アン&ドロシー第16章
一部もいよいよ大詰めです。
「ところで亡くなった47歳のジョーが残した莫大な遺産は、君たちのものになる可能性が高いけど、それはどうするの?」
「もちろん、受け取らないで放棄するわ。」
アンは当たり前とばかりにきっぱりそう言った。
「えっ、受け取らないの!?」
まさかの返答に刑事は面食らったように大きな声を上げる。
「そのお金はあの人たちが稼いだもので、僕たちとは関係ないものだからね。」
ジョーもアンと同じ考えのようだ。
「もったいないなあ。放棄するくらいならさあ、受け取って俺にちょっとでいいから分けてくれよ。」
刑事の冗談とも本気ともつかない言葉に、聞いた2人も言った本人も笑った。
「私たちは、私たちの人生を生きるの。国から私たちの戸籍を作ってもらえるようになったしね。」
アンはよほどうれしいのか、にっこりと微笑む。
「今までは戸籍がなかったから、結婚することも出来なかったけれど、これで夫婦になれるね。」
ジョーもにっこり微笑む。
「えっ、君たち結婚するの!?」
刑事がそう言うと、二人は少し照れながら互いを見つめ合う。
「すごいなあ。やっぱりクローンだねぇ。オリジナルの2人も結婚していたし。」
刑事はそこまで言ってから、自分が地雷を踏んだことに気づく。恐る恐る二人を見ると、少し怒ったような顔をしていた。
「ごめん。変なこと言っちゃって…」
刑事は頭を下げた。
「確かに私たちは、オリジナルのジョーとアンのクローンよ。オリジナルの二人が結婚したように、私たちも結婚するわ。でも、病気になったら自分のクローンを作って、そのクローンの臓器を奪ってまで生きたいと私は思わない。私はあの人たちと同じような生き方は絶対にしないわ。」
アンは真っ直ぐな瞳で言うと、隣のジョーも黙って頷く。
「そうか、じゃあ君たちらしい生き方を貫いて。…それにしても、あれだけの莫大な遺産を放棄するなんて本当にもったいないな。俺なら絶対に受け取るけどなあ。 そしたらこんな刑事なんて仕事は辞めて、毎日遊んで暮らすよ。」
刑事は笑うと、ジョーとアンも少し前まで怒っていたのが嘘のようにつられて一緒に笑った。
「じゃあ、そろそろ署の方に戻らないと。『貧乏暇なし』とはよく言ったもので、これから午後も仕事がたっぷり待っているんだ。まったくこの労働内容で今の給料じゃ、とても割が合わないよ。」
刑事は自虐を言い最後まで二人を笑わせると、ベンチから立ち上がった。
少し遅れて二人も立ち上がる。
「わざわざ来てもらって、二人とも今日はありがとう。」
「刑事さんも忙しいでしょうけど、身体に気を付けてね。」
「じゃあ、失礼します。」
ジョーとアンは、一礼すると刑事に背を向けて去っていく。
刑事も2人とは逆の方向へ向かい歩き出すが、数歩行ったところで立ち止まると、振り返って2人の後ろ姿を見つめる。
すると、先ほどのアンの言葉が蘇った。
「『あの人たちと同じような生き方は絶対にしない。』か…。同じDNAを持っているのに、本当にそんな風に生きられるものかなあ…?」
刑事は首を傾げながらつぶやくと再び前を向き歩いていった。
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