第26話【新たな始まり】
王都学園に、ひとつの噂が渦巻いていた。
「Cクラスの黒髪が、Sクラスのユリナ・ダークネストと互角に戦った」――。
誇張か真実かは定かではない。ただ、実際にその場にいた者たちは皆、異口同音にこう語る。
――得体の知れない存在だった、と。
その渦中のユウマ・イチノセ本人は、廊下で向けられる好奇と警戒の視線に辟易していた。
「……勘弁してくれ。俺は平凡に生きたいだけなのに」
そう嘆きながらも、ユウマの中には否応なく意識してしまう変化があった。
休日、中庭の片隅。
風に揺れる木陰の下で、ユウマはリナと向かい合って腰を下ろし、簡易的な検証を始めていた。
「昨日の模擬戦……ユウマさんはユリナさんの闇魔法を模倣しました。不完全ながらも、再現に至った」
リナはノートを開き、さらさらと記録を走らせながら口にする。その眼差しは冷静で、しかしどこか好奇の光を帯びている。
「……ああ。《神鏡の眼》のせいだな」
ユウマは目を伏せ、自らの固有能力を思い返した。
《神鏡の眼》――転生者として授かった力。
視認した魔法を解析し、理解し、そして永続的に模倣する。
ただし、扱えるのは“魔法”のみ。純粋な魔力の放出を真似ることはできない。
「けれど、ユリナさんの闇魔法は完全には再現できなかった」
「……あれは“魂”を揺さぶって恐怖を植え付ける眼だ。その直後に闇魔力で制圧していた。俺にできるのは魔法部分だけ……恐怖を相殺することはできても、闇魔力を扱うことは無理だった」
ユウマは肩をすくめる。
リナは小さく頷き、言葉を継いだ。
「この世界の人間は、生まれながらに一つの属性を持っています。火であれば火、水であれば水。それを形にし、方向性を与え、自動化したものが“魔法”」
「でも俺には属性がない。無属性ですらなく、ただの“欠落”だ」
「それでも属性を超えて模倣できる……。けれど新たに魔法を創り出すことはできない。そうですね?」
「まあな。ただし、模倣した魔法を組み合わせれば――違う効果を生み出すことはできる」
ユウマは拳を握りしめる。
創造はできない。だが、無限の組み合わせなら――そこに活路はある。
だが、それ以上に異常な点があった。
「……今さらだけど、俺、魔力切れする気配がないんだ」
言葉にすると、改めて異常さが際立った。
リナは手を止め、真剣な表情でユウマを見据えた。
「気づいていました。入学試験で水晶球を破壊した件……あれは故障ではなく、あなたの膨大すぎる魔力量が原因だったのではないでしょうか」
「……そうかもしれないな」
ユウマ自身も思い当たる節がある。魔力は確かに使っている感覚があるのに、枯渇する兆しは一向にない。
「思い出したことがあります」
リナの声が少し硬くなる。
「過去に同じように水晶球を破壊した方が記録に残っています。……三年Cクラスの、アカネ・クロガネ先輩です」
その名を聞き、ユウマは先日の圧倒的な威圧感を思い出し、背筋に冷たいものが走った。
「クロガネ先輩も魔力の放出はできないと聞きます。けれど、膨大な魔力で身体を強化し、素手で圧倒する。……何か、ユウマさんと共通するものがある気がしませんか」
確かに、とユウマは思う。だが同時に、ユリナとの死闘の記憶が脳裏をよぎり、胸の奥が重くなる。
「一度、直接話をしてみたいものだな」
口に出した瞬間、妙な予感が胸をざわつかせた。
「……俺は力を見せびらかさず、平凡に生きたい。けど、制御はしなきゃならない」
ユウマは自分に言い聞かせるように呟く。
「次にあの視線を受けても、今度は絶対に飲まれない」
リナは黙って彼を見つめ、そして小さく笑った。
「ユウマさんはもう、“平凡な振り”をするのは難しい気がしますけどね」
小さな検証の日。
それは確かに、新たな幕開けを告げる一歩となった。
――そして、まだ知らぬ“黒幕”の影が、静かに忍び寄りつつあることを、二人は気づかぬままで。
最近出番のないエリカさん…




