第16話【愚行と決意】
翌朝。
学園の食堂はいつにも増してざわめきに包まれていた。
長いテーブルには焼き立てのパンやスープが並んでいるのに、食事よりも新入生たちの耳はひとつの話題に集中していた。
「聞いたか? 昨日のダンジョン攻略、最速記録だってよ!」
「しかも単騎で、だろ? Sクラスのユリナ・ダークネストが……」
ざわめきの中心は、やはりその名だった。
ダンジョンをチームではなく――たった一人で最速踏破した、という信じがたい噂。
「ははっ、さすがに盛ってるだろ」
「いや、でも……俺の知り合い、探索班の補助にいたんだ。マジで一人で突っ切ったって……」
誇張か真実か、食堂のあちこちで同じ話題が飛び交っていた。
俺たち四人も同じテーブルに座っていた。
だが、パンを手にしながら会話の輪に加わることもできず、ただ耳に入る噂を黙って聞いている。
「……本当に、一人で?」
リナが眉をひそめる。
「記録の誇張はあるでしょうけど、単独で深層に到達したのは事実かもしれません」
「すげぇな……。いやでも、ちょっと無茶すぎるだろ」
ショウが口をあんぐり開け、笑ってごまかすように肩をすくめた。
エリカは黙ったままスープを口に運んでいた。だが、その握る匙がわずかに震えているのを俺は見逃さなかった。
――“偽物”を背負う彼女にとって、その話題は重いのだろう。
登校後、広場ではチームごとの報告会が行われていた。
セシリア教官が前に立ち、冷ややかな視線で俺たちのチームを見渡す。
「――まずは無事に戻ったこと、それ自体は評価する」
鋭い声が響く。だが続く言葉は容赦なかった。
「だが、任務は“連携を確認すること”であって、“個人で無謀に力を振るうこと”ではない。
魔力切れで戦闘不能者を出したことは、一歩間違えれば全滅していたに等しい」
俺たちは誰も言い返せず、ただ黙ってうつむいた。
勝利したという達成感など、ひとかけらも残らない。
「今回のボス戦では、イレギュラーな存在が確認された。状況次第では撤退する判断も必要だ――忘れるな」
冷徹な声が突き刺さる。
それは賞賛ではなく、戒め。俺たちが得たのは「勝利」ではなく「生還にすぎない」という現実だった。
そしてセシリアは視線を鋭くし、話を続けた。
「もう一件報告する。Sクラス所属、ユリナ・ダークネスト。
チームを離脱し、単騎でダンジョンを踏破――確かに記録を更新した」
やはり噂は真実だったのだ。
だがセシリアの声には一切の称賛がなかった。
「だがこれは明確な規則違反である。学園の任務は個人の力を誇示する場ではなく、連携を学ぶ場。
ゆえに今回の行為は快挙ではなく“愚行”として記録される」
そして一拍置き、さらに冷たく言い放つ。
「再び同様の行為があれば、即刻処分対象となる。……お前たちも肝に銘じておけ」
沈黙が落ちた。
確かに噂は誇張ではなかった――だがそれは「伝説」ではなく「危険の証」として刻まれたのだった。
報告会が解散になっても、広場の空気は沈んだままだった。
周囲では「ユリナはやっぱり化け物だな」「でも処分って……」と囁き合う声が絶えない。
俺たちの間に漂う空気はさらに重かった。
ショウは拳を握りしめ、悔しげに呟いた。
「……全滅寸前、か。ちくしょう……」
エリカはうつむいたまま、言葉を飲み込んでいる。
「愚行」という烙印は、彼女の肩に重くのしかかっていた。
リナは冷静な表情を保ちながらも、視線の奥には複雑な光を潜ませている。
――俺の秘密を知った彼女だからこそ、何を考えているのか容易には測れなかった。
俺は空を仰ぐ。
夕陽に染まる校舎が視界を覆い、胸に重苦しい感情が渦巻く。
セシリアの言葉は正しい。
俺たちは勝ったんじゃない――ただ「生き延びた」にすぎない。
……このままじゃ、ダメだ。
目立ちたくない。平凡でいたい。
それが俺の望みのはずだった。
だが、仲間が死にかけている時に黙っていられるほど、俺は冷たくもなれない。
《神鏡の眼》――この得体の知れない力を、制御しなければならない。
暴走を防ぐためにも、秘密を守るためにも。
次に同じ状況になったら、もう隠すことはできない。
あの夜、リナと交わした約束が頭をよぎる。
力を見極めるのは彼女の役目。けれど、力を制御するのは俺自身の責任だ。
胸の奥に渦巻く恐怖と決意を抱きしめながら、俺は静かに歩を進めた。
沈んだ空気の中で、ただ一つ――
「必ず次は乗り越える」
その思いだけが、俺の心を支えていた。




