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第13話【瞳の無きミノタウロス】

 重い扉が開ききった瞬間、凍り付いたような冷気が押し寄せてきた。

 視界の奥――闇の底で、巨大な影がうごめく。


 まず聞こえたのは、低く地を揺らすような呼吸音。

 次いで「ドン……ドン……」と、岩床を踏み鳴らす重い足音。

 それは近づくたびに空気を震わせ、俺たちの鼓動を無理やり同期させるかのようだった。


「……来るぞ」

 ショウが剣を構え、緊張を隠さず声を張った。


 闇を裂いて姿を現したのは、漆黒の毛皮に覆われた巨躯。

 牛頭人身――ミノタウロス。

 しかし、俺たちが知るはずのそれとは決定的に異なっていた。


 ――その眼窩に、瞳がない。


 真っ黒な虚穴が二つ、ただ空虚に口を開けているだけ。

 まるで魂そのものを喰われたかのような異形の顔。


「なっ……瞳が……ない……!?」

 リナの声が震える。

 彼女でさえ驚愕を隠せない。


 その無貌の怪物は、雄叫びをあげた。

 耳をつんざく轟音と共に吐き出された息が、まるで呪詛のように冷気を帯び、三階層全体を圧する。

 ただの威嚇でさえ、俺の背筋に鋭い恐怖を突き立てた。


 セシリア教官の言葉が脳裏をよぎる。

 ――「訓練用ダンジョンのボスは安全に調整されている」

 ……そのはずだ。なのに、この圧迫感は何だ。


 これは……本当に訓練用のボスなのか……?


 俺の疑念をよそに、ミノタウロスは巨大な斧を振りかざし、石床を叩き割った。

 響き渡る轟音と共に、石片が飛び散る。

 その破壊力は、どう見ても“訓練”の域を超えていた。


「嘘でしょ……これ、イレギュラー……!」

 エリカが唇を噛む。紅の瞳が恐怖と焦りで揺れている。


 俺たちは顔を見合わせる。

 そして理解した――

 ここから先は、“想定外”の戦いになる。


「行くぞ! 《ウィンド・ブレード》!」

 ショウが真っ先に飛び出し、風刃を放つ。鋭い斬撃が黒い毛並みを裂く――はずだった。


「なっ……!?」

 刃は表皮をかすめたものの、肉へ届かない。厚い筋肉が衝撃を吸収し、ただ表面を削っただけで止まった。


「――《フレイム・ランス》!」

 続けざまにエリカが炎の槍を放つ。轟音を響かせて突き刺さるが、ミノタウロスは怯むことなく腕を振り抜いた。

 斧が炎ごと槍を叩き割り、衝撃で爆炎が四散する。


「嘘……!? あの炎が……!」

 エリカの目が見開かれる。

 火と風の相乗効果で一瞬は圧倒するはずだった。だが、目の前の異形はびくともしていない。


「おいおい、冗談だろ……!」

 ショウが顔を引きつらせる。


 ミノタウロスが低く唸り、巨体を揺らす。

 次の瞬間、岩壁に響き渡る突進音。

 その速度は信じられないほど速く、俺たちは咄嗟に散開した。


「《アクア・バリア》!」

 リナが即座に盾を展開し、衝撃を受け止める。

 水の壁が軋みながら耐えたが、彼女の額にはすぐ汗が浮かんでいた。


 くそ……! これじゃ防御でさえギリギリか


 その横で、エリカとショウは再び魔力を練り上げていた。

 だが――俺には見えてしまう。

 二人の魔力が、もう既に底を突きかけていることが。


 炎と風が絡み合い、確かに威力は倍増している。

 けれど同時に、魔力の消費も倍速で進んでいる。

 額に滲む汗、荒くなる呼吸、僅かに震える指先。


 ……このままじゃ、長く持たない


 俺は拳を握り、唇を噛んだ。

 だが、今はまだ動けない。

 ――動けば必ず目立つ。秘密が露見する。


 ミノタウロスが再び斧を振り下ろす。

 轟音と共に地が揺れ、石床が蜘蛛の巣のように割れていく。


「――っ、まだだ……!」

 ショウが立ち向かい、風の渦を重ねる。

「――《フレイム・ランス》!」

 エリカが再び炎を走らせる。


 二人の連携は見事だった。

 だが、巨躯はそのすべてを真正面から受け止め、傷を負ってなお立ち続けていた。


 やはり……この威力では通じないか……


 俺の中で焦燥が膨らんでいく。

 仲間が消耗し尽くすのは、時間の問題だ。

 その時――俺はどうする?


 握り締めた掌の奥で、白い本が淡く光を放ち始めていた。



 巨躯が唸りを上げた。

 瞳のないミノタウロスの巨斧が、唸りを伴って振り下ろされる。

 その軌道の先には――エリカ。


「――っ!」

 彼女は炎を練ろうとした。だが、もう魔力は残り僅か。

 詠唱が追いつかず、炎の光が弱々しく瞬くのみだった。


 間に合わない……!


 頭が勝手に判断していた。

 俺は拳を突き出し、胸の奥に溜めていた力を一気に解き放った。


「――《フレイムランス》!」


 放ったのは、今まで抑えていた炎。

 威力を誤魔化すことなく、真正面から解き放つ。


 轟音と共に炎の槍が走り、振り下ろされる斧を爆炎ごと包み込んだ。

 灼熱の光と衝撃が周囲を揺らし、視界は赤と黒に塗りつぶされる。


 外から見れば、炎はエリカの手から放たれたようにしか見えなかったはずだ。


 ――だが、今の一撃は、間違いなく俺のものだ。


 爆炎が晴れた。

 しかし、ミノタウロスはまだ立っていた。

 焦げ付いた毛皮の下で、分厚い筋肉が軋む。

 斧を握る腕はわずかに震えているが、その眼窩の奥――瞳のない虚ろな闇は、まるで生気を失わない。


「くそっ……まだか!」

 俺が息を呑んだ瞬間、巨斧が再び持ち上げられる。


 反射的に横を振り返った。

 ――だが、そこに立つはずの二人はもう限界だった。


 エリカは両膝をつき、肩で荒く息をしている。

 その紅の瞳からは力が消え、意識が朧げに揺れていた。


「は、ぁ……っ」

 隣ではショウも地に崩れ落ち、魔力を使い果たし意識を手放そうとしていた。


「おい……嘘だろ……!」


 仲間が魔力切れで次々に倒れていく。

 リナだけが盾を展開し、必死に前へ出ていた。


 けれど水の障壁も、ミノタウロスの巨斧を完全に止めることはできない。

 盾が軋む音が響き、彼女の足もとが崩れそうになっていた。


「――ユウマさん、もう持ちません!」

 リナの叫びに、俺の心が決壊した。


 ……もう隠せるとか言っている場合じゃない!


 俺は歯を食いしばった。

 仲間の命がかかっている。

 バレるかもしれない、秘密が露見するかもしれない――そんなことよりも、今はただ生き残ることが先だ。


 白い本が強く輝き、次々にページがめくられていく。

 赤い文字が次々と刻まれ、俺の頭に力が流れ込む。


 《フレイムランス:多重展開》

 《ウィンドストーム:上位融合可能》



 俺は両手を掲げ、燃え盛る槍を幾重にも生み出した。

 十、二十――数えきれないほどの炎槍が一斉に走り、ミノタウロスの巨体を貫いた。


 苦悶の咆哮が響き渡る。

 その隙を逃さず、俺はさらに風を呼び込む。


「――《ウィンドストーム》!」


 嵐が炎を巻き上げ、轟々と渦を描く。

 炎と風が融合し、巨大な火炎竜巻となってミノタウロスを包み込んだ。


 轟音と共にダンジョンの床が揺れる。

 黒き巨躯は逃げ場なく炎に呑まれ、やがてその輪郭を崩し――魔力の残滓となって霧散した。


「……やった、のか……」


 そう呟いた瞬間、竜巻の余波が周囲を薙ぎ払い、俺たちをも飲み込もうと迫ってきた。


「……っ、《アクア・バリア》!」

 リナが必死に盾を展開する。

 だが炎はあまりに強大で、水の障壁を容易に押し破ろうとする。


「――まだだ!」

 俺は再び両手を掲げ、リナの前に水の盾を広げた。

 透明な壁が重なり、炎の奔流を押し返していく。


「水……ユウマ……さん……?」

 リナが驚愕の声を漏らす。



 炎の余波が消え、静寂が訪れた。

 焦げた匂いと蒸気の中で、まだ立っているのは俺とリナだけ。

 地面には意識を失ったエリカとショウが横たわっていた。


「……ふぅ……」

 リナが深く息を吐き、胸を押さえた。水の盾が破られる寸前、俺の追加の障壁がなければ全員焼かれていただろう。

 安堵の色が一瞬だけ彼女の表情に浮かんだ。だがすぐに、その瞳は冷静さを取り戻し、鋭く俺を見据える。


(……炎、水、風……三属性?)


 彼女は内心で呟く。

 俺が使ったのは、これまで彼女たちが目の前で見せてきた魔法ばかりだ。

 フレイム・ランス、アクア・バリア、ウィンド・ストーム――すべて、ユウマが近くで“見た”もの。


(複数属性を同時に操れる? ……いや、違う。そんな前提自体が間違ってる)


 リナは冷静に思考を巡らせる。

 今までユウマが発動した魔法は、全て他者が先に使った直後だった。

 そしてその魔法を、まるで再現するかのように放っていた。


(――直前に見た魔法を“模倣”している……?

 もしくは、一度見た魔法を永続的に“自分のもの”にしている……?)


 仮説を立てながらも、リナは確信に至れない。

 だが一つだけ、はっきりしていることがあった。


(ユウマ・イチノセ。あなたの本質は、“多属性”なんて単純なものじゃない。

 もっと異質で、もっと恐ろしい……常識の外側にある何か)


 そう結論づけた時、リナの瞳は静かに揺れていた。

 仲間として助かったことへの安堵と、正体を測りきれない存在への畏怖。

 その両方を抱えながら――彼女は黙して口を閉ざした。



初の本格的な戦闘です。

文章で動作を表現するのは難しいですね。

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