地図の逆位置
「ごめんくださ~い…」
恐る恐るドアをノックする。ここは森の中の一軒家。中にいるのが人間とは限らない。雪姫ちゃんは完全にすねちゃって下向いちゃってるし… ここは私がしっかりしないと!
「こんなところに何の用かね?」
出てきてくれたのは普通の見た目のおじいさん。ちゃんとした人間でよかった。すかさず事情を話すと、おじいさんは私たちを家の中へ招いてくれた。
「ふむ… つまりこちらの娘さんが記憶している地図通りに進んだところ、ここにたどり着いたというわけだな。なあ娘さんや。その地図とやらをここに書き出してくれんか?」
「お安いご用です」
そう言うと、雪姫ちゃんは自信満々に地図を書き出した。自身が溢れすぎていてネコちゃんとかも書いちゃってる程に。
「なるほど… 娘さんや。北というのは分かるかね?」
「無論です。北とは方角の一種で、地図の上を指す方向です。それがどうかしましたか?」
「いやぁその…お前さん、地図を上下逆さまにしてしまっとるんじゃないかのう」
おじいさんの一言で空間が凍り付く。これも魔法の一種なのだろうかとちょっとだけ思ったけど、日本にいたときに何度も経験したことあるし、そういうことだろう。
「もしかして雪姫ちゃん、地図読むの苦手?」
「そ、そんなことはありません!私は女神様から授かった知恵からこの地図を描いたんですよ!?」
「重ねてすまぬが、お前さんの記憶している地図はかなり古いものじゃないかと思うぞ。ワシが持っている物と比べると町の名前が違ったり、無くなってしまっておる場所が多々ある」
雪姫ちゃん、完全にフリーズしちゃった。もしかして女神の知識って何年か前からアップデートされてなかったりする?ちょっと待って。良くないことが頭をよぎった。
「ねぇ雪姫ちゃん、もしかして雪姫ちゃんと女神さんってこの世界に来たことない?」
「私は今回が初めてですが、女神様は昔来たことがあるみたいですよ。ですから地図の情報を私が持っているんじゃないですか」
「おおそうじゃ!この都市の名前は実に500年前の…」
「雪姫ちゃん!!何年前の知識入れられてたの!?」
「ふぇぇ… だってこの世界来るの初めてなのですからしょうが無いじゃないですか!大体、地形が変わるなんてズルです!」
逆ギレし始めたぞこの娘。しばらく私たちがギャーギャー騒いでいる間に、おじいさんが現代で使われている地図を持ってきてくれた。つまる話はこうだ。雪姫ちゃんはこの世界に来るのは初めてだけど、女神から授かった知識があるから大丈夫だと思っていた。でも実際は女神の知識というのは500年以上前のものであり、その多くが現代と異なっていた。幸い、魔力に関する知識は変わっていなかったものの、私たちの冒険はいにしえの知識と雀の涙みたいな量の魔力で乗り越えなければいけないらしい。
「500年前って…日本ですら地名が変わってるレベルだよ?」
「うるさいですね。1つのミスをいつまでもグチグチ言わないでください」
「ミスを慰める側のセリフだと思うなぁそれは」
言ったら怒られるだろうから言わないけど、たぶん雪姫ちゃんはかなりのドジっ娘だ。ツンデレドジっ娘ロリAI神器と、属性過多だ。少々険悪な雰囲気の中、おじいさんが申し訳なさそうに口を開く。
「ところで、お前さんたちの服装はかなり奇抜なものだが、もしかすると異国の者かのう?」
言われるまで気づかなかったが、私の服装は上下ジャージ姿の完全オフスタイルだった。変にスーツとか病院着で転移させられるよりは動きやすいけども、こんな田舎のヤンキーみたいな服装で異世界を闊歩するのもどうかと思う。対して雪姫ちゃんのはゴリッゴリのゴスロリで、単体で見ると雪姫ちゃんに似合っていても隣にいる全身ジャージ女のせいで違和感が半端ない。
「その通りです。私はマスターの神器としてこの世界にやって来ました。魔王を討伐するために!」
「ふむ… 志は立派であるが、地図も読めんようなままであるとこの先が危ぶまれるのう…」
「グハッ!」
このおじいさん、結構雪姫ちゃんのこと刺してくるなぁ。それにしても、日本にいるときはAIって感情がないんだって思ってたけど、彼女のことを見てるとそんなことはないんだろうと思う。言葉遣いはすんごく丁寧だけどね。
「異国からのお客さんをこんな夜中に外に出すわけにはいかないし、今日はここでのんびりしていきなさい。知りたいことがあれば知ってる範囲で教えようかのう」
「いいんですか!ありがとうございます!!じゃあ、まずは最新の美味しい食べ物を…」
「わざわざ最新のものでなくても、昔から親しまれているものであれば私が熟知しています!そんなことよりもマスターは0.01dLしかない魔力量を少しでも上げる方法をうかがった方がよろしいのでは!?」
「dLなんてもう使わないでしょ!!」
「今日はもう寝ようかね…」
こうして再び言い合いになる私たちをよそ目におじいさんは去って行った。結局疲れ果てて私はそのまま床で寝てしまった。
次の日、目が覚めると頭の上に雪姫ちゃんが座っていた。その姿は主君を護る武人さながら。
「おそようございますマスター。随分とぐっすり眠っていましたね」
「おはようございます!!そういう雪姫ちゃんはどうなのさ」
「私には睡眠・排泄・食事といった人間が必要とする行動は必要ありません」
「え~!ご飯食べれないのつらくない?」
「別に必要ではありませんので。ですがあなたの食べっぷりには驚きましたよ。人間の強欲さを学べました」
「あんくらい食べないと元気でないよぉ…というか、雪姫ちゃんはプリン食べれないのに作ってくれようとしてたの?」
「はい。マスターのプロンプトを元に生成を試みました」
そういう風にプログラムされてるだろうって分かってるけど、優しいな雪姫ちゃんは。優しくてかわいくて、だからちょっと小憎らしいこと言われてもご褒美って思っちゃうのかもしれない。
「マスター…今、気持ちの悪いこと考えてます…??」
…もう心が通じ合ってるってことだよね!うん!
「そんなことお無いと思うよぉ?」
「なら良いですが…」
視界の中には、いぶかしげにこちらを見つめる雪姫ちゃんとそんな私たちを見守るおじいさんが入っていた。せっかく泊めていただいたのに騒いでばかりでごめんなさい。
「それじゃあ気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきま~す!本当にありがとうございました!」
おじいさんに感謝の意を伝え、見送られながら家を後にする。しばらく歩みを進めていくと、たしかに私たちがこの世界へ来た時の場所へと戻ってきた。おじいさんの家に着くまでは時間がかかったと思ったけど、色々回り道しながらたどり着いたのかな。
「ふぅ。ようやく戻ってこれましたね」
「ほんとにね。なにはともあれ良かったよぉ」
「今度こそ私にまかせてください。ちゃんとした地図があれば問題ありません」
自信満々に言っててかわいいけど、方角に関しては地図の古さとは無関係なんじゃないかな。まぁ今回はさすがに大丈夫でしょう。そんなことを思いつつ、私たちは北へと足を進めていく。昨日とは打って変わって、獣道みたいなのじゃなくてしっかりした道が地図と同じように続いている。雪姫ちゃん、地図読むの苦手みたいだし、今度からは私もちゃんと見ないと。改めて見ても、この世界の風景は綺麗だなぁ。東京住みのインドア派からしたら一番馴染みのない風景だったけど、こういうのも悪くないかもと気づかされた。ここんとこ入院生活だったし、久しぶりに浴びる太陽の光が心地良い。ふと咲いているお花に見とれて足を止める雪姫ちゃん。この世界に来たの初めてって言ってたし、珍しいんだろうな~。
「マスター見てください!チワワがいますよ!」
「ほんとだー!野良チワワなんて珍しいね~」
お花の影に隠れていたのか、草むらからチワワが出てきた。この世界の野良犬ってチワワなんだね。チワワを見てテンションが上がる私たち。私が頭をなでようとした次の瞬間__。
「シャアァァー!!」
「うわ痛っ!!」
かわいいお手々からパンチが飛んできた。てか鳴き声もはや猫じゃん。チワワはそのまま見事なやんのかステップを披露し、こちらに最大限の威嚇をした後に茂みへと消えていった。さすが異世界。こちらの常識がまるで通用しない。
「あっ…」
「すんごい落ち込みようだね。チワワもっと見たかった?」
「そ、そういうわけではありません。ただ、この世界の生き物をもう少し観察したかったと思っただけですから」
チワワなんて地球にたくさんいると思うけどな。まあそういうことにしといてあげよう。そんなこんなで町へ続く道を歩いて行った。おもしろいくらいに何も起こらず、ただただ良い景色の中をひたすら進むだけ。小一時間ほど経った頃にようやく町が見えてきた。雪姫ちゃんが小走り気味になるのが伝わってくる。彼女の足取りに合わせるようにして、私たちは胸を躍らせながら町に足を踏み入れたのだった。
更新が遅くなってしまいごめんなさい。今後は週一で更新して行けたらなと思います。




