魔法とは、私とは、この場所は?
トンネルを抜けるとそこは税関だった。異世界にも税関とかあるんだ。
「お嬢ちゃんたち、この世界に何しに来たんだい?」
「ちょっくら魔王をやっつけにですね…」
「そっちのお嬢ちゃんも同じかい?」
「はい。私は彼女が所有する神器です」
「おおそうかい。特に怪しい点はないな… 気をつけて行ってきな!」
「うい~。行ってきま~す」
日本じゃこんなに緩い税関ないんだろうな。いや、世界で見てもないでしょ。怪しいところまみれじゃん。かわいい見た目の女の子連れた大人が通されることなんてあっちゃいけないことだよ。それにサラッと流されたけど、私みたいな一般人が神器連れてるのもおかしいでしょ。何はともあれ無事に入国?審査を終えた私たちは、いよいよ異世界に足を踏み入れた。そこには以前の私の生活とはかけ離れている雄大な自然が広がっていた。見たことのない綺麗なお花に美味しそうな果物、かわいい生き物。その全てが私の中のトキメキを増幅させる。こんなにワクワクするのなんて久しぶりだなぁ。雪姫ちゃんも目を輝かせていて周りの景色に夢中になっている。かわいい。
「こほん。では改めまして説明します。マスターの目的はこの世界のどこかにいる魔王を探し出し討伐することです。討伐までの道のりは私がサポートします」
「すっごくゲームみたい… ところで、雪姫ちゃんは自分のことを"万物生成AI"って言ってたけど、なんでも作れちゃうってこと?」
「はい。プロンプトさえあれば私に生成できないものはありません。手始めに、なにか生成してみせましょうか?」
「ん?プロンプトって何?」
「プロンプトとは、なにかを生成する際に必要な情報をまとめたもののことです。例えば、”美味しいもの”を生成したい時に、ただ”美味しいもの”と言われても何を生成すれば良いのか伝わりません。従って、プロンプトには大きさや味、使われている材料などの情報を可能な限り事細かに含ませる必要があります」
「なるほど… つまり、私がしっかりしないと、雪姫ちゃんが困っちゃうってことだね」
「その通りです。話が早くて助かります」
「じゃあ… カラメルがのったプリンを作って欲しいな!」
私がそう言うと、雪姫ちゃんは黙って私の方にかわいいお手々を伸ばしてきた。プリンを作るための予備動作なのかな?
「それでは、マスターの魔力を頂戴します。私への魔力供給をするためには、マスターの粘膜に触れる必要があるので顔を近づけてください」
「ちょっとまって!魔力!?私そんなの持ってないし、ね、粘膜指定ってなんなの!?」
「うるさいですね。元の世界でも認識できていなかっただけで魔力は存在していましたし、人間にも魔力はあります。魔力無くては何も生成ができないので早くしてください」
「え、まだ心の準備が…///」
「遅すぎるので勝手に始めますね」
そういうと、雪姫ちゃんは私の頬を掴み、押さつけてきた。小さくてかわいいお手々なのに逃げることができないし、国宝級のお顔が近づいてくる。オマケに雪姫ちゃんは私より背が小さいので、ちょっぴり背伸びをしていてとっても萌えポイント。魔力供給をする度にキスしていたらこっちの心臓が持たないよ~!雪姫ちゃんと目を合わせるのが恥ずかしくなってきて、両目を閉じた。こうして私のファーストキスは美少女AIに奪われてしまっ…
「フゴォッ!!」
私の2つしかない鼻の穴が何かにせき止められる。口も押さえられていて思うように呼吸ができないし、何が起こったのかも分からない。遅刻寸前で飛び起きる時のように両目を開くと、私の鼻の穴の中には雪姫ちゃんの指が放りこまれていた。
「ちょっ…!雪姫ちゃ… 待っ…!!」
端から見たらどんな風に見られるのだろう。美しい花が咲き誇る大自然の中で、とってもかわいい女の子が大の大人の鼻の穴の中に2本指を突っ込んでいるではありませんか。え、毎回こんな苦しい思いをしなきゃいけないの?これ雪姫ちゃんじゃなかったら許さないからね。シンプルに苦しいし。こうして私の人生で一番長かった5秒が終わった。
「はぁ…はぁ…何すんのさ!キスされると思ってドキドキしてた私が恥ずかしいわ!!」
「は?勝手に期待していたのはマスターの方ですよね。粘膜同士の接触ではなく、私が一方的にマスターの粘膜に触れていればいいだけなので。それに、私の指が届く範囲で常に触ることのできる場所は鼻の穴の中だけではないですか?」
「このぉ!このぉ!」
正論パンチが悔しすぎて思わず地面を殴ってしまう。確かに、勝手に期待しちゃったのは私の方だけどさ、いきなり鼻フックすることはないんじゃない!?する前に一言くれたりしないかなぁ!
「あ」
「ねぇ雪姫ちゃん、今「あ」って言った?」
「すみません。マスターからの魔力量がハナクソすぎてプリンを生成できませんでした。プリンどころか、カラメルソースすらも生成できません」
「誰の魔力がハナクソだコラァァ!勝手に指突っ込んできたのはそっちじゃろがい!!」
「随分とお口が悪いですね。酷い仕打ちを受けても私に手を出さないことは立派ですが、かわいい女の子を恫喝しても現状は何も変わりませんよ」
「クソがっ!!この娘、自分がかわいいこと完全に理解してやがる!」
自分で自分のことをかわいいとは思わないけど、私だって女の子だよ?乙女に鼻フック食らわせといてこの態度は酷くない!?
「とはいえどうしましょうね… カラメルすら生成できない魔力量では、おそらく何も生成できません。元の世界で魔力との関わりがなかったので仕方ありませんね。この世界での生活に慣れていき、魔力量を増やしていきましょう」
「パーソナルトレーナーみたいなフィードバックするじゃん… というか、この世界にいるだけで勝手に魔力って増えるもんなの?」
「いるだけで…と言う表現には誤りが含まれます。この際ですから、魔力の基礎知識についてお伝えしますね。途中で面倒になったら聞き流していただいてかまいません」
「雪姫ちゃんのかわいい声だから一生懸命聴くけどさぁ…」
「…始めますね。先程も少し触れた通り、魔力はマスターの世界にも存在するほどありふれたものであり、基本的に生きとし生けるものは少なからず魔力を帯びています。元の世界と異なる点としては、こちらの世界では魔力と生活とが密接に関わっているということです。例えば、こちらの世界では魔力を消費することによって魔法が使えます。魔法にも様々な種類が存在し、使い方を覚えていくことで生活が便利になっていきます。火や水を発生させたり、空を移動できるようになったりと、魔法が複雑になる分習得が困難になりますが、その恩恵は計り知れません。魔法に触れていくことが自分の魔力量を増やしていく手がかりでもあります。ここまでで何か質問は?」
「はい!雪姫ちゃんの声はどうしてそんなにかわいいんですか?」
「かわいいのは分かりましたので黙ってください」
「ごめんごめん~。で、魔法を習得っていうのは、レベルアップ的なことしたら勝手に覚えられるっていうイメージでいいかな?ほらゲームとかでよくあるじゃん」
「いいえ。マスターがしっかりとやり方を覚えなければレベルがいくら高くなろうと使えません。魔法を学ぶことのできる場所があるそうなのでそちらで学んでください」
「そんな~!」
「それと勘違いしているようですけれど、ゲームと違ってマスターのレベルは可視化できるものではなく、あくまで感覚的なものとなります。その代わり、客観的に実力を把握できるシステムとして冒険者ランクというものが存在します。例えば、一定ランクを満たしていないと購入できないアイテムが存在したり、受注できないクエストなどがあります。先ほどのマスターの魔力量を見るに、現在の冒険者ランクは1ですね」
「ええ~!雪姫ちゃんと一緒だからもう少し高くなるとかないの?雪姫ちゃんって神器なんでしょ??」
「ならないです。あくまで私はマスターの所有物としてこの世界に来ていますので」
所有物だなんて堅いなあ。一緒に旅をする友達くらいに思ってくれた方が気が楽になるのに。でも雪姫ちゃんからしたら女神から与えられた任務と一緒だもんね。私がとやかく言うのも迷惑になっちゃいそう。
「これで魔力に関する説明はよろしいですね。次は私の能力について説明します。私は万物生成AIとして女神様からの祝福を受けた神器です。名前の通り魔力さえあればいかなる物でも生成できるほか、女神様から与えられた知識を所有しています。ただし、自分で魔力を生み出すことができないので、マスターの魔力を頂戴する必要があります。また、この世界に私の体は実在しないので、物体が私に干渉するということは基本的にはありません。ですので、あらゆる攻撃を受けないですが、物を持つことすらできません」
「てことは無敵なの!?すごいじゃん!」
「無敵ですが攻撃すらできませんよ。説明はこのくらいにしておいて、歩きましょうか。ここからそう遠くない場所に町があるはずです」
「説明ありがとうね。じゃあ、レッツゴー!」
町に向かって歩く途中、雪姫ちゃんの説明で気になったことを聞いてみた。雪姫ちゃんが魔力を生成して、それを元に別のものを生成したら永久機関じゃん!って思ったんだけど、100ある魔力を消費して生成できる魔力の量は100になるから、意味が無いらしい。思いついた時は天才現るって思ったのになあ。それから、私の粘膜から魔力を受け取るのにもちゃんと理由があったみたい。魔力は人間の内部に蓄えられているから粘膜から摂取するのが一番早いんだって。にしても次からは痛くない方法でやってほしいけどね。あと、雪姫ちゃんの実態がないっていっても周りの人は雪姫ちゃんとお話したりはできるみたい。ちょっと言い方にトゲがある娘だけど、色んな人との関わりを通して柔らかくなってくれたら嬉しいな。そんなこんなを考えつつしばらく歩いたけど、綺麗な風景が変わることはなく、一向に町は見えてこない。雪姫ちゃんに限って道を間違えることはないだろうし、もう少しだけ歩こう。
「ねぇ雪姫ちゃん、ラーメンを作るのに魔力ってどれくらい…」
そう聞こうとして雪姫ちゃんの顔をのぞき込んでみたら、何か様子がおかしい。少しうつむいていて何かをつぶやいている。
「雪姫ちゃん!?いったいどうしたの!?」
「町が…町が見えてきません!」
「ええー!?」
「おかしいです!女神様から頂いた情報をもとに進んでいたはずなので間違えるはずなどありえません!」
「いったん!いったん落ち着こ?冷静にならないと日が暮れてきちゃうよ」
「うう…この私がこんなミスをするなんて…」
雪姫ちゃんは大きく凹んでしまった。私が慰めようとしてもあまり効果はなさそう。完璧AIだし、普段ミスとかしないんだろうなぁ。地図を読み違えるくらいなんて誰にでもあるのに。とはいえ、何も分かんない場所で夜を明かすのは危ないし、どこかに安全な場所はないかなあ。そう思って辺りを見渡してみると、森の中に一軒の家のようなものを見つけた。
「ほら!あそこに家があったから、町の場所を聞いてみようよ!もしかしたら一日泊めてくれるかも知れないよ!」
「うう…分かりましたぁ…」
凹んでる雪姫ちゃんがかわいいと思ったのはナイショ。一縷の望みを胸に私たちはその家のドアをノックした。