第15話【新たな共犯関係】
広場に張り詰めた空気を断ち切ったのは、冷徹な声だった。
「――落ち着きなさい、ユリナ・ダークネスト」
白銀の髪を揺らし、セシリア教官が一歩前に出る。その眼差しは鋭く、まるで雷光のように周囲を貫いた。
ユリナは怒りに染まった瞳をユウマから逸らさず、しかしその視線を無理やり押さえ込まれたかのように、わずかに震える息を吐いた。
「――この件は私が預かる」
セシリアは一歩も退かない声音で言い切る。
「ここは学園の敷地内。訓練用ダンジョンでの出来事は、まず教員の管理下にある。お前が個人的な感情で騒ぎ立てる場ではない」
「…………」
広場に沈黙が落ちる。周囲の新入生たちも固唾を呑み、成り行きを見守っていた。
やがてユリナは唇を噛み、踵を返した。
「……覚えておきなさい、ユウマ・イチノセ」
吐き捨てるように、再度その名を強調する。
憎悪か、恐怖か、それとも別の感情か。言葉の奥に潜む真意は読み取れない。
だが、その視線は確かに「刻まれた」ものだった。
ユリナがチームへ戻ると、セシリアは小さく息を吐き、視線を俺たちへ移した。
「詳細な報告は後ほど聞く。今は休め。……よく生きて戻ったな」
短く、それだけを言い残し、彼女もまた背を向ける。
残された俺たちは互いに顔を見合わせ、安堵と緊張の入り混じる空気を共有した。
ダンジョンから帰還したその夜。
仲間たちは疲労の限界に達し、すでに深い眠りについていた。
静かな廊下には灯火がゆらめき、窓の外からは月光が淡く差し込んでいる。
俺は約束を果たすため一人で寮の裏庭へ足を運んだ。
――その背後から、静かな声がかかる。
「……ユウマさん」
振り返ると、月明かりに照らされたリナが立っていた。
水の宝珠を胸に抱き、迷いを含んだ眼差しをこちらへ向けている。
「今日の戦い……ありがとうございました」
小さく頭を下げる彼女に、俺は思わず肩をすくめた。
「いや、俺なんか大したことはしてない。あれは……みんなのおかげだ」
「……いえ。ユウマさんがいなければ、私たちは生き延びられなかったはずです」
その声音には、確かな感謝がこもっていた。
だが、そこから先は言葉が続かず、しばし沈黙が流れる。
やがて、リナは視線を伏せたまま小さく口を開いた。
「一つだけ、聞いてもいいですか?」
胸がざわつく。
――嫌な予感が、背筋を走った。
「なんだ?」
「ユウマさんは……本当に“炎だけ”なんですか?」
その問いに、喉が詰まる。
静かで穏やかな声。けれど、その瞳は鋭く俺を見抜こうとしていた。
「模擬戦でも、ダンジョンでも、あなたが使った魔法は、私たちが発動した直後のものばかりでした。炎、水、風……三属性? いいえ、違います」
リナは小さく息をつき、言葉を続ける。
「……あなたは、“見た魔法”を再現している。そうではありませんか?」
胸の奥で白い本の残光がちらつく。
――隠し通すのは、もう不可能か。
俺は深く息を吐き出した。
「……ああ。そこまでわかっているならもう隠してても無駄か。俺の力は――《神鏡の眼》」
「神鏡の……眼」
リナがその名を呟く。月明かりの下、その瞳は揺らぎながらも真剣だった。
「けど詳しいことは、俺自身も分かってない。ただ……見た魔法を写すことができる。何か条件があるようだが、それ以上のことは、まだ……」
自分でもこの先の内容を伝えるか迷っていることに気づく。
だが、今ははっきり言わねばならなかった。
「だから、頼みたい。力の検証も、制御も……。お前にも協力してほしい」
「俺もこの力のことはよくわかっていない、今はまだうまく使えているが制御できているわけではなく、いつ暴走してもおかしくはない、危うい力だ」
リナはしばし沈黙し、目を伏せて考え込む。
やがて顔を上げたとき、その瞳は静かな決意を宿していた。
「……分かりました。ユウマさんの力が脅威か希望か――それを見極めるのは、私の役目です」
その言葉は誓いのように響き、胸に染み込む。
仲間としての安堵と、探求者としての覚悟。
その両方が彼女の声に宿っていた。
夜風がそっと吹き抜ける。
こうして――俺とリナの間にもまた一つ、新たな共犯関係が結ばれたのだった。




