アン&ドロシー 10話
ここまでのあらすじ
明日の移植手術で心臓を取られて殺されてしまう19歳のクローンのジョーを救うべく、アンはジョーを連れて警察署へ行き警察官に助けを求めるが、警察官はアンの話を信じようとしなかった。。
「そんな話に付き合っていられるほど、我々警察も暇じゃないんだよ。他に用件がないのなら、もう帰ってくれるかな。」
「そんな…。」
アンは警察官の対応に愕然とするが、落ち込んでいる暇はない。
この警察官と話していても埒が明かなそうなので、他に誰かいないか建物内を見渡すが、他の警察官はみんな出払っているのか誰もいない。
それほど大きな署ではないので、元から人員が少ないのだろう。
アンは仕方がなく目の前の警察官に再び話かける。
「あの…信じてもらえないかもしれないけど、私たちは本当にクローンで、ずっと研究施設の中で育てられて…」
「さっきも言ったけど、そういう話なら映画会社や出版社に持っていってくれる?今、この署内は俺一人だけで、君たちの話に付き合っていられるほど暇じゃないんだよ。」
「お願いします。私の話をちゃんと聞いて下さい。」
アンは 頭を下げ涙声で懇願する。
「そんなに聞いて欲しければ、私が聞いてやろうか?」
突如として背後から聞こえてきた男の声に、アンはビクッとなり背筋を寒くする。
振り向くとそこには47歳のジョーがいた。となりにはサングラスに黒いスーツを着た屈強な男を従えている。
おそらく、ボディーガードだろう。
アンは全身を震わせながら怯えているのに対し、19歳のジョーは事態を把握できておらず、呆然とするだけだった。
「さあ、帰ろう。」
47歳のジョーが手を差し出すと、アンはそれを睨みつけた。
「嫌よ、あなたのところには帰らないわ!」
「そんな怖い顔で見ないでおくれ。私も相当嫌われたものだな。」
47歳のジョーは苦笑いする。
「どうして、私たちがここにいることがわかったの?」
アンが尋ねると、47歳のジョーは「フフッ」と笑い、少しもったいぶるようにしてからこう答えた。
「GPSだよ。」
「GPS?」
「施設で育った君たちは知らないかもしれないが、GPSは世界のどこにいても電波受信者の位置を教えてくれる便利なモノでね。19歳のジョー君にGPS発信機の付いた腕時計をプレゼントしたんだが、今も着けてくれているところを見ると、どうやら気に入ってくれたのかな。それなら、うれしいよ。」
その話を聞いて、19歳のジョーは左腕にはめた腕時計を見つめる。
「まさか、この時計にそんなものが付いていたなんて…。」
「腕時計がこの男からのプレゼントだとわかった時点で、タクシーの窓からでも捨てさせれば良かった。」
アンも隣で、19歳のジョーの腕時計を見つめながら悔やんだ。
「運転手の監視があれば、逃亡することはないだろうと思っていたが、念には念を入れてGPSを付けさせておいて正解だったよ。転ばぬ先の杖とはよく言ったものだな。やはり用心するに越したことはない。しかし、私のクローンが逃亡したことも意外だったが、まさかそれに君が加担しているとは思わなかったよ、アン。『クローンが死ぬ前に、一度だけでも外の世界を見せてあげて。』と君が言うから、そのようにしてやったのに…。私の良心につけ込むとは、まったくもってけしからん。」
「良心?19歳の彼から心臓を奪おうとしておいて何が良心よ。本当に良心があるというのなら、そんなことはやめて!」
19歳のジョーと受付の警察官を置き去りにして、2人の舌戦が続いている。
すると、そんな2人のやりとりに割って入るように、19歳のジョーは47歳のジョーを見つめながらアンに尋ねる。
「アン、この男は誰なの?」
「それは…」
アンはその問いかけに口をつぐんだ。
47歳のジョーから作られたクローンが、19歳のジョー自身であるという事実を、彼に知ってほしくなかった。
すると、19歳のジョーは質問する相手を変える。
「あなたはジョーさんですよね?」
19歳のジョーは、47歳のジョーに問いかけた。奇しくもこれがオリジナルとクローン、2人のジョーにとって初めての対話になる。
「そうだ、私はジョーだ。」
「この腕時計をくれたのはあなたですよね?」
「そうだ。気に入ってくれたかな?」
「ええ、とっても気に入りましたよ。GPSとやらがついていなければね。」
ジョーは腕時計を外すと、そのまま床に叩き付けた。
2人のジョーは黙ったまま睨み合うが、その沈黙を破ったのは19歳のジョーだった。
「あなたの顔、よく見ると僕と似ていますよね。」
「…さあ、どうかな。」
「僕が歳をとって、もうちょっと体重が増えたら、あなたみたいな感じになるんじゃないかな。」
「まあ、そうかもしれないな…。」
「僕があなたのクローンで、あなたは僕から心臓を奪おうとしているんですよね?」
「……」
その質問には47歳のジョーは答えない。
答えないというよりは、警察官がいる前では答えられないというのが正しいのだろう。
そしてその沈黙こそが、自分の質問に対しての答えだと19歳のジョーは悟った。
「今のでわかったでしょう。やっぱりこの男は、僕の心臓を奪おうとしているんだ。お願いだから助けてください!」
19歳のジョーは、受付けの警察官に向かって必死に訴える。
だが、その訴えにも受付の警察官は、困惑の表情を浮かべるだけで何も動こうとはしない。
「どうしてわかってくれないんだ。このままだと、僕は明日殺されてしまうんだよ!」
「そう言われましても…」
警察官はどうしていいかわからず、ただただ戸惑うばかりだった。
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