97.VS『死』の魔王竜(2)
魔王竜が復活し、ダンジョンの入口広場で迎撃することになった私たち。
エリーが重傷を負い、聖竜剣士として成長したシアンタ、それにルティアさんたちも魔王竜の攻撃を受けてしまった。
ほとんどの魔力と引き換えに放った魔法すら効かない。
さらに魔王竜は魔石から強力な魔物までも復活させてしまった。
魔王竜に操られるかのように、オーガキング、サイクロプス、タイラントタウラスが迫ってくる。
どの魔物もダンジョンでは強敵だった。
しかも魔王竜によってさらなる強化が図られているみたいなのだ。
「ここは私たちが。フィリナさんとシアンタさんは魔王竜を頼みます」
傷を負ったルティアさんがオーガキングへと向かっていく。
「マジかよ。やるだけやってみるぜ。無理だけどな」
キコアがサイクロプスに挑んでいく。
「ダメですって。もう絶対勝てません。あぁぁ。こっち来ないで!」
プエルタさんは、迫りくるタイラントタウラスに風の魔法を放つものの、相手は全然怯んでいない。
ギルド職員たちは魔王竜の攻撃で負傷してしまっている。今はリナンたちから手当てを受けている最中だ。
そうなると、残りの戦力は私とシアンタだ。
「来い魔王竜!」
『聖竜剣士がぁ!』
背中の翼を広げた魔王竜が上空を旋回。シアンタめがけ、すごい勢いで急降下してきた。
「きゃああっ!」
シアンタは何とか直撃を避けたものの……。魔王竜は地面に当たる直前で再上昇。
衝撃が辺りに広がり、シアンタ、私はもちろん、魔物と戦っていた仲間たちも吹き飛ばされた。
私は地面を転がりまわる。
「うう……シアンタは?」
よかった。生きている。
傷を負いながらも、シアンタはしっかりと立ち上がり、上空の魔王竜を警戒している。
『キンコンカンコン! 魔王竜の攻撃を受けました。これより6種の恐竜×魔法を解禁します。さらに既存の恐竜×魔法の消費魔力を低減させます』
来た。神様のアナウンス。解禁はこれまでで一番多い6種類だ。
でも、残りの魔力は13しかない。
そんな状態で、どうやって状況を打開すればいいんだ。
『すばしっこい小娘め』
魔王竜は地上に降りたった。
「やっと、ボクと戦う気になったみたいだね」
すでにボロボロに近い状態のシアンタが、剣を構えなおす。
『フンっ!』
シアンタを睨んでいた魔王竜が、別の方向へ頭を向けた。
冷たい視線の先は、ケガをしたギルド職員を救護しているリナンとボナ子ちゃんたちだ。ケガ人の中にはエリーだっている。
『ワシが正々堂々勝負するために降りたったと思ったか! バカめ!』
魔王竜が巨大な口を開く。衝撃波を放つつもりなんだ。
ボナ子ちゃん、ギルド職員の表情が恐怖に染まっていく。
このままじゃ危ない。私はリナンたちのもとへ駆ける。
『フィリナよ。新たな力を使うのだ』
収納の魔法空間にいるグアンロンが指示してくれる。
ステータスオープン。グアンロンの意思が伝わってくる。
ボナ子ちゃんたちの前に走り込んだ、その瞬間だ。
『ハァァァ!』
「フィリナ! みんな!」
魔王竜の衝撃波が襲ってきた。シアンタが悲痛な叫び声を上げる。
「ステゴサウルス×防壁!」
『ガオオオン! 解禁された恐竜×魔法を選ばれました!』
私とボナ子ちゃんたちを囲むように、ドーム状の物体が現れた。半球状の物体が私たちをすっぽり覆うように出現した。
一体何でできているのか、中からでも外の様子がよく見える。
ドームに衝撃波が直撃する。ミシミシと音を立てながら、それでも衝撃波に耐えきってくれた。
選んだ恐竜はステゴサウルス。四足歩行の恐竜で、首元から尻尾にかけて、先のとがった板が並んでいる。尻尾には左右にトゲトゲがある。なんだか前足が短くて歩きにくそうだな。
ステゴサウルスは有名だから、私でも覚えているけれど……。
「どうしてこの恐竜が、身を守るドームの魔法と相性が良いんだろう」
神様の意図が、まったく分からない。
『なんだ、あの物体は。あの硬度は聖竜の骨と同等なのか』
魔王竜が怪訝そうにこちらを見ている。外からじゃ、中の様子は分からないのだろうか。
「オマエの相手はボクだ!」
シアンタが果敢に魔王竜に挑んでいく。ケガを負っているものの、まるで達人のような動きだ。
このドームは外にいる仲間の声も拾ってくれるみたいだけれど。
どうしよう。防壁を作ったものの、これも一分しか持たないだろうし。
『ステゴサウルス×防壁』の消費魔力は4だ。残りの魔力は、わずか9。
解禁された恐竜×魔法は残り5種類。
その中に魔王竜を倒しきれるほどのモノがあるだろうか。あったとしても、それらの消費魔力も、きっと4だろう。
すると、チャンスはあと2回。
それも魔王竜が仲間たちに向けて、二度と衝撃波を放って来ないことが前提だ。
「一体どうすれば……」
「騎士団や冒険者は、まだですか……」
泣きそうな声に振り向けば、ボナ子ちゃんだった。座り込んで、涙目で震えている。
「援軍が来てもダメだ。あんな化け物には敵わない」
「あれが、かつて世界を恐怖に陥れた最強の魔物。いまの騎士団に倒せるかどうか」
「魔王配下の魔物だったんだろ。これほどまでとは……」
ギルド職員の諦めかけた声がドーム内に響く。
ボナ子ちゃんは泣き始めてしまった。
エリーは……まずい。顔面蒼白で目をつぶり、ピクリとも動かない。
リナンは黙って私を見ている。
ルティアさんたちは魔王竜が復活させた魔物に苦戦している。
騎士団や冒険者がやって来るまで、私たちが魔王竜の足止めをする。それは無謀な策だったの?
「うわぁぁ!」
シアンタが魔王竜の体当たりを受けて、吹き飛ばされていた。
魔王竜は再び上空に飛び立った。旋回しながらシアンタの様子を見ている。
きっと、再び上空からの急降下をしかけるんだろう。
「こうなったら……賭けだ」
「え? フィリナさん?」
私のつぶやきをリナンが拾ってくれた。
「どうする気ですか?」
「これから防壁の魔法を解くよ。ギルドの人にエリーを担いでもらって、街まで走って!」
魔王竜は……。
フラついた足取りながらも立ち上がるシアンタめがけて、急降下を始めていた。
今だ! 『ステゴサウルス×防壁』を解除。
シアンタに向かって走り出す。
「ダトウサウルス×付与術! シアンタぁ! その力で! お願いぃぃ!」
シアンタの身体が輝いた。シアンタは一瞬振り返り頷いてくれた。その顔は笑顔だった。
『ぬっ? 何をする気だ?』
急降下し、シアンタへ攻撃を企てようとする魔王竜。
そんな魔王竜よりも、さらに高く跳ぶシアンタ。
両手で聖竜剣を握り、頭上に掲げ、力強く、彼女がずっと求めてきた特技の名を叫んだ。
「勝負だ! 魔王竜! 魔竜討滅斬!」
魔王竜めがけて、降下しながら聖竜剣を振り下ろすシアンタ。
『ぬぅぅ!?』
轟音が一帯に鳴り響いた。
土砂が舞いあがり、粉塵が舞う。地面が大きく破壊されている。
粉塵が少しずつ晴れていくと、地面に聖竜剣を振り下ろしたシアンタの背中が見えてきた。
「くそ……くそぉぉ!」
シアンタが悔しそうに叫ぶ。
晴れた粉塵の向こうで、大きな影が蠢いていた。
『フン。危ないところだった。このワシでも喰らっていたら、どうなっていたか。しかし無駄な攻撃だったな。所詮は小娘か。詰めが甘い』
魔王竜は……生きていた。
多少脇腹に擦り傷があるものの、シアンタの特技はかわされてしまったんだ。
『さて、そろそろ力なき者の悲鳴が聞きたくなってきたぞ。聖竜剣士よ、終わりにするか』
魔王竜がシアンタに体当たりを喰らわせた。
「ぎゃああっ!」
追突され、地面を転がりまわるシアンタ。
「シアンタ、大丈夫? あっ?」
駆けつけて、倒れるシアンタをなんとか抱え起こす。
手にした聖竜剣には、ヒビが入っていた。
「あ、アンガトラマー。ボクを守るために、盾に……」
聖竜剣の刀身が少しずつ、ボロボロと砕けていく。
「返事してよ、アンガトラマー!」
シアンタが必死に呼びかけるものの、砕けていく聖竜剣は、答えはしなかった。
『フハハハ! 聖竜を従えていない聖竜剣士なんぞ! 恐れるに足りぬわ!』
どうする? 切り札は破れた。
ダトウサウルス×付与術の効果も切れている。残りの魔力もあとわずかだ。
「どうすれば……」
撤退するしかないのかな。それじゃあ街はどうなるんだろう。このままじゃ仲間たちがやられてしまう。
ルティアさんたちも復活した魔物に苦戦している。
「鋼鉄の槍が折れた!」
魔物と戦っているキコアが叫んでいる。
撤退、街、でも仲間が……。
「最悪の場合、逃げ……」
「ダメだよ、フィリナ」
え? 私に抱えられたシアンタがつぶやいた。
「本当のボクなら、ここで逃げていた。ここで負けていた。でも負けられないんだ。ダンジョンの深奥まで連れていってくれた仲間がいた。ボクを信じてくれた」
シアンタはふらつきながら、一歩前に出た。
「ねぇアンガトラマー。ボクの、ひぃお祖父さんはアンガトラマーと一緒にボロボロになっても戦っていたんでしょ。ボクだって、できるんだ。戦えるんだ」
刀身に大きな亀裂が入り、少しずつ欠けていく聖竜剣は、もう返事をしない。
「ルティアが言っていたよ。本当に怖いのは、仲間を失うことだって」
シアンタは聖竜剣を強く握りしめた。
「ボクを相棒に選んでくれたアンガトラマー。どんな状態になろうと一緒に最後まで戦い抜いてやる。やい魔王竜! ボクを、聖竜を従えていない聖竜剣士と言ったな! 聖竜ならボクの手にあるんだ! まだ勝負は終わってない! かかって来い!」
魔王竜の目が鋭く、殺気に満ちていく。
『80年前、諦めることを知らない人間がいたな。少しはワシを追いつめたものの、最後は聖竜を失っていたが。今度は剣ごと葬ってやろう。そろそろ死ね、人間!』
シアンタ……。
こうなったら残りの魔力で、やれるところまで。
「ん?」
ところが魔王竜はなかなか攻撃を仕掛けてこない。
『これは!?』
魔王竜は動かない。
よく見れば、黒い巨体の表面がボロボロと崩れ始めている。
「復活が不完全だったの?」
『ワシに不完全なぞあり得るか!』
魔王竜が私の言葉に怒りだした。じゃあ、どうして。
『これは。この不快感は……この力は、まさか』
魔王竜が動揺している。
『まさか!』
グアンロンまで驚いている。
「何があったっていうの?」
『フィリナよ。ここが本来、どういう場所であったか思い出すのだ』
グアンロン?
ダンジョンはもともと聖竜と人間が力を合わせて、魔王竜と戦った土地だった。
どうして聖竜はこの土地を戦地に選んだのか。
それは聖竜の墓場だから。この地に眠る聖竜たちの魂が魔王竜を弱体化させてくれたから。
だから、この土地が魔王竜との決戦の舞台となった。
そこまで考えて、今度は私が驚く番だ。
「まさか」
『この気配。仲間たちが……聖竜の魂が加勢してくれているのだ』
「死んでいった聖竜が助けに来てくれたってこと?」
『バカな!』
魔王竜だ。
『80年もの年月の中で、ワシの力に耐えられず、ひとつ、またひとつと消えていった聖竜の亡霊どもが、なぜ今さら!』
『聞け魔王竜! その聖竜剣士が、この地で消えた魂を呼び起こしたのだ!』
グアンロン、一体どこから喋っているのか。魔王竜に語りかける。
魔王竜は目を見開いた。
『何がきっかけで……もしや、先ほどの小娘の技か』
『この地に炸裂した魔竜討滅斬。いまを生きる聖竜剣士の特技と異竜の娘の特技、それらが交わった執念の一発。80年前にはない新たな世代の力が、キサマが滅ぼしていった世代の力を呼び起こした!』
シアンタのさっきの特技で、この地で消えていった聖竜の魂が刺激を受けたってことなのかな。
魔王竜の体表は、ボロボロと崩れていく。まるで大きな獣の爪や牙によって削がれていくように。
そうか。無駄な攻撃なんてなかったんだ。
シアンタは自身の左手を見つめていた。
「力が戻ってくる。ううん、より強く。まるで背中を、大きな存在に見守られているみたいだ」
カタカタ。シアンタの右手の聖竜剣が震えている。
『シアンタ……』
「アンガトラマー! 意識、戻ったんだね!」
『ああ。仲間たちの声が聞こえた。俺様だけ、こんな姿になって生き延びちまったと思っていたが、違ったんだな。テメぇら生きてたんだな。魂だけで、この場所で』
亀裂が入り、欠けていっていたはずの聖竜剣が、光を放ち、その形状は元に戻っていく。そしてバチバチと火花を散らす。
シアンタは魔王竜の前に敢然と立ち塞がった。
そんなシアンタに、魔王竜は一歩引く。
「逃げないでよね、魔王竜。ここから先はボクたちの反撃の時間だ!」




