第44話【前夜の囁き】
王都学園・訓練場。昼下がりの光の下、一年生全員が整列していた。
セシリア教官が姿を現すと、ざわめきがすぐに収まる。
「――明日の模擬小隊戦は訓練用ダンジョンで行う」
その言葉に場内が揺れる。
「ダンジョンで!?」
「広すぎるだろ……」
ざわめきを意に介さず、セシリアは冷ややかな声音で続けた。
「通常の訓練場では範囲も制約も狭すぎる。小隊戦では広域戦闘を想定する。各チームは十分な備えをして臨め。
なお、チーム編成は当日発表とする。これは実際の戦場を想定し、突発的な状況での連携を学ばせるためだ」
鋭い視線が走り、一年生たちは固唾を飲んで頷いた。
放課後。ユウマたち四人は中庭に集まり、夕暮れを背に向かい合った。
「……ついにダンジョンか」
ショウが肩を回し、にやりと笑う。「燃えてきたぜ!」
「ですが小隊戦は複数チームでの連携です。今まで以上に即応性が問われます」
リナがノートをめくりながら冷静に告げる。
「私は……もう仮初なんて呼ばれたくない。鎖を確実に形にして、チームの力にしてみせる」
エリカは真剣な眼差しで杖を握りしめた。
ユウマは三人の顔を順に見渡し、小さく頷く。
「……それぞれが課題を持ってる。でも、模擬戦を越えるためにやってきたんだ。明日は“俺たちの連携”を見せるチャンスだ」
三人が頷き、拳が自然と重なった。
その夜。ユウマは眠れず、寮の外に出て夜風を浴びていた。
「……平凡でいたいんだけどな」
独りごちた瞬間、背後から甘く冷たい声が降りた。
「そろそろ――私の闇も、使いこなせるようになったのかしら?」
月光に紅紫の瞳が妖しく輝く。ユリナ・ダークネストが、闇から歩み出てきた。
「……!」
ユウマの背筋が凍る。彼女の言葉はまるで、模倣の秘密を見透かしているかのようだった。
「な、何のことだ」
強がる声に、ユリナは口元を吊り上げる。
「さあ……。けれど――私の“視線”を盗むのなら、あなたも闇を理解することね」
「忠告してあげる。明日、ダンジョンには気をつけなさい。闇が囁いているわ」
挑発めいた囁き。だがその眼差しには、獣じみた真剣さが宿っていた。
「明日、何か起こるっていうのか……?」
ユウマが息を詰める。
「ええ。私の闇がざわめいているの」
その時、足音と共に影を裂く月光が現れた。
「夜に物騒な話をしているようだな」
三年Cクラスのアカネ・クロガネ先輩。落ち着いた笑みと共に、場の緊張を霧散させた。
「アカネ、先輩……っ」
その瞬間、ユリナの表情が豹変した。
「まあ、アカネ先輩♡ こんな夜にわざわざ【わたし】の様子を見に来てくださるなんて……心配してくださったんですのね?」
声色まで一転し、甘えるように身体を傾ける。
「……は?」
ユウマが思わず二度見する。
アカネは眉をひそめ、ため息をついた。
「ユリナ、お前の勘は鋭いが、その妙な芝居口調はやめろ。……気味が悪い」
「あら、ひどいですわ♡ そんな冷たいことを言っても、わたしはアカネ先輩の力を誰より信じておりますのに~」
ユウマは額を押さえた。
またこれか……
アカネは苦笑を浮かべつつも、すぐに真顔に戻る。
「ユリナ、お前は勘を活かせ。だが味方を脅す趣味はやめろ。……イチノセ、お前は余計なこと考えずに明日に備えろ」
ユリナは口角を吊り上げ、アカネは軽く手を振る。
ユウマは二人の背を見送りながら、夜空を仰いだ。
――明日、何かが起きる。
胸のざわめきは収まらず、彼は眠れぬまま明日を迎えるのだった。




