第20話【模擬戦開始】
翌日、学園の模擬戦場。
石造りの闘技場は新入生で埋め尽くされ、朝から熱気が渦巻いていた。観客席にはA〜Dクラスの生徒たちも押し寄せ、普段なら見られない顔ぶれまでが集っている。
――それもそのはず。今日は《フレイムハート》と《ダークネスト》、四大一族と闇の名門の激突が予定されていたのだ。
「炎と闇の対決だぞ!」
「絶対に見逃せない……!」
「いや、普通に考えたら炎じゃ勝ち目ないだろ……」
ざわめきが止むことはなく、皆が闘技場の中央に注目していた。
やがて、紅の髪を揺らしたエリカが姿を現す。
しかし、その歩みはどこかぎこちなく、片足をかばうようにしていた。
観客席から驚きの声が飛ぶ。
「怪我してる……?」
「おいおい、こんな日にかよ……」
エリカは深呼吸をしてから、セシリア教官の前に立ち、毅然と告げた。
「昨日の調整で足を痛めました。ですが……この戦いを無効にするつもりはありません。――代理を立てます」
その言葉に、場が一気に騒然となる。
「代理だと!? 聞いたことない!」
「そんなの通るわけねぇだろ!」
「ズルだ、茶番だ!」
怒号混じりの声が飛び交う中、セシリアの鋭い視線が一瞬で場を鎮めた。
「……説明を続けろ」
エリカは息を吸い込み、真っ直ぐに告げた。
「私と同じ炎属性の格下。そこに私の魔力を付与し共鳴させることで、力の代替とします。――これなら筋は通るはずです」
観客がざわめきを強める。だが、それを押し切るように前へ出たのは――ユリナ・ダークネストだった。
漆黒の髪を揺らし、紅紫の瞳を細める。
「――認めないわ」
冷たく突き放す声に、会場の空気が凍り付いた。
「怪我をしたから代理? 冗談も大概にしなさい。最初から私と戦う覚悟もないのに、《フレイムハート》を名乗るつもり?」
その言葉は嘲笑ではなく、突き刺すような冷酷さを帯びていた。
観客席からも「そりゃそうだ」「無茶だよ」と声が漏れる。
だが、エリカは怯まずに名を告げた。
「代理は私のチームから――ユウマ・イチノセ」
その瞬間、ユリナの動きが止まった。
わずかに目を見開き、そして紅紫の瞳に静かな光を宿す。
「……今、なんて?」
「ユウマ・イチノセ」
その名を再び聞いた時、ユリナの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「……あの時の。私に“名前を刻ませた”相手」
観客が一斉にざわめき、互いに顔を見合わせる。
「誰だ? Cクラスの……?」
「ユリナがわざわざ格下の名前を覚えてる……?」
それだけで会場の空気は一変した。
ユリナが覚えている。しかも、あの冷酷な少女が自ら認めた。
その事実だけで、ユウマという存在が一気に重みを持った。
ユリナは小さく肩を揺らし、愉快そうに笑った。
「面白い。――その代理、私が認めてあげる」
拒絶から一転しての了承。
だが、それは慈悲ではない。むしろ、闘志を掻き立てるような挑発だった。
「ただし――期待を裏切ったら、許さない」
その言葉は、観客ではなくユウマ本人に突き刺さる。
観客席がざわめく中、ユリナとユウマの視線が交錯した。
その瞬間、闘技場の空気が変わった。
ただの代理戦ではない――これは、避けられぬ因縁の激突だ。
「両者、前へ」
セシリア教官の冷徹な声が闘技場に響き渡る。
中央に立つのは――ユリナ・ダークネストと、俺。
代理出場など前代未聞の事態に観客席はざわついていたが、二人が向き合った瞬間、その喧騒は自然と飲み込まれていった。
ユリナはわずかに口元を歪める。
「……代理とは面白いわね。でも――“フレイムハート”の看板、簡単に汚さないでちょうだい?」
「そっちこそ手加減してくれよ」
俺は淡々と返しながらも、内心は張り詰めていた。
炎だけで……どこまでやれるか、だな
「――始め!」
セシリアの合図と同時に、ユリナの闇が弾けた。
漆黒の魔力が蛇のように這い、足元を絡め取ろうと迫ってくる。
「《フレイム・バースト》!」
俺は即座に爆炎を弾けさせ、衝撃波で闇を吹き飛ばす。
炎と闇がぶつかり、熱風と冷気の残滓が入り混じって周囲を揺らした。
観客席がざわめく。
「なんだ今の……あれ、エリカの魔法だよな?」
「代理なのに、使いこなしてる、本当に魔力の付与ができているのか……?」
ユリナの瞳がわずかに細まる。
「……なるほど。やはりただの身代わりじゃないようね」
俺は応じるように炎を掲げる。
「《フレイム・ランス》!」
燃え盛る槍を連続で放ち、闇の幕を貫こうとする。だがユリナは視線ひとつでそれらを霧散させた。
「軽いわね」
彼女の声と共に、闇の影が再び迫る。
「――《クリムゾン・チェイン》!」
俺の腕から赤熱の鎖が伸び、闇を絡め取るように薙ぎ払う。鎖が石床を焼き裂き、闇の靄を切り裂いた。
「なっ……鎖?」
観客がどよめき、ユリナも瞳を鋭くする。
「……あの女がこんな繊細な魔法を使えるとは思えないんだけど、あんた何か隠してるでしょ」
「言ってくれるな、全てエリカの実力だよ」
鎖を収めつつ、俺は冷や汗をぬぐった。
――炎だけで挑む。この縛りは重い。だが、それでも俺は退くつもりはない。
ユリナが再び視線を突きつけてきた。
魂を揺さぶるような圧が胸を抉る。
その威圧感に抗いながら、俺は地を踏みしめる。
「……面白い」
ユリナの唇に笑みが浮かぶ。
「あなた、潰しがいがありそうね、そろそろ遊びは終わりにしようかしら」
観客席は静まり返り、空気は一層張り詰めていく。
模擬戦――のはずが、そこに漂うのは明らかに殺気を孕んだ本気の戦場の気配だった。




