第一幕 試練と祝福 -3-
「王都の、鑑定士……」
「“スキル鑑定士”は、特殊な技術を持つ者だ。
スキルの本質を見極め、どのような能力なのかを解析する。
だが、鑑定ができるのは王都の“鑑定士ギルド”のみ……」
「そこに行けば、俺のスキルが分かる……って事ですか?」
「左様。お主には、覚悟があるかな?」
(覚悟……)
剣を振っても攻撃できず、魔法は発動せず、回復魔法も効果が見えない。
──この状態で何が出来る?
(諦めたくない……! でも、どうしたら……)
「お言葉ですが、司祭様。
鑑定は貴族や騎士団向けの特別な技術です。
普通の冒険者では、簡単には受けられません。
それに、攻撃に威力を感じられないとなると、剣士としてギルドに登録することも難しいでしょう。
この状態では、森を抜けるのだって……」
「案ずるな。……よいか、レオンよ。これがお主への試練と心得よ。お主ならできると、そう告げておるのだ。」
「司祭様……!」
「シグルド。お主の心情も理解出来よう。
だが、今日この時より、彼らは強さを得た。
それは、どのような形であれ、等しく与えられる権利だ。」
(何も分からない。
それでも、このままでは終われない。)
レオンは剣を握り、俯いて考えていた。
(でも、この剣は当たらない。
まるで……これまでの鍛錬の全てが、無駄だったかのような……
何もかもが消えてしまったような……)
「私が行きます」
──その声に顔を上げると、真っ直ぐな瞳のエリスが、レオンを見ていた。
「私も最終的には王都を目指しますし。私がレオンを、王都まで連れていきます!」
しかし、師範は深くため息をついた。
「お前たちの気持ちはわかるが、危険すぎる。
……悪いがハッキリ言わせてもらう。
戦えないレオンを庇いながらじゃ、お前の負担が大きすぎる!」
「……!」
戦えないという言葉が、レオンへ重くのしかかる。
ずっと憧れていた。
師範のような一流の剣士になると。
けれど、このスキルのせいで、俺の攻撃は何一つ当たらない。
今の俺がエリスと旅をしても、ただのお荷物に過ぎなかった。
「やれます! というか、出来なくて王都の騎士になれるもんですか!」
「エリス!お前は──」
「ほら、レオンも下向かない! こんな簡単に諦めるわけ?」
「でも……! こんなんじゃ剣を持ったって……」
「攻撃できなくても、関係ない!」
エリスは強く言い切る。
「スキルがどうであろうと、これまでずっと努力してきた。
その努力が、急に無意味になるわけないの!
だって、レオンは村で一番の剣士だったじゃない。
私よりも速く、正確に剣を振れて、戦いの流れを読むのも誰よりも上手かった!」
──レオンの心の陰りが、少しずつ晴れていく。
レオンはこれまで、剣の扱いを徹底的に磨いてきた。
剣の軌道を読み、敵の動きを予測し、的確な間合いを保つことを学んできた。
スキルがなかったとしても、レオンは村で最も剣を扱うことに長けた存在だった。
「レオンが得た経験は、簡単に消えるものじゃない。そうでしょ?」
エリスの言葉が響く。
「今まで鍛えた剣筋、戦いの組み立て方、相手の動きを見極める力……それは、たとえ剣が当たらなくても消えないものよ!
レオンならきっと、スキルに頼らずに強くなれる!レオンは、スキル以前に、“自分の力”を持ってるんだから!」
レオンはエリスを見た。
彼女の目は揺るがない。
本気でそう思っているのが伝わってくる。
──スキルがなくても、自分には積み重ねてきたものがある。
剣技の正確さ。
戦況を読む力。
経験に基づいた戦いの勘。
強いスキルがあれば、さらに強くなれるのかもしれない。
だが、スキルが分からなくても、これまでの鍛錬が消えるわけではない。
「……そう、だな」
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「君の言う通りだ。これまでの自分を信じてみるよ」
エリスは笑顔を見せた。
──落ち込んでいる場合じゃない。
今の自分の力を信じるしかない。
レオンは再び剣を握りしめ、顔を上げた。
「……師範、ありがとうございます。
俺たちを心配してくれてるって、分かってます。
でも、やっぱり俺は、王都へ行きたい……!」
「……本気で言っているのか?」
レオンはまっすぐに頷く。
シグルドは何も言わず、わずかに視線を動かした。
向けられた先にいたのはエリス。
「私も行くからね、絶対」
迷いのない声。
シグルドは微かに目を細めた。
草の匂いと、どこか湿った空気が、村の朝を思わせる。
「……レオン」
低く、静かな声。
背筋を撫でるように、風が吹いた。
「エリスが傷ついたら、どうする?」
レオンの拳が、僅かに強く握られる。
「お前の回復魔法は?」
「……!」
「エリスが戦えなくなったら?」
シグルドの目は、一点の曇りもなかった。
「二人とも、死ぬぞ」
ピタリと風が止んだ。
肩が僅かにこわばる。
エリスが息を呑んだのが、分かった。
「……それでも、知りたい」
シグルドが眉を寄せる。
「今は分からなくても、俺は、俺の力を知りたい。何も分からないままで終わりたくない。」
沈黙が降りた。
シグルドは微動だにせず、レオンを見下ろしている。
「俺がエリスを守るとは、今は言いきれません」
拳が震える。
「でも、だからって、何もしないで諦めるのは嫌だ!」
シグルドの表情は変わらない。
ただ、目の奥にあるものが、わずかに動いた気がした。
「一人でも行きます」
次の瞬間、隣から静かな声がした。
「ダメに決まってるでしょ。」
シグルドがそちらを見る。
「お父さん。私は、私を“剣士として”認めてほしい」
娘の目は真剣だった。
「私はもう、ただの子供でいたくない。自分の力で戦うわ」
シグルドは、再び何も言わなかった。
エリスは一歩前に出る。
「レオンの旅を支える。それは私が決めたこと」
言葉の余韻が、広場に残る。
背中を押すように、また風が吹き始めた。
シグルドは静かに目を閉じる。
父として、娘を危険な場所へ送り出せるわけがない。
だが、エリスは強く、レオンの背を押している。
シグルドは、長く息を吐いた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……弟子の門出を祝わないわけにはいかんな」
レオンの目が僅かに見開く。
エリスの表情が明るくなった。
「どうせお前たちは言っても聞かんだろう」
シグルドは腕を組み、視線を逸らす。
「外の世界は甘くない。だからこそ……立ち止まるな」
レオンは、強く頷いた。
エリスも、しっかりとした声で言う。
「必ず無事に戻るわ」
シグルドはただ、僅かに空を見上げる。
──その仕草が、どこか寂しげだった。