第一章
ミステリーです。
二十年後、春。
午後一時すぎ。
病院の薄暗い診療室では、47歳のジョーとアンの夫婦は20年前と同じように、神妙な面持ちで医師の診断を待っていた。
不安そうなアンの右手を、夫であるジョーの左手が包み込むように握っている。
夫婦に子供はいない。20年前、アンが病気であるとわかった時に、身体への負担を考えて諦めることにした。
これまで二人きりで生きてきたぶんだけ夫婦の絆は強く、それ故にジョーの心中も穏やかではなく、心臓は発作を起こしてしまいそうなほど、鼓動が早くなっていた。
医師は20年前と同じフジオカという男で、年齢は二人より少し上といったところだろうか。
老眼鏡のレンズを光らせながらレントゲン写真を見ている。
「奥様の病気はだいぶ進行していますね。このままでは、いつ発作が起きて亡くなられてもおかしくありません。近日中にクローンからの臓器移植を受けることをお勧めします。」
「わかりました。お願いします。」
夫婦は頭を下げると、顔を上げたジョーがこんな質問をする。
「ところで、妻のクローンは本当に存在するんですよね?」
「もちろんです。アンさんのクローンは存在します。今もこの病院の離れにあるクローンの研究施設内にいますよ。」
「どことなく後ろめたさがあって、今まで会いに行ったことがなかったんですが…」
「もしよろしければ、これから見にいきますか?そうおっしゃるのではないかと思って、一応準備はしてあります。」
すると、アンは渋い顔をして首を横に振った。
「私は嫌。だって、その子は私の身代わりで死ぬんでしょう。実物のその子を見ることなんてできない…。」
「じゃあ私が一人で確認してくるから、君は運転手の車で先に家に帰っていなさい。」
ジョーの言葉にアンは弱弱しく小さく頷く。
その表情に以前の面影はない。
すっかりやせ細ったアンは、肌の色艶もなくしわも増え髪には大分白いものが目立つようになっていた。
この20年でその容姿はすっかり変わり果てており、これも病気による影響なのだが、もしクローンからの臓器移植で病気を克服し健康な身体になれさえすれば、容姿も以前の面影を取り戻せるかもしれない。
「じゃあ、後はお願いしますね。」
アンはジョーにそう言ってからゆっくりと立ち上がるが、その身体がふらつくと、ジョーが慌てて支える。
そのままジョーに支えられながら、アンは診察室の出入口まで行くと、そこからは廊下で待機していた運転手の男の手を借りて診療室を出ていった。
廊下を一歩ずつ歩いていくアンの後ろ姿を、ジョーは不安な面持ちで見つめる。
すると、フジオカがジョーの隣に来た。
「それでは、我々も行くとしましょうか。もう一人のアンさんに会いに。」