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第4章

ぜひ、一読を

 あれから1か月が経った。


「アン、今日はいい天気だな。」


 天気の話題になる時は、決まって話題のない時だ。

 それでも何とか会話の糸口になればと、ジョーは話しかけるのだが単なる独り言に終わる。

 妻・アンのいなくなった自宅のリビングで、ジョーの見つめる先には19歳のアンの姿があった。


 ジョーは彼女を研究施設から引き取り、一緒に暮らすようになっていた。

 だが、19歳のアンは白いワンピース姿でソファーの端に三角座りをしたまま、無表情でジョーのことを見ようともしない。

 それでも、ジョーはソファーのもう一方の端に座ると再びアンに話しかける


「今朝の天気予報ではこのあと雨風が強くなって雷が起こると言っていたが、こんなに天気がいいのに本当にそうなるだろうか。」


 だが、アンからの返事はなく、再び独り言に終わる。

 ジョーの声がまるで聞こえていないかのように、アンは表情ひとつ変えずに黙ったまま正面を見つめていた。

 アンがこの家に来てから十日ほど経つが、ずっとこんな調子で会話はほとんどできていない。

 二人の間に漂う重苦しい空気に、ジョーは思わずため息をつく。


 アンのクローンを作る決断をしてから20年経つが、クローン人間を作ることは現在でも法律で固く禁じられている。

 もし、アンのクローンの存在を警察に知られれば、ジョーもただでは済まない。

 それだけに、アンを施設の外へ出して自宅で一緒に暮らすことは大きなリスクが伴うのだが、それでも彼女の美しさに心奪われたジョーは施設側に無理を言い、多額の寄付金を支払って彼女を引き取ることにした。


 妻の死と引き換えにクローンのアンは生きていられるのだから、そのクローンが妻の代わりを務めるのは当然のことだと、ジョーは開き直ったように自分へ言い聞かせていた。

 だがクローンのアンはジョーに全く心を開いてはくれない。

 なんとかこの現状を打破したいが、47歳のジャックには19歳のアンの考えていることがわからず、どうやって心を開けばいいのか見当もつかない。


 一方のアンは三角座りのまま窓の外を見つめている。

 ジョーも窓の外を眺めると、午後の日差しが差し込んで、庭の緑がキラキラと輝いていた。


「そういえば、まだ屋敷の庭を案内していなかったな。庭へ出てみるか。」


 どうせまた返事はなく独り言に終わるだろうと思いながらも、ジョーがダメもとで言うと、意外にもアンは小さく首を縦に振った。


「おおっ、そうか。庭へ出てみたいか。」


 ジョーは思わず笑みを浮かべる。

 クローンの研究施設には広い庭などなく、そこで生まれ育ったアンにとっては興味をひいたのだろう。

「では早速、庭へ出るとしよう。」


 ジョーは喜び勇んだ様子で先導し、アンを連れて屋敷の裏口から外へ出ると、屋敷を囲むように広がる庭を案内した。


「どうだ。ウチの庭は?」


「とってもきれい。」


 これまでにどれだけ話しかけても、ほとんど返事をしなかったアンが返事をしたことにジョーは驚いた。

 広い庭には池や多くの植物が植えられており、初夏の風に揺れている。

 その鮮やかな色彩と和やかな光景に、アンは目を細めた。

 庭の中央までくると、ジョーとアンは白いベンチに座り景色を眺めた。


 亡くなった妻のアンもこの庭をとても気に入っていた。

 夫婦でよくこのベンチに座りながら、「あそこには大きな木を植えよう。」とか「ここにはどの花の種を撒こうか。」などと話したものだ。


 だが、その妻はもういない。今となりにいるのは、十九歳の妻のクローンだ。

 ジョーは改めて、妻・アンを見殺しにした自分と、十九歳のアンの美しさに罪深さを感じた。

 

すると、その時だった。突然強い風が吹いてアンの長い髪が揺れると、遠くでゴロゴロッと雷が鳴った。

 西の空は真っ黒な雲で覆われている。


「どうやらひと雨きそうだ。屋敷に戻ろう。」


 ジョーはベンチから立ち上がると、アンを連れて庭を後にした。

 



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