96.VS『死』の魔王竜(1)
魔王竜が復活してしまった。街に向かわせるワケには行かない。
ダンジョンを破壊しながら上昇を続ける魔王竜を、グアンロンの転移陣でダンジョン入口広場に出現させ、ここで迎え撃つことになった。
『地上だと。先ほどの転移陣は聖竜の仕業か。小癪なマネを』
巨大な転移陣から現れ、いまは空を飛ぶ魔王竜はこちらを見下ろしてくる。圧がすごい。
その背中には、鈍色の竜魔人・スイルツの姿もある。
プエルタさんやギルド職員は、完全に恐怖に呑まれてしまっている様子だ。
「やいやい! ボクは聖竜剣士のシアンタだ。魔王竜、80年前は聖竜剣士に痛い目に合わされたんでしょ。今日はボクが痛い目に合わせてあげるよ!」
シアンタは聖竜剣を掲げて魔王竜を挑発する。
硬直していたボナ子ちゃんたちが、何事かとシアンタに注目している。
『面白い。長き歳月のあいだに、聖竜剣士はずいぶん矮小になったものだ。いいだろう。キサマから血祭りに上げてくれる』
魔王竜は地面に降りたった。
よかった。私たちを無視して街に飛んで行ってしまったら、どうしようかと思っていたんだ。
「シアンタ、よくやるな。真面目に緊張していた俺たちがバカみたいだ」
「私たちは冒険者。冒険者は冒険者らしく冒険すればよろしいってことですわね」
キコアとエリーの表情が柔らかくなる。
シアンタが悪戯っ子のように笑みを浮かべた。みんなの緊張が少しだけ解けたみたいだ。
私は剣を構える。魔王竜相手にどこまで戦えるのだろう。
『フィリナよ、オマエの力を教えてやろう』
聖竜石のグアンロンが語りかけてくる。
『異竜と魔法を選ぶのだ』
竜魔人バイオンとの戦いで3種の恐竜×魔法が解禁されている。
2種はわかった。あと1種が分からないままなのだ。
ステータスオープン。右の画面には恐竜たちのイラストが、左の画面には魔法が文字で表示される。
『その異竜と、その魔法だ』
グアンロンに促されて選択。
選んだ恐竜はケラトサウルス。二足歩行の恐竜で、鼻の上に角がある。
選んだ魔法は短剣だ。短剣が出てくる魔法なんだろうか。
「ケラトサウルス×短剣!」
『ガオオオン! 解禁された恐竜×魔法を選ばれました!』
神様のアナウンスとともに、目の前に短剣が浮かぶ。
その短剣の刀身は真珠のような艶やかな白だ。
『短剣は竜骨甲のようだな』
グアンロンが聞き慣れない単語を言う。
『竜鱗材よりも硬いのだ』
そうなんだ。これで魔王竜とも戦える。
私は短剣を手に取った。
「行くよ、みんな!」
シアンタの掛け声で、魔王竜へ駆ける。
『ここはワシが始末する。手出し無用だ』
「はっ!」
竜魔人スイルツは魔王竜の背中から飛び降りた。
私たちは四方に分かれて攻撃を加える。
『ワシを前にして恐怖せぬとは』
「恐怖とは大切な人を失うこと。強大な敵を前にして抱く感情ではありません!」
妖精憑依したルティアさんが、素早い動きで魔王竜の足を斬りつけていく。
『シアンタ、気合いを入れろ!』
「うん!」
聖竜剣とシアンタのコンビも、みんなに負けじと聖竜剣を振るった。
これまでの戦いとは別人のような動きだ。魔王竜に誰よりも深く斬りこんでいる。
「まるでアンガトラマーとひとつになったみたい。声が心に響いてくる。剣が身体の一部みたいだ」
攻撃を繰り返すシアンタに聖竜剣が答える。
『これこそ人竜一体。聖竜剣士の真骨頂。これがオマエの真の姿だ』
「今なら分かる。ボクの天職は聖竜と共に戦うものなんかじゃない。ボクと聖竜がみんなと一緒に、みんなのために戦う……それが聖竜剣士だったんだ!」
シアンタの成長ぶりに、誰もが目を見張っていた。
日の光を照らし返す聖竜剣の攻撃に、魔王竜は足下から、少しずつ傷ついている。
シアンタの次に攻撃を加えられているのは、私の短剣だ。
さすが竜骨甲製だ。
『ケラトサウルス×短剣』を選択すると、短剣を振るって戦うのに適した身体になるみたい。筋肉モリモリにはならないものの、まるで素早い剣使いのような動きができる。
次に効果的にダメージを負わせているのは、竜鱗材のナックルを装備したエリーと、ギルド職員たち。
きっと彼らの武器も竜鱗材なんだ。
でも。魔王竜は魔竜大戦で世界の脅威となった魔物だ。魔王に次ぐ強大な存在だった。
ほかの冒険者や騎士団が来るまで、このまま足止めさせてくれるだろうか。
『おのれチョロチョロと』
魔王竜が口を開く。
かつて私を殺した魔竜は、口から炎を吐いていた。
以前戦った魔竜は口から突風を吐いていた。
コイツも何かしら吐いてくるんだ。それも強力なヤツを。
「みんな逃げて!」
仲間たちが魔王竜の正面から距離をとる。
けれど、その先には。
ケガ人が出たときのために、救助係として残ってくれているリナンとボナ子ちゃんがいたのだ。
そのことに気付いた仲間たちの表情が青ざめていく。
『くらえぇぇ!』
「させませんわ! 全力放出!」
エリーが魔王竜へ駆けこみ、魔王竜の右前脚に特技を放った。
その衝撃で魔王竜の身体が左にずれる。
魔王竜が吐いた衝撃波は、リナンとボナ子ちゃんを逸れ、広場の地面を削り、その先にある森林を抉っていった。
木々は吹き飛び、土砂が舞いあがる。
緑の森林の一部に、数百メートルに渡る茶色の窪地が出来上がってしまったのだ。
『フン!』
「ぎゃふっ!」
私が魔王竜の衝撃波に目を奪われていたときだった。
エリーの悲鳴で我に返り、魔王竜に意識を戻す。
魔王竜は前足を蹴り上げた姿勢だ。
エリーは魔王竜の足下にはいなかった。彼女の身体は既に宙を舞っていたのだ。
蹴られたんだ。
エリーの身体は地面に落ちると、何度もバウンドし、やっと止まった。
「エリー!」
横たわった彼女からは返事がない。痙攣している。
「エリーさん!」
リナンとボナ子ちゃんが救出に向かう。
二人に支えられ、広場の隅に連れていかれるエリー。手足はだらりと力なく、立てないので引きずられる形だ。
口から流れる血が、彼女の服を真っ赤に染めていた。
「こんなに強いのかよ。魔竜なんかの比じゃねぇぞ」
「エリーさんのことはリナンさんたちに任せましょう。ここは集中してください」
「わかってらい!」
ルティアさんに注意されたキコアは大声で返すものの、緊張が伝わってくる。
『さて、遊びは終わりだ。ワシも全力を出してやるとするか』
四足歩行の魔王竜が、急に後ろへ体をよじったかと思えば。
ぐるりと尻尾が360度旋回。
「きゃあっ!」
「うわぁ!」
私は避けられたものの、周囲を取り囲んでいた仲間たちは吹き飛ばされる。
『一人、当て損ねたか。復活したものの調子が戻っていないようだ』
私に気付いた魔王竜は、こちらを見下ろしてくる。
よくもエリーを。よくもみんなを。
残りの魔力はどれくらいだ。朝から魔法を使っている。
聖竜剣に魔力を与え、地面泥化や収納、俊敏性強化(中)も使った。
竜魔人バイオンとの戦いで消費魔力は低減された。おかげで残りの魔力は53。
ブルカノドン×火炎の消費魔力は今や1だ。
魔竜を撃退したときに放った魔法の火の玉は消費魔力18倍。
だったら、40倍の火の玉をお見舞してあげる!
『覚悟はいいか、人間!』
魔王竜の大きな口が開く。私に衝撃波を喰らわせる気だ。
そんな魔王竜に、私は右手を向けた。
「覚悟するのはオマエのほうだ! ブルカノドン×火炎! 消費魔力40倍!」
魔法の炎を放つ。
その先は、勝利を確信し、衝撃波を放つために無防備に口をあけた魔王竜だ。
『グハ!?』
巨大な炎の弾丸は、魔王竜の牙を何本もへし折り、口内を炎上させ、奥へ奥へと侵入していった。
『グガァァ!』
いくら体を硬い鱗で覆っていたって、喉や内臓までは強くなんかない。
炎で中から焼かれればいいんだ。
『グっ……ムゥゥン。フハハハ! この感じ、空気、緊張感。懐かしいぞ!』
え?
魔王竜は炎上する口を閉じる。ブワッという音と共に、鼻から煙を噴射した。
『いい攻撃だった。一人くらいは80年前の魔法士に匹敵する者がいるようだな。ハハッ』
え? 効いてない?
そんな。これまでで一番大きな火力だったのに。
そのときだ。
「死を操る魔王竜さま。そのような小者なんぞ相手にせず、そろそろ街に行かれては?」
鈍色の竜魔人スイルツが魔王竜に寄ってくる。
『我に挑んできたのだ。生かしてはおけん』
「ならば、これは私が道中倒してきた魔物の魔石です。存分にお使い下さい」
竜魔人スイルツは大きな袋から3つの魔石を取り出すと、周囲に放り投げた。
『クハァァ!』
魔王竜は口から衝撃波とは違う、黒い煙を魔石に向かって吐き出した。
3つの魔石は黒い煙を吸収し、さらに黒いブヨブヨしたものを発生させて、魔物の形を作っていく。
そうして3つの魔石は、真っ黒な魔物へと変貌した。
それぞれがオーガキング、サイクロプス、タイラントタウラスだ。
聖竜剣は言っていた。死の魔王竜は魔石から魔物を復活させるって。
「スイルツのヤツ、あんな強敵を倒してたってことかよ」
魔王竜の尾の攻撃で吹き飛ばされていたキコアが、表情をにじませながら立ち上がる。
『ワシが復活させた魔物どもだがな。生前より多少強化されておるぞ。せっかくワシに挑んできたのだ。ゆっくりと殺されるがよい』
三体の魔物が、傷ついた私たちに向かってきたのだった。




