アイミ
「ママー♡うん!めっちゃ元気だよー!どしたの?うん、うん、え、一人で?あははは~!ママ強〜。旅行?あ、メンテ?目の?えーまじか!口コミ見た?日本語通じるとこ?うん。うん。あーそっかー。うん。頑張ってねー!いーなー韓国。楽しんでね♡美味しいもの食べてね♡アイも来月行くよ♡うん、うん、はーいわかったー。はいはーい、またねー」
スマホをドレッサーに置き、温まりきったコテを手に取る。
ママは今一人で韓国に来ているらしい。
眼瞼下垂の手術をした瞼がまた下がってきたようで、新規のクリニックへカウンセリングに行く、と。
ママは可愛い。
ママは自由だ。
一人でフラっと海外旅行に行く。
気付いたらよく顔が変わっている。
パパはそんなママが大好きで、いつもデレデレしていて、こんな夫婦になりたいと子供の時から思っていた。
前髪のカーラーを外し、軽く整え、顔周りの毛を外に流していく。
毛先全体を外ハネ、サイドから後ろは中間からコテを平行にして巻いていき、くびれを作る。
しばらくハマっていたヨシンモリに飽きてきたので、最近はムルギョル巻きやウェーブ巻きも練習している。
「チャックットッパロ、ナン、イェー、コッチャプルス、オプソ」
口ずさみながらオフショルワンピに着替えていく。
2,3ヶ月おきに韓国に行っているおかげで、かなり韓国語が話せるようになってきた。
韓国の知り合いも増えたし、メッセージのやり取りも頻繁にしている。
韓ドルの曲も、意味を理解しながら聴き取れるようになった。
今月は韓国の友達がこっちに来る。
きっと前よりもスムーズに会話できるようになっているはずだ。
来月行く韓国のホテルも、そろそろ予約しないと。
毎日楽しい。もう韓国に住んでしまいたい。
ピンポーン、とインターホンの呼び出し音が響き、スリッパをパタパタと鳴らして走る。
「はーい、どうぞー♡」
エントランスの解錠ボタンを押すと、
「はーい」というリマの声に続いて、
「すげえ〜ホテルみたい!芸能人とか住んでんじゃない?」というサラの興奮する声が小さく消えていった。
「おじゃましまーす!うわあ豪邸!」
「すーげー!広っ」
ドアを開けたリマとサラの目線が、せわしなく四方八方に向けられる。
「玄関住めるじゃん!ピッカピカ!」
「昨日家事代行の日だったのー♡ピカピカにしてもらった♡」
サラの言葉に笑いながら、リマが持っているデパートの紙袋を受け取る。
「えー待ってまじ素敵この家。ちょっとルームツアーして良い?あたし物件大好きなの」
しかめっ面で部屋を見渡すリマの真剣さにまた笑ってしまう。
20畳ほどのLDK。
4人がけのダイニングテーブル、オットマン付きの大きなソファー、横には波打っているようなデザインのチェアー、エッジの効いた薄いガラステーブル、背の低いキャビネット、60インチの壁掛けテレビ、サイドには独立タイプのスピーカーが一つずつ。
天井が普通のマンションよりも高く、実際の広さよりも開放的に感じる。
玄関から左手にある7,5畳の寝室には、ダブルサイズのベッド、スタンドライトが乗る小さなキャビネット、ドレッサー、全身鏡。
奥には3畳ほどのウォーキングクローゼット。
どちらの部屋もダークブラウンと白のカラーでまとめられている。
「まじやばい!ホテル!めっちゃお洒落!」
「アイミもっと女子っぽい部屋かと思ってたー意外ー。ちょっリマ姉!見て!外!ベランダある!」
ベランダとテラスの違いは何だろう。
そんな事を考えながら、キャッキャとはしゃぐ2人を眺めた。
リマが買ってきてくれたデパートのお惣菜を紙袋から出し、カウンターに並べていく。
リーフレタスに紫キャベツ、パプリカ、アスパラの色が綺麗なサラダ、サツマイモとクリームチーズ、リマが好みそうなひじきのお惣菜、と…………ヤンニョムチキンだ!キンパも!
こっちはローストビーフ、と、……これは何だ…?キムチ?
それと、よくわからないおかずが2つ。
「やーん藤家具可愛いー!バリのホテルみたい!」
「アイ!テラス出たらダメ!?」
「良いよー♡天気良いし外で飲もうか?」
目をキラキラさせているリマとサラにそう提案すると、2人は子どものように跳ねながらイエーイとハイタッチをした。
『カンパーイ!!』
3人の声とグラスがぶつかる音が重なる。
二口ほど飲み、空を見上げる。
屋根があるおかげか、風があるからか、夏日とは思えないくらい気持ちが良い。
10畳ほどのテラスにはラタン素材の椅子とテーブル。
ハンギングチェアなんかも置きたかったけれど、スペース的に厳しいので諦めた。
ビルばっかりのコミゴミした眺望は仕事場だけでお腹いっぱいだったので、大きな公園が目の前にあるこの立地も物件探しの決め手になった。
家賃は35万と安くはないが、仕事のモチベーションを保つ為にも、精神衛生を守るためにも、この出費は必要経費だ。
「最高なんだが〜」
「サラもう飲んだの!?早いって笑」
「このシャンパンうーま!何これ?高いやつ?」
「これはねー、ドンペリの白♡」
濁音がついた【え】の音を出し、サラがダークグリーンのボトルに顔を近づけ凝視する。
「めっちゃ高いやつじゃん!?一気すんじゃなかったー!だめだってこんな高いの。あたしビール買ってきたからそっち飲むわ」
「えー、貰い物のシャンパンいっぱいで、もう置くとこないから減らしたいのー。開けちゃったから飲むしかない♡」
サラは眉間にシワを寄せながら「え〜…」と呟き、少し黙った。
「鬼殺し何百本も買えんじゃん」と続けた言葉に「趣味渋いんだって」とリマが吹き出す。
「せっかくだから飲もうよ♡美味しいし良いじゃん!」
「まじー?じゃあありがたくいただく!てか思ったんだけどこのグラスも高いやつでない?もうこの家全部怖いんだけど」
「これバカラ?」
リマとサラがグラスを持ち上げ、ギザギザとしたカットを見つめる。
「そー!可愛いでしょ♡これもいただきもの♡」
「やーめーてー!絶対割るから!どんぶりとかないの?ラーメンどんぶり!ボウルでも良いわ」
サラの飾らない性格が好きだ。
見栄や嘘が無い、人間剥き出しの性格が好きだ。
いつもお腹が痛くなるほど笑わせてくれる。
「リマ姉のキムチうま」
「本当?良かったー」
黙々とキムチを食べ続けるサラを見て、リマの自家製キムチを口に運ぶ。
「本当だ!全然違う!めちゃくちゃ美味しいー。日本のキムチってすごい甘いし、韓国のは酸っぱくない?」
「わかる!添加物入ってるのも嫌だし、それで自分で作ろうと思って。何回か作ったんだけど今回1番上手くできたかも。アミの塩辛が無くてさあ。めちゃくちゃスーパー周ったよね」
「ガチー!料理上手い人尊敬する。りーしゃん嫁に欲しい」
「うん、あたしもリマ姉と結婚したい。いや、子どもになりたい」
笑いながら、喋りながら、美味しい料理とシャンパンを飲む。
気分が良い。天気も最高だ。
いつもよりも食べ過ぎてしまっている。
店でもほとんど飲まないのに、楽しくてシャンパンが進む。
この瞬間もどんどん太っているし、どんどんむくんでいる。
カリウムのサプリが無くなりそうだったことを思い出し、血の気が引いていく。
明後日は撮影が入っている。
2人が帰ったら吐こう。
明日と明後日は出勤前にパーソナルトレーニングを長めに受けて、酵素浴にも行こう。
「サラめちゃくちゃ食べるね。飲んで食べれるのすごいわ。20歳って良いなー」
「えー全部うまいんだもん。一人で家いるときとかやばいよ。クッソ怠惰。廃人。ビールとカラムーチョ食って終わり、みたいな」
「えーちゃんとご飯食べなあ。まあ疲れてたらめんどいよね。自分だけの食事とかどうでも良くなる」
「うん。だから同伴の時に死ぬほど食い溜めしてやってる」
「ふっ笑 いやでも良かったよ食べれるようになって。店入ったときやばかったじゃんガリガリで」
「あーねー。あの頃人生で1番痩せてたかも。よく職質されて注射痕確認されたわ」
爆笑している2人の会話を聞きながら、1年半前のことを思い出す。
サラを初めて店で見かけた時、ヤンキー上がりのギャルが入ってきたと思った。
NARSやMACのメイクが似合う、アパレル店員のような派手さがある美人。
だけど体はガリガリで、拒食症なんじゃないか、薬中なんじゃないかとキャストの間で噂になっていた。
卓でも触ってくる客とガチ喧嘩をしていたり、更衣室で嫌味を言ってくるキャストをフルシカトし、シカトにキレて暴言を吐いたキャストをさらにシカトし、鼻歌を歌いながらメイクを直していた。
異物。
野犬。
彼女をそんな風に感じた。
正直すぐクビになるか、飛ぶと思っていた。
絶対に仲良くなるタイプではない。
そう思っていたから、
「今日のご飯サラ呼んでも良い?」とリマに提案された時は、すごく驚いたのを覚えている。
リマは勤務歴も年齢も店の最長で、特定の女の子とつるむこともなく、でも誰にでも優しくて、落ち着いた雰囲気が好きだった。
リマは一時期体調を崩して、店を休職していた。
詳しいことは聞かなかったけれど、なんとなく精神的なものだろうと思っていた。
リマがお店に復帰して半年ほど経つ。
正直休む前と何も変わった感じがしないけれど、もしかしたら実は今も、何かと戦っているのかもしれない。
どんなに一緒にいたって、仲が良くたって、他人なんてわからない。
深くまで見えないし、見ないし、見たくないし、見えなくて良い。
ただ楽しいから一緒にいる、もうそれだけで十分だ。
笑い過ぎて頬が痛い。
あたしは今、とても幸せだ。
#ネトコン12