳は赤銅のように輝き、振り抜いた腕から衝撃波がまだ空気を震わせている。
「い、一撃で……!?」
「武器も魔法も……使ってないぞ……!?」
アカネは足元に散った残骸を踏み越え、ふうと息を吐いた。
「ただの群れなら、拳で十分。……でも」
残った“瞳のない魔物”が呻き声を上げ、靄を膨張させる。
アカネは臆することなく一歩踏み込み、全身を闘気に包む。しなやかな脚が石畳を砕き、腕が弓のようにしなった。
「アンタは少し気味が悪いわね」
拳が振り抜かれる。
轟音と閃光。異形は粉砕され、靄もろとも掻き消えていった。
生徒たちは言葉を失ったまま、ただその背中を見つめるしかなかった。
「アカネ先輩……!」
「女性なのに、あんな力を……!」
アカネは髪をかき上げ、セシリアへ向かって言った。
「教官、これは模擬戦どころじゃない。内部で異常が起きてる」
セシリアは険しい表情で頷き、声を張り上げる。
「模擬小隊戦は中止とする! 全員、学園へ退避!」
生徒たちがざわめきながら退避を始める中、アカネは洞窟の闇を鋭く睨みつけ、低く呟いた。
「……影が動き始めてる」
ユウマは遠巻きにその背を見つめ、昨夜のユリナの言葉を思い出していた。
――“闇が囁いている”。
胸のざわめきはさらに強まり、彼は拳を握りしめた。
学園に忍び寄る影は、確実に姿を現し始めていた。




