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第19話【紅き特訓の夜】

 月明かりの下、訓練場は静まり返っていた。

 石畳の中央に立つエリカの紅髪が、夜風に揺れて煌めく。昼間の《クラスルーム》でユリナに挑発され、模擬戦を受けることになった彼女は、今もなお瞳に揺らぎを宿していた。


「……来たわね」

 炎色の髪を揺らし、エリカが待っていた。その強気な表情の裏にわずかな影が差しているのが見て取れた。


「こんな時間に呼び出して……どうしたんだ」

 俺が問いかけると、彼女はわずかに唇を噛み、視線を逸らした。

「……特訓よ。明日のユリナ・ダークネストとの模擬戦に向けて」


 そう言いながらも、その声音には焦りが混じっていた。

 俺は黙って頷き、彼女の前に立つ。


 ユリナ・ダークネスト……先日の彼女との邂逅を思い出し、気が重くなった。



「――《フレイム・ランス》!」

 エリカの掌から炎の槍が迸る。訓練場の的を正確に貫き、爆炎と共に弾け散った。

 その光景はいつも通り――だが、俺には分かる。魔力の消耗が激しく、威力は以前ほど伸びていない。


「……っ」

 肩で息をしながら、彼女は悔しそうに眉を寄せる。

「これじゃ……勝てない」


 俺は無意識に息を呑んだ。

 あのエリカが、そんな弱音を吐くなんて。



「正直に言うわ、ユリナ・ダークネスト……あの子と正面から戦ったら、私は負ける」

 エリカは視線を伏せた。

「炎だけじゃ、あの“闇”は焼き払えない。どれだけ努力しても、今のままではきっと届かない……」


 その紅の瞳に揺れるのは、焦りと悔しさ、そしてほんの少しの恐怖。

 “フレイムハート”の名を背負う彼女にとって、その言葉は苦渋の告白だった。


「……だから」

 彼女は俺を真っ直ぐに見た。

「明日の模擬戦、代わりに出てほしいの」


「は?」

 思わず声が裏返る。

「いや、俺はCクラスだぞ。特例で代打なんて、認められるわけ――」


「理由は作れる」

 エリカは食い気味に言った。

「同じ炎属性の格下相手なら、私の力を付与することで“代わり”に戦わせられる……そう説明すれば、表向きは筋が通る」


「……お前、本気で言ってるのか」

「本気よ」

 その声は震えていた。けれど、必死さが真っ直ぐに伝わってくる。


「そのために私は前日のあんたとの調整で足を怪我したことにするわ」

「そうすればユリナに怪我を笑われることはあっても、全力を出せない私とじゃなく私の力を付与された全力を出せるあなたと戦うことを選ぶはず」


 胸の奥にざわめきが走る。

 俺は目立ちたくない。ただ平凡に過ごしたい。

 それなのに――彼女の瞳が「助けを求めている」ことは、嫌でも分かった。


「……俺に勝てる保証なんてないぞ」

「分かってる。それでも――」

 エリカは小さく息を吐き、言葉を絞り出した。

「“偽物”のまま負けるくらいなら……いっそ、あなたに勝ってほしいの」


 その一言が、俺の迷いを断ち切った。

 彼女は自分の弱さを隠すことなく、俺に託そうとしている。

 なら――俺も逃げるわけにはいかない。


「分かった。ただし条件がある」

「条件?」

「目立たないように戦う。勝っても“お前の力”に見えるように炎のみで立ち回る。

 それができるなら……受けてやる」

「そのかわり、お前の魔法を全部見せろ。明日、俺が代わりに戦うために」


 エリカは一瞬、息を呑んだ。

 だがすぐに微笑んで、小さく頷いた。

「……ありがとう」



「見てなさい……! ――《フレイム・バースト》!」


 次の瞬間、彼女の足元で炎が炸裂した。爆風と熱が一気に広がり、衝撃波が周囲を揺らす。

 これはただの火球じゃない。至近距離で爆発を起こし、敵を弾き飛ばす近接型の魔法だ。


「攻めだけじゃなく、防御にも使えるわ。接近してきた相手を吹き飛ばせる」

「なるほどな」


 俺は白い本を開き、赤い文字が浮かぶのを確認する。

 ――《フレイム・バースト:模倣完了》


 拳を突き出した瞬間、爆炎が弾け飛び、石畳を焦がした。

 エリカのそれよりも威力は抑えめだが、魔力消費は格段に少ない。


「……本当に、私より効率がいいのね」

 エリカが苦笑を浮かべた。



「次はこれ。まだ完成してないけど……」


 彼女の掌から、炎の鞭のようなものが伸びる。だが不安定で、数秒で掻き消えた。


「炎を形に縛るのは難しいのよ。熱量が散っちゃうから……」


 その瞬間、俺の本が淡く光を放つ。

 ――《クリムゾン・チェイン:模倣進化》


 気づけば、俺の腕から赤熱した鎖が伸びていた。炎が絡み合い、しなやかに宙を走る。的を絡め取った瞬間、焼け付く熱で石像が弾け飛んだ。


「なっ……!? 完成形……?」

 エリカが息を呑む。


「お前の魔法をちょっとアレンジしただけだ。俺のじゃない」

「……あんたって、本当に……」


 その声音には驚きと、わずかな悔しさが混じっていた。


 特訓は深夜まで続いた。

 互いに炎を撃ち合い、調整し、立ち回りを確認する。汗で濡れた額を拭いながら、エリカは笑った。


「これなら……明日、あの子と渡り合えるかもしれない」

「お前の名前を背負って戦うんだ。絶対に勝つ」


 俺は静かに告げる。彼女の“偽物”を守るためではない。仲間として、その想いを背負うために。


 夜の訓練場に燃え盛る炎の光が揺らめく。

 それは明日訪れる激突を告げる、赤き誓いの炎だった。



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