表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

DAY0:【入力された音声を範囲内に放送する魔法。傑作。高度に動作する。矛盾がない。魔力燃費が良い。大魔法。範囲は魔力量に依存。低音質。できる限りの低音質。発話による音声入力。反・高音質。(略)】

「いやはや―――」


 つかつか、と。【研磨精霊】の力でぴかぴかに磨かれた大理石の上で、足音たちが響き渡る。それらの周期はバラバラで、靴底の材質の違いにより、音の聞こえ方も画一的とは言い難い。しかしながら―――確かにそこには、どこか統率の取れたリズムがあった。

 エリシア王国第四特殊精霊研究所所長であるところのリドリーザ博士は、そんな足音の中に説明の声を投じる。


「王属調査官の皆さん。今からお見せするのは、この研究所でも最大の極秘研究なわけでして。助手の一人も雇わずに単身で進めていたのが、ついに他の方々の目に触れると思うと……感無量ですな、ええ」


 彼のしわがれた声が言葉を紡ぎ終えるや否や、また別の声が、すかさず博士の発言に釘を刺す。


「世辞は不要だ、博士。そもそも感無量というが、我々は君に一切連絡せずに押し入った形になるのだぞ」


 これまた別の調査官が、追随して言葉を付け加える。


「極秘研究に押し入られた者が『感無量』などというはずがないだろう。やはり、君は何か企んでいるな?」

「……さあ。何のことやらわかりませんな」


 リドリーザ博士ははぐらかした。

 調査官たちもそれ以上の追及は行わず、足音の群れは再び押し黙る。研究所は照明に乏しく、彼らは薄闇の中を進んでいくことになる。しかしある程度進んだ先には、ひときわ明るい空間がある。

 書庫だ。


「こちらに、使用済み〈魔法陣〉が掲載された書籍(ブック)巻物(スクロール)書簡(レター)……その他諸々。とにかく、過去に使われた〈魔法陣〉関連の情報に【複写精霊】の力を行使し、片っ端から集積してあります」


 一瞬の沈黙。その間に、調査官たちのうち幾人かが息を呑んだ(・・・・・)のは明らかだった。実際のところ、圧巻たる光景ではある。魔力照明の紫がかった光のもとでは、結構な大きさの箱がいくつも影を落としていて、その側面にはいくつもの引き出しが備えられている。その一つ一つに……誰かがかつて作った〈魔法陣〉や、それに付随する情報が、ぎっしりと詰め込まれているのだ。


「そもそも、〈魔法陣〉を作るというのはとても面倒な行為なのです」


 しわがれた声が調査官たちに説明を行う。「まるで見学ツアーだ」なんて考えた者が、果たして調査官の中に何人いたことだろう。


「面倒―――そう、本当に面倒だ。まず前提として〈魔法理論〉に極めて精通している必要がありますし、精通してさえいればポンポン作れるというわけでもない。大変な集中力、胆力……そして、時間が必要になるのです」


 博士が箱たちにちらりと視線を向けて、調査官たちの視線もやはりそこに向く。収納された〈魔法陣〉の一つ一つが、その集中力、胆力、時間を捧げて作られた、結晶というべきものなのだ。


「しかもいざ〈魔法陣〉が完成しても、たった一度使えば効力を失ってしまう。実際、ほとんどの〈魔法使い〉は自分で〈魔法陣〉なんか描かず、無制限発動が可能な〈精霊〉たちに頼んでいるはずです」


 博士はちらりと、調査官に同伴している数人の〈魔法使い〉の方を見た。博士の予想は的中しており、彼らも大部分の例にもれず、汎用的な魔法を代行発動してくれる〈精霊〉を利用している。もちろん〈精霊〉も、種類によってそれ相応の難易度というものがある。しかし、〈魔法陣〉をゼロから描くのに比べれば、〈精霊〉の扱いに習熟する方が間違いなく簡単だ。


「次に進みましょう」


 博士は歩き出した。



 しばらく集団が研究所内を歩くと、さらに光景が変化した。


「こちらが『学習室』です」


 床を走る魔力伝導線が放つ光に囲まれ、【造形精霊】の助力による複雑なシルエットを纏って、椅子と机(・・・・)が置かれている。

 博士は意気揚々と、この空間の意義について解説する。


人工(・・)〈精霊〉技術には色々なアプローチがありますが、今回は『学習』の手法を取りました。先ほどの『書庫』に存在する様々な文献を、〈精霊〉の……『型』とでもいうべき存在に読み込ませるのです」


 魔力照明の冷たさもあって、空間が纏う雰囲気は無機質なものだ。


「より具体的には、人為的なノイズの付加とその逆算であったり、敵対性を有する二つの学習者であったり……まあ、細かい話は良いでしょう」


 それを前にした調査官たちの間に、何か……騒めき(・・・)とでもいうべき空気が生まれる。


「……博士」


 一人の調査官が、手を挙げた。


「何ですかな?」

君は何をしようと(・・・・・・・・)しているんだ?(・・・・・・・)

「……それはもう。アリシア王国に忠誠を誓う全ての魔法研究者の例に違わず。【究極魔法】を発見しようとしているのですよ」

「そういうことを聞いているのではない。そもそも、この研究所における資金使途はあまりに不透明で―――」

「もう少し」


 博士は、いやに重い声色で言った。


「奥に行ってから、お話ししましょうか」



「博士、どういうつもりだ」


 歩みを追い越し、追及の声が走っていく。


「先日……というか、昨夜。この近辺で『異音が聞こえた』という報告が相次いだ。老人の声のようだったという話だ」


 足音。博士は答えない。


「報告のあった地点を地図上にマークしてみると、どうやら円を描いているらしいことが分かる。中心は、この研究所だ」


 足音。博士は答えない。


「確かに、君は王国から人工〈精霊〉の研究を任されている。しかし……何か、聞いていた話と違うぞ。そこまでの汎用性を持たせる予定はなかったはずだ」


 足音。博士は答えない。


「博士―――」

「皆さん」


 自分を追いかける声を遮ると、博士は立ち止まって紹介した。


「ご覧ください。巨大な〈魔力結晶〉でしょう?」


 それは透き通るような紅だった。

 台座の上に乗せられて、空間に散らばる光を反射しながら、博士の歓喜の表情を映し出しながら。……そのすぐ近くに掲げられた、複雑な〈魔法陣〉が描かれた巨大な幕と共に、研究所の最奥に鎮座していた。


「待て、博士」


 静止の声が響く。博士は止まらない。


「待てと言っているだろう! やれ!」

「【ポル・リ・ヤ】!」


 護衛役の〈魔法使い〉が〈詠唱〉を行い、【石礫精霊】を召喚する。眩い光と共に発生した人類ならざる小躯が、魔力を消費しながら小さな岩塊を創り出し……飛ばす。ひゅん、という音とともにそれは飛翔して、博士の脇を掠める。

 博士は流石に立ち止まり、振り返った。その口角は、明らかに上がっていた。


「いい加減にするんだ、博士。次動けば躊躇なく心臓を狙うぞ」

「……まったく、物騒なことですな」

「物騒だって? 物騒なのは君だ。この〈魔力結晶〉は何だ? こんなものは予算報告書に記載されていなかったはずだぞ」

「……」

「確かに、君は……『特定の〈魔法陣〉を作り出す〈精霊〉』、それを研究していたはずだ。しかしあの膨大な資料は何だ?」

「……」

「〈精霊〉の目的はあくまで『特定の』魔法陣。あれだけの資料を『学習』する必要はないはずではないか」

「……」

「そして……昨夜の異音。あれは、君が魔法を使って引き起こしたものではないのか?」

「……」

「答えろ! 答えるんだ博士!」


 そこで言葉は遮られた。

 博士は床の魔力伝導線を介して、予め仕掛けてあった【火炎魔法】の魔法陣を発動した。そして、調査官たちの前方に炎の壁を作り出した。〈詠唱〉の一つもありはしなかった。当然の話だ、〈魔法陣〉に詠唱は必要ない。調査官たちがざわつくのを背中で聞きながら、彼はゆっくりと〈魔力結晶〉へと歩いていき、その表面に描かれた自分の鏡像を、いっそうくっきりしたものへと変じさせていった。


「……少々邪魔が入ったが、おおむね予定通りだ。やろう」


 彼がそう呟いたところで、


「やめろ! 【ポル・リ・ヤ】!」


 〈魔法使い〉のうちだれかが、炎に阻まれているのも厭わずに、石の礫を放って見せた。

 声が炎の向こうで響き、ものすごい速度で石ころが飛ぶ。


「がっ」


 そして、博士の心臓が一部穿たれる。穿たれただけであるということもでき、実際、博士は生きていた。

 もうすぐ死ぬと分かっていながら、だくだくと流れる血液を床に残し、〈魔法陣〉へと這い寄った。

 そして傍らの〈魔力結晶〉を、すべて(・・・)その〈魔法陣〉に注ぎ込んだ。


「おい博士! 何をする気だ! 博士!」


 幕に描かれた陣が、起動する。より具体的には……【入力された音声を範囲内に放送する魔法。傑作。高度に動作する。矛盾がない。魔力燃費が良い。大魔法。範囲は魔力量に依存。低音質。できる限りの低音質。発話による音声入力。反・高音質。反・聞き取り不能。反・駄作。反・矛盾。反・雑音。】の陣だ。つぎ込まれた膨大な魔力は、魔法が及ぶ範囲をおそろしく広げる。具体的には、エリシア王国をすっぽり包むほどだ。

 博士は口を開いた。彼はとっくに狂っていたので、胸部に潜む痛みや熱も、大した障壁とは感じていなかった。


「エリシア王国の諸君!」


 〈魔法陣〉が光っている。


「簡潔に伝える!私は【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】を完成させた!」


 〈魔法陣〉が光っている。


「王国内であればどこだろうと、【ヴィル・テル・プル】の〈詠唱〉で出現させられる!ただし、一日に使用できるのは一人一回までなので注意せよ!」


 〈魔法陣〉が光っている。


「後は……そうだな」


 博士は逡巡した。好きな魔法陣と言っても実行には相応の魔力が要るとか、『傑作』と入れるとちょっとクオリティが上がるとか、伝えた魔法内容が同じでもよっぽどのことが無ければ被り(・・)は出ないとか、色々と伝えたいことはあった。しかし彼がここ数日で完成させた【入力された音声を範囲内に放送する魔法】は……伝えられる情報の少なさと引き換えに、どうにか魔力の燃費を確保している。彼自身ももうすぐ息絶えるだろうし、あまり長い言葉は込められない。

 彼は思案して、口を開いた。


「どうか【究極魔法】を見つけてくれ」


 そして、博士は息絶えた。

 【火炎魔法】が晴れる中、慌てて駆け出す調査官たちの足音は、まったくもって不規則で、統率の欠片もないものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ