真実の愛を知る
テンプレ婚約破棄劇場の裏で。まともな王子様が報われてもいいんじゃないかなぁと思って書きました。美女と野獣王子の姿に戻らなくてもよくない?派です。
「バーバラ・ハルスフィア公爵令嬢!
お前との婚約は破棄させてもらう!!
次なる婚約者はこのリッカ・スターライト嬢だ!!」
プロムの席で己の婚約者を晒し上げる愚か者、それはこの国の王太子である。
僕は顔を覆い、やめてくれ、と膝をついた。
本当ならすぐにバーバラに駆け寄り、あんなのは嘘だと真実を言って聞かせたい。
でも今の僕が何を言っても信じてもらえないだろう。
気が付けば、僕と従弟ベンジャミンの身体が入れ替わっていた。
むちむちとした両手、鏡をのぞけば丸顔、団子鼻に小さな目がくっついた愛らしいと言えば愛らしい顔が僕を見つめ返していた。
ベンジャミンは内気で、ここ数年王城にも訪れず引きこもっていた。
僕は僕で次期君主のための教育や外交など多忙を極めていたから、この従弟のことはすっかり忘れていた。
誕生日が同じ、そして同い年。
幼少期そのことについて文句を言われたことがある。
お前が同じ日に生まれたから、僕がかすんでしまった。僕の誕生日なのに添え物だ。
僕の得るはずだった幸せもお前が持って行ってしまったんだ。
ごめんね、なんて謝るのは傲慢だと子供心に思ったし、それ以上に言い分が理不尽だったから「そんなこと知るもんか」と喧嘩になって、それ以来ぎくしゃくしている。
僕は従弟の母が好きだった。
僕の母は美姫として有名だった大国の王女で、いつまでも少女の感覚が抜けない人だった。なので体形が崩れるのが嫌だし何より痛い思いをするのはこりごりだ、と僕一人を生むと離宮にこもって刺繍をしたり商人を呼んでドレスを買いあさったりと好きに暮らしている。たまに顔を合わせたところで「あなた私に顔が似てよかったわね、お父様だとパッとしないわよ」と何の役にも立たない会話をするだけだった。
この人は父の外見しか見ていないのだろうか。一見頼りなさそうではあるが、母の分も実務をこなしている尊敬できる父だ。2代ほど前に廃止された側妃を復活させるべきではと持ち上がったが、母の立場を慮って断ったことも知っている。
従弟の母は小柄であるががっしりとした人で、ベンジャミンを含め三男一女を厳しくも暖かく育てた人だ。当時まだ第二王子だった叔父とは狩りの時に出会ったらしい。うっかり足を滑らせ、崖から落ちたところを助けたのが叔母だったそうだ。山暮らしの伯爵令嬢。令嬢らしからぬ豪快な人柄とたくましさに惹かれたのだとか。自分の地位もかなぐり捨てて婿入りしたのだから相当ほれ込んでいる。
穏やかな叔父と睦まじい関係なのが羨ましかった。
だったら交換してくれよ。
あの頃、ベンジャミンはそう言っていなかったか。
僕は急ぎ身支度を整え学園に向かった。
ベンジャミンは学園を欠席しがちだった。一般生徒にしてみればずるいとしか言いようがないが、王族の従弟であるから進級だけはしている。
ベンジャミンはcクラス。Aクラスに向かうとそこに僕がいた。
緩く波打つシルバーブロンドに青い瞳。母譲りの華奢な顔立ちで、背も思ったようには伸びなかったため婚約者とはさほど身長差がないのを結構気にしていた。
そんな自分を自分で見る日が来るなんて。
「ベンジャミン、君なんだな」
あえぐように言うと、にやりと笑った僕が、
「何を言っているんだベンジャミン。
気でも狂ったかい?」
と虫でも払うように出口を示す。
「君はここにふさわしくない。自分のクラスに戻るんだ」
冷たく言い放つ王太子の言葉に従って、クラスメイト達が僕を教室から追い出す。
その一部始終を見つめていたバーバラと視線が絡んだ瞬間、恥ずかしさで目をそらしてしまった。
バーバラ・ハルスフィアは12歳からの婚約者だ。ピンクゴールドの髪を優雅にまいた、凛とした佇まいの美人。
言葉少ないために冷たいと誤解されるが、昔から一本筋が通った性根の優しい女性である。
このままではベンジャミンがバーバラと結婚することになる。それだけは防ぎたい。
ベンジャミンは王族なら贅沢三昧で優雅に暮らせるとでも思っているようだが、国民から養われているのが王族なのだ。国を守り、繁栄させるための知識や振る舞いを怠ったらどうなるのか。
我が国は今母の祖国である大国の庇護にある。しかしかつての大国も今は新興国の台頭で勢いを失いつつあるのだ。父は宰相と頭をひねり、大国との関係を維持しつつ新興国と交易を結び関係を深めている最中だ。その国交の一端を任せられた矢先だというのに。
不安は的中し、新興国の使者を怒らせたと聞いたのは後日だ。
あれだけ準備を整えて臨んだのに、最後の最後でこんな風に失敗するなんて。
なぜ入れ替わったのかわからない。もしかしたら何かの事故なのかもしれない。
だけど心の中はベンジャミンをなじる言葉で渦巻いていた。
僕の顔でへらへらと笑っているのを見た瞬間、殴りかかってしまったのだ。
驚くことにベンジャミンの身体は俊敏に動き、僕の身体を簡単に殴り飛ばした。
護衛でついていたジョンも目を丸くしていたほどに。
すぐさま僕は取り押さえられ、ベンジャミンは気を失って運ばれていった。
謹慎を言いつけられ、二週間後学園に戻ると生徒たちが白い目で見るようになった。
それはそうだろう、王太子に暴力をふるった従弟という構図にしかならない。
謹慎で済まされたことも特別扱いと受け取られただろう。
僕は王太子のそばに近寄ることを禁じられ、監視役の教師までつけられた。
今までさんざんサボっていたのだろう。たまっていたテストや課題をやる羽目になったが、高得点をたたき出すと「休んでばかりいた割に成績はいいですね」と褒められた。
何の気休めにもならない。
遠目に見る王太子は、なぜかある少女をつれていた。
リッカ・スターライト。男爵家の娘でAクラスの生徒。髪を伸ばして楚々としている女生徒が多い中、髪もスカート丈も短いことから悪目立ちをしている少女だ。
生真面目なネイサンがたびたび注意していたが、「えーっこれがかわいいんですよぅ」「ごめんなさぁ~い」と全然堪えていないタイプで、あまり関わりたくないと思った。
しかしその思いをつゆ知らず、スターライト嬢はたびたび絡んできたしなぜだかバーバラにまで難癖をつけていた。
「愛のない結婚なんてかわいそうですよぅ。
王子様だって好きな人と結婚していいんです!!」
と高らかに宣っているのを聞いた時、図星を突かれた気がした。
僕の憧れていた夫婦像はベンジャミンの両親で、彼らは恋愛して結ばれたのだ。
では、僕とバーバラは。
たった一人の王子である僕と、僕にあてがわれた公爵家の娘。
あの時の彼女は、何と答えていたのだろうか。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。
陛下とわが父とはすでに話し合いが済んでおりました。
ですので」
コツ、とヒールの音が響く。
ざわめきは収まり、人々がさっと道を作った。
彼女が、僕へと至る道。
なぜ?
「ベンジャミン・ルーカス伯爵子息。
わたくしと結婚してくださいませ」
膝をついた僕に手を差し伸べるのは、なぜ。
ぶは、と笑ったのは王太子の腕に巻き付いていたスターライト嬢。
「王子様にふられちゃってぇ、あったまおかしくなったんですかぁ?
それとも自分を罰してるんですかねぇそんな豚と結婚なんて!!」
うるうるお目目はどこへやら、下品な罵倒に王子自体がむっとした顔をする。
それはそうだろう、中身がベンジャミンなのだから。
「あなたがその方に真実の愛を見出したように、わたくしもずっとこの方をお慕いしていたのですよ。
今のあなたは私の愛する婚約者ではありません」
ブルーグレーの瞳が王子を射抜く。何もかもを知っているかのように。
たじろぎ舌打ちした王子は踵を返すと、乱暴に会場を出て行った。
騒然とする会場を収めたのは教師陣だった。
彼女は僕の目をじっと見つめる。僕は恥ずかしくなって目をそらす。
すると彼女は優しい声音で語りだした。
「違和感を感じたのは教室でお会いした時です。
殿下はずっと、わたくしの目を避けておいでだった。
臣下からは有能な王太子と褒められているあなたが、わたくしにだけ照れて視線を合わせてくれないことはわたくしにとって幸せな秘密でございました。
しかしある時から品定めするような、嫌な目つきをするようになった。
体を撫でまわすように腰を引き寄せたり、ふたりきりになりたがるようになった。
幸い配慮していただき事なきを得ましたが」
ベンジャミン、あいつ何を。
手を握ることすら緊張して、ダンスやエスコートで手汗が気になるほどなのによもや彼女を押し倒したのでは。
事なきを得た、とは言うがベンジャミンへの怒りと彼女に対する申し訳なさでいっぱいだ。
「ベンジャミン様とは会話をしたこともなく、人となりも存じません。
ですが教室から追い出される瞬間、わたくしと目が合いそらすしぐさがあなたそのものだった。
ばかげたことだと思いましたが、
間違うはずがございません」
そんな一瞬の出来事で、僕とベンジャミンの違いを見抜いたのか。
驚きとうれしさがないまぜになって、どう言えばいいのかわからない。
「君は…いいのかい。
王太子妃になれなくて。ルイス・ヨシュア・ベーリントンの妻でなくて」
「わたくしはあなたを愛しているの。
自覚しなさいルイス。
あなたを地獄の果てまで探しに行くわ」
ふわり、と笑んだ彼女を見て、きゃあ、と歓声が上がった。
姿かたちが変わろうが見つけてくれること、それが愛でなくてなんと呼ぶのだろうか。
学園を卒業後、僕とバーバラは結婚した。
ベンジャミンは長男であったものの、跡継ぎの資格なしとして伯爵家は次男が継ぐことになっている。
僕たちは領地経営の手伝いをすることになったが数年後、王太子が急死。妃教育が捗らないことを理由に結婚式を延期していたスターライト嬢は王太子妃として離宮に送られたが、王妃殺害未遂で極刑になった。
事態が収まった頃に僕は立太子することとなった。領地で人々や羊たちとのびのび過ごしたことで、少し柔らかい表情になった彼女がいつまでも隣にいてくれるのが心強かった。
キャラメモ
ルイス・ヨシュア・ベーリントン
王太子で乙女ゲームの攻略対象。王子様然としたシルバーブロンドに青い瞳。
なんでもこなせる超人、というわけではなく結構努力型。負けず嫌いでもあったため、難癖をつけてくるベンジャミンのことを嫌ったし幼少期はそつのないバーバラにも不満があった。本来の乙女ゲームであればルイスの持つ暖かい夫婦や家族への憧れがキーワードになるところだが、真実の愛を見せつけたのは実のところバーバラだったというお話。
ベンジャミンになってからは憧れていた従弟の家族の一員になり、バーバラとも結婚出来て幸せ。
見た目はベンジャミンのままだが、ルーカス家の祖先はもともと傭兵稼業で食っていた戦闘民族だったので鍛えたらマッチョになった。おデブのベンジャミンも動かないだけでいわゆる動けるデブだった。
母は療養と称して祖国に帰っていったが、父である国王には王太子の責任から逃げたという負い目があったため、王太子になることを承諾した。
バーバラ・ハルスフィア 王太子の婚約者。ピンクブロンドにブルーグレーの瞳。背は高い方でスレンダー。三姉妹の真ん中でマイペースな長女と甘え上手な三女と比べると手がかからないがかわいげがない、と実家では冷遇されていた。実直で素直に王子のことを好き。見た目が変わろうが愛している。
リッカ・スターライト 乙女ゲームの主人公。水色のボブカットにピンクの瞳の夢かわ系。転生ヒロイン。シナリオ通りに王太子を攻略したが他のキャラの好感度が上がらなかったのでリセットできると思っている。(ほかの攻略対象者(ジョン=護衛騎士、ネイサン=侍従)も常識的だったためスターライト嬢を不敬と感じていた)
王太子のチョロさも最推しイケメンであることの前では気にならず、お互いの見た目だけ好きあってるお似合いカップル。自分も逆ハー作ろうとしたのを棚に上げて王太子の後宮ハーレム計画にブチ切れた。王太子死去後は、王妃のいる離宮に引っ越す羽目になったが「あらあなたブスね。なんでバーバラと婚約解消したのかしら」と会うたびに言われて刃傷沙汰を起こす。
ベンジャミン・ルーカス 王太子の従弟。ダークブロンドに青い瞳。食っちゃ寝生活で肥満体型。王太子と同い年で誕生日も同じ、ずっと比較して卑屈になっていた。両親は比べることなく愛情を注いでいたのにないものねだり。
黒魔術の本を手に入れ魂の入れ替えに成功。代償が寿命の半分であることを軽く考えている(不摂生がたたり40代で死ぬ予定だったので20代半ばで死ぬ)
王太子の見た目と身分をフルに使って、ゆくゆくはハーレムを作ろうと計画していた。
早世したが惜しまれてはいない。