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92.グアンロンのお願い

 100年前から80年前、この世界では戦争があった。

 人間と魔王の戦い、魔竜大戦だ。

 魔王は配下である魔王竜、魔竜、それらが操る魔物を使って各国を蹂躙した。

 そんなとき聖竜が人間に味方してくれたのだ。聖竜は生命を賭して魔王竜を倒してくれた。

 同時に勇者が魔王を討ち、世界は平和になったのだ。


 けれど魔王竜は肉体を失い、魂だけの存在に成り果てても、その力を失っていなかった。

 戦死した聖竜たちは魂だけになりながらも、魔王竜の魂を抑えつけるために、共に戦場の地下へと留まった。

 そこを勇者の一人が封印の魔法を施し、魔王竜の魂の力が外に溢れ出ないようにした。


 そんな封印の地がダンジョンへと変化した。

 封印の魔法が弱まり、魔王竜の魂の力を抑え込んでいた聖竜の魂も弱体化してしまったからだ。


 かつて魔王竜は魔物を集め、強化し、戦力としていた。

 魔王竜の魂の力が溢れるダンジョンもまた、同様に魔物が集まって来て、強化されてしまう場所になってしまった。

 だからダンジョン深層にあるという魔王竜の魂『魔王竜石』を砕く。

 そんな目的で私たちはダンジョンの攻略を目指していたんだ。


『魔王竜の魂を砕いてくれ。このままでは復活してしまう』


 シアンタと落とし穴に落ちると、そこには、これまで私を導いてくれた声の主である皇帝聖竜グアンロンの魂・聖竜石があった。


「復活って、どのくらいで、ですか」


 手にした聖竜石に問いかける。同じく聖竜石の手を触れて、声に耳を傾けているシアンタも緊張した面持ちだ。


『時間がない。人間とも魔竜とも分からぬ者が、魔王竜に導かれ、深奥に辿り着いている』


 鈍色の竜魔人スイルツのことだな。


『その者は、魔竜と同じ気配のナニカを所持している。我には分かる。それが魔王竜石と交われば、魔王竜は復活を遂げてしまう。勇者が施した封印魔法は、とっくに消されてしまった。我にはもう、魔王竜の魂を抑え込むだけの力はない』


 竜魔人は何らかの復活アイテムを持っているってこと?

 これから深奥に向かって阻止しなくちゃいけないんだ。


「こうなる前に、どうにかならなかったの?」


 シアンタが聖竜石に抗議する。


『対策はしてきたのだ。通路にワシの魔力を張り巡らせ、光源を置いた。安全な通路も確保し、休憩する部屋や脱出用の転移陣も用意した。少しずつ、時間をかけて。全ては強き人間を深奥に導き、魔王竜の魂を砕かせるため』


 通路にあったランタンや、光る苔は、ここで眠る聖竜石が用意してくれたものだったんだ。

 魔物が寄って来ない休憩に適した部屋、一気に地上へ戻れる転移陣。

 ダンジョンは迷惑な存在にもかかわらず、冒険者にとって都合のいいモノがいくつも存在していた。


 聖竜石はいずれ自分の力が魔王竜の魂に打ち負けることを感じていた。

 だから冒険者に魔王竜石を砕いてもらうために、ダンジョンに工夫をしていた。何十年も前から。それこそ、封印の地がダンジョンに変貌した日から。


『しかし魔王竜の魂が我の邪魔をした。我の作った通路は魔王竜の力で上書きされ複雑化してしまう。罠も張られ、招き寄せた魔物は強化される。人間は深奥どころか、我のもとにすら辿り着けなかった』


 第3層から二種類の通路があった。

 凶悪な罠が張り巡らされ、強い魔物が出る通路。新しい通路だ。

 一方で、新しい壁に阻まれて見つけにくいけれど、進みやすい通路もあった。古い通路だ。私は聖竜石の声に導かれ、この通路を見つけることができた。


「古い通路って、かつて、あなたが用意してくれたものだったんですね」


『我は魔王竜が作った通路の罠を封じ、光源を用意した。それでも魔王竜の魂の力のほうが上回っていた。人間がワシのもとにやって来るまで、80年もかかってしまったのだ』


 魔物が強すぎるんだ。20年前の最高潜入記録でさえ第4層の『4分の1地点』までだ。


「お祖父さんと父さんは、どうして攻略しようとしなかったんだろう」


 シアンタだ。


「だって、聖竜騎士がダンジョンに挑めば、もっと早く魔王竜の魂を砕けたかもしれない。魔物が今みたいに強くなる前に解決していたハズなんだよ。どうして父さんたちは何もしなかったの?」


『バナバザールとの取り決めだろうよ』


 誰にともなく疑問の声を上げたシアンタに、聖竜剣が答えた。


「取り決め? 取り決めって何さ」


『ダンジョンがあれば魔物が湧く。魔物が湧けば冒険者が集まる。冒険者相手に商売する連中も現れる。そうすれば街も大きくなる。当初、ダンジョン攻略に名乗りを上げたアルバレッツ家に対し、バナバザールは否定的だったんだ』


「そんな。それで魔王竜の魂が力をつける時間を与えて……今じゃ手に負えない状態に」


 最高潜入記録も第4層から第3層へ。原因の一つは、魔物が強くなってしまったから。多くの冒険者が第2層の途中で引き返すのが現状だ。

 いずれ魔物がダンジョンから溢れる。

 ダンジョンの一部の通路は街の地下を張り巡っている。地盤沈下も起きた。

 さらに魔王竜まで復活し、ダンジョンの外に出てしまったら。被害はいかほどになるのだろう。


『そうなる前に、攻略しようと考えていたはずだ。だが、街の利益もある。アルバレッツ家もバナバザールの考えを理解していた。だからギリギリまで攻略を先延ばしにしていたのさ。二代目も、三代目も』


「そんなことで、これから街がメチャクチャになるんじゃ意味ないよ! お祖父さんも父さんも、侯爵も何してんのさ!」


 シアンタは悔しそうに顔を歪ませる。身内が今の事態を招いてしまった。そんな想いなんだろう。

 侯爵たちの考えも分かる。だからギリギリまで聖竜騎士のアルバレッツ家の攻略、騎士団の潜入は控えていた。


 でもタイミングを誤ったんだ。本気で挑もうとしたときには、すでに魔王竜の魂の力が強くなっていた。

 強い魔物や凶悪な罠を避けるため、まずは冒険者の潜入記録を精査して、安全な通路を見極めてから、騎士団と聖竜騎士を派遣する。良い考えだと思う。

 けれど、通路は目まぐるしく変わるようになってしまった。以前の地図は役に立たないくらいに。

 いろんなことが遅かったんだ。


 街の利益、人々の生活を優先したばかりに、これからの街と人々の安全が脅かされてしまった。

 なんだか前の世界の環境問題に似ているかも。


『しかし、こうして我の声が聞こえる者と、聖竜剣士がやってきてくれた』


『さっきはずいぶん手荒い招きかただったけどな』


 落とし穴と地下水脈で私たちをここまで招き寄せたことを、聖竜剣は言っているんだ。


『時間がなかったのだ。やっと我の力が及ぶ所まで来てくれたゆえ、即興で最短経路を用意した。ずいぶん無理してしまったが』


 声からして元気がないのは、私たちを導くのに力を消耗していたからなんだろうな。

 第4層の『4分の2地点』にもなれば、急な対応も可能なのかな。

 そういえば魔王竜も、転移陣を作っていたし。


『フィリナ、そして聖竜剣士よ。魔王竜の魂を砕いてくれ』


『皇帝聖竜さんよ。魔王竜は何者なんだ?』


『ワシがかつて戦った魔王竜。それは死の魔王竜だ』

『やはり『死』かよ! 随分ヤバい魔王竜を抑え込んでいたもんだな』


 火や風、氷のほかに『死』なんてものもあるんだ。そういえば、そんなこと言っていたな。


『死の魔王竜は厄介だぞ。別名、死霊使い。近くに魔竜や魔物の死体、それか魔石があれば、復活させて操るからな。復活を妨げるには魔石を砕くしかない』


 魔物の魔石を砕くなんて冒険者泣かせだな。

 これからやるべきこと。それは魔物を復活させてしまう魔王竜が復活するのを阻止すること。

 こんなことになるのなら、ルティアさんたちと分断して欲しくはなかった。


「聖竜石のグアンロンさん。事情は分かりました。でも、どうやってここから」


 目の前には地下水脈。また濁流に呑まれて移動するのだろうか。


『感謝する。深奥への最短経路なら用意してある。それを使って……』


「ちょっと待ってよ!」


 シアンタが聖竜石から手を離し、私のほうを見る。


「アンガトラマーのはなし、聞いてた? 相手は魔王竜なんだよ。復活したら死んだ魔物を操るんだよ。そんなヤツ、相手にできない。危ないよ」


「そうなる前に、魔王竜石を砕くんだよ」


「深奥には竜魔人もやって来るんでしょ。バイオンみたいに強かったら、どうするのさ。キメラみたいな強い魔物もいるかもしれないのに!」


 私を見つめる目は、今にも泣きだしそうだった。


「ごめんねフィリナ。ボク、第4層に来て分かったことがあるんだ。キメラに竜魔人、怖かった。本当言えば、第3層の大きな魔物も怖かった。頑張って戦っていたけれど……分かったんだ。ボクはやっぱり強くない。お祖父さんとアンガトラマーが言うとおりだ」


「シアンタ?」


「これから向かうのは深奥だ。危ないよ。早くボナ子と合流して地上に戻って、お祖父さんと騎士団に、このことを伝えるんだ。あの人たちなら……きっと、なんとかしてくれるから」


 そしてシアンタは聖竜石を持つ私の手に、自分の手を重ねた。


「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。フィリナ、地上に帰ろう」


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