90.解禁の条件
聖竜剣士が繰り出す特技・魔竜討滅斬。
これを土壇場で放ったシアンタによって、漆黒の竜魔人バイオンを倒すことができた。
これで瓦礫の中のボナ子ちゃんを救出することができる。
「これがボクの魔竜討滅斬……」
『フィリナの付与術で、能力と感覚が底上げされたから出来たようなもんだけどな』
聖竜剣に指摘されたからか、シアンタの表情は硬い。
私の魔力はゼロ。
落下中に使った最後の力、ダトウサウルス×付与術は仲間に力を与えるものだ。私自身には何の恩恵もない。
すると、普通の女の子でありながら10メートルの高さから落下しながら、竜魔人相手に剣を振り下ろしたことになる。
当然こちらの一閃は弾かれて、剣は跳んで行ってしまった。
それでもシアンタの特技だけで竜魔人を倒すことができたのだ。
問題は、このあとの着地だ。絶対足の骨が折れると思っていた。でも。
「ルティアさんのおかげで助かりました」
「間にあって良かったです。そんな私も魔力切れですが」
ルティアさんが駆けこんできて、着地寸前の私を抱きしめてくれたのだ。助かった。
しばらく離してくれなかったけれど。
バイオンは人の姿に戻って、気を失っている。
筋骨隆々だった身体はやせ細ってしまい、病人のようだ。
「ボナ子ちゃん、無事ですか!」
「怖かったぁ!」
冒険者の手で瓦礫から救出されたボナ子ちゃんはプエルタさんに抱きついていた。
目立ったケガはないようだ。
これで、一安心つける。
☆☆☆
一時間経過。
バイオンは意識を取り戻したものの、とても竜魔人になった経緯を聞き出せる容態ではなかった。
落ちつきを取り戻したボナ子ちゃんは特技・転移魔法で転移陣を作り、バイオンを含めた負傷者を、仲間と共に地上に送り届けるようだ。
強面さんたちは転移陣に立つ。強面さんに話しかけた。
「バイオンのことなんですが」
「わかっている。なぜ竜魔人になったのか、回復次第聞いておく。こちらからも頼みが」
「スイルツのことですね。多分、ダンジョンの深奥に向かったんだと思います」
スイルツは突如現れた転移陣の中に消えた。スイルツの言葉から察すると、どうも魔王竜が絡んでいるようだ。
それならば、私たちも深奥に向けて歩きださなくちゃいけない。
「フィリナ、それに若い冒険者たち。俺たちはこの様だ。これ以上の潜入は出来ない。オマエたちに託す。世話になったな」
「こちらこそ、強面さん」
「そんな名前ではないが、ありがとう」
会話が終わると、ボナ子ちゃんは杖を掲げた。
「行きます。転移!」
転移陣から強面さんたちの姿が消える。今ごろ地上かな。
「さて、私たちはスイルツを追うとしましょう」
『アイツには魔王竜の声が聞こえていたみたいだしな。放っとけねぇ』
ルティアさんの言葉に、聖竜剣は答える。
「それはそうと、アンタら、一緒に帰らなくて良かったのかよ」
キコアの視線の先にはプエルタさんとボナ子ちゃんが残っている。
「三度もフィリナさんたちに助けられました。少しでも恩返しができるよう、ついていきます」
「ここで作った転移陣を消すことで、もう一度転移陣を作ることができます。何かあったとき、転移陣で皆さんを地上に戻すためにも、同行させて下さい」
仲間になってくれるんだ。二人は声をそろえて返事をしてくれた。
「それにしても疲れましたわ。まだ夕方ではないものの、今日はもう休みましょう」
エリーが小さな声で提案する。
たしかに私の魔力はゼロ。ルティアさんも妖精憑依できない状態だ。
今日はもう休もう。すると、また呼ばれている気がしてきた。
「この先に休むのにピッタリの部屋があるって。そんな声が聞こえたような」
「マジか。もうキメラなんて出てこないよな」
キコアは嫌そうに言うけれど、しっかりとキメラの大きな魔石を抱えていた。いつの間に。
こうして私たちはキメラの広間をあとにした。
☆☆☆
ここはダンジョン第4層の『4分の1地点』。
キメラが出現した広場の先にある部屋にいる。
少し早いけれど、野宿の準備をしてみんなで食事をしている。そんなときだ。
「フィリナって飛行魔法が使えたんだね。どうして今まで飛ばなかったの?」
シアンタが不思議そうな顔を向けてくる。
竜魔人バイオンとの戦闘中に、神様から『三種の恐竜×魔法を解禁します』というアナウンスをもらった。
解禁された恐竜×魔法のひとつが『アーケオプテリクス×飛翔』。シアンタのいう飛行魔法だ。
「戦いの最中に使えるようになったんだよ。神様の声が聞こえたんだ」
「神の声!」
みんな一斉に声を上げて驚いている。
シアンタは口に含んだスープを噴き出しむせていた。汚ないな。
「敵と戦っている最中に、新しい魔法が使えるようになった? どういうこと」
シアンタがむせながら、私を睨む。
「たしかに魔竜との戦いでもでも、これまで使ったことのない魔法で対応していましたね」
ルティアさんが思い出したようにつぶやいた。
「戦いの中で新しい魔法が使えるようになるなんて、あり得るの?」
「使える魔法は練習あってこそ。戦いの最中に突然使えるようになることはありません」
新たに仲間になってくれたプエルタさんがシアンタに答える。
どういうこと? そんな視線が私に集まる。
「私の天職は異竜戦士。特技はたくさんの魔法なんだ」
天職と特技。ここにいる人たちには教えてもいいと思う。
「フィリナさんがファイヤーゴブリンの囮を引き受けたときも、そんなことを言っていましたね」
『異竜戦士? そんな天職は聞いたことがねぇぞ。なんだよ。異竜って』
ルティアさんがつぶやき、聖竜剣が騒ぎたてる。
「てっきりフィリナさんの天職は魔法使いかと思っていましたわ。特技は魔法でしたのね。それにしても『たくさんの魔法』って」
正確には80種類の魔法だ。
疑問の視線をぶつけてくるエリーは、次にプエルタさんとボナ子を見る。
「特技が魔法なんて聞いたことがありません。天職が魔法使いなら、特技は『何かしらの魔法に関すること』です。私の場合なら『魔力回復』、ボナ子ちゃんなら『転移魔法』。フィリナさんの言う『たくさんの魔法』は初めて聞きました」
プエルタさんが首を傾げる。そしてボナ子ちゃんも頷いている。
「戦いの最中に神様の声が聞こえて、異竜戦士と魔法の力、それぞれが解禁されるんだ。『飛翔』の魔法も、竜魔人バイオンとの戦いで解禁されたの。それまでは使えなかったんだ」
決して魔法を出し渋りしていたわけではないことも、言っておく。
正確に言えば、使えたけれど。
でも解禁されなければ『飛翔』の魔法は些細なものであったし、恐竜の力と組み合さなければ三秒で終わってしまう。
その辺の説明はみんなを混乱させそうなので控えておこう。
「いろいろあるんですね」
ルティアさんは不思議そうに首を縦に振る。
「なぁ、戦いの中で新しい魔法が使えるようになるって言うけどよ」
キコアだ。珍しく考えごとにふけった顔をしていると思うよ。
「これまで、何度も魔物と戦ってきたよな。そのたびに解禁されたってことなのか?」
「ううん。そんなことはないよ」
「そうなのか。うん?」
キコアが言いたいこともわかる。
解禁されるときと解禁されないときがあるのだ。
これまで私は多くの魔物、3人の竜魔人と戦ってきた。
解禁されるタイミングは攻撃を受けたとき。でも攻撃を受けても解禁されないことのほうが多いのだ。
私が戦った魔物。ゴブリン、ゴブリンリーダー、ファイヤーゴブリン。オーク、魔竜、魔竜人マルネス。
このダンジョンに来てからは多くの魔物と戦い、攻撃に晒された。
それでも解禁されたのは3回だ。
「新しい力が解禁されるときと、解禁されないときがあるみたいなんだ」
共通点がハッキリしないのだ。ルティアさんが口を開く。
「どんな魔物と戦ったときに解禁されたんですか」
「うん。ファイヤーゴブリン。魔竜。魔竜人バイオンと戦ったとき……攻撃を受けたときだよ」
「その3体は一般的な魔物や敵ではありませんね」
「バイオンだけですの? 竜魔人ならマルネスやマスカード、魔竜を操る魔竜人もいましたわよ」
エリーの言うことは尤もだ。
マルネスやマスカードの攻撃も受けた。魔竜を操っていた竜魔人のときは、戦っていたのはウィナミルさんだったので私は攻撃を受けていない。
どうして竜魔人はバイオンのときだけ解禁したんだろう。
『マルネスっていうヤツは俺様と会う前のはなしか。ファイヤーゴブリンも聞いたことがねぇな』
聖竜剣は不思議そうだ。私の頭も不思議でいっぱいだ。
『解禁された魔物と竜魔人。時系列で言えばファイヤーゴブリン、魔竜、竜魔人のマルネス、マスカード、バイオンで良いんだな』
頷く私。解禁の原因になった三体は、メジャーではない魔物と竜魔人の一体だ。
「俺、もう分かんねぇ」
キコアは食事に専念しはじめた。
黙っているシアンタも、キコアにならって食べ始める。
『ファイヤーゴブリンってヤツは名前からして火を使うんだよな。なぁ、魔竜ってのはどんな特徴を持っていたんだ?』
「特徴? 口から突風を吐いていたよ」
あと、とても強かった。
『すると風の魔竜か』
風? 生まれ変わる前、私を殺した魔竜は炎を吐いていた。この世界で戦った魔竜は突風を吐いていた。
そういえばウィナミルさんが、風の魔竜って言っていたっけ。
「魔竜にも、種類があるんだっけ?」
これもウィナミルさんが教えてくれたことだ。
『そうだ。魔王配下の魔王竜は13体いた。13種の能力の持ち主どもだ。そんな魔王竜の配下の魔竜も13種の能力を持っている。風、火、氷、幻、海、天候……』
「聖竜剣さん、リナンも知っています。魔王竜はそれぞれが勇者様に封印され、その地はダンジョンとされているんですよね。このダンジョンには死霊使いの魔王竜が眠っていると」
『さすが案内人だな。たしかにこのダンジョンには死霊使いの魔王竜のニオイでプンプンだぜ』
聖竜剣に誉められたリナンは嬉しそうだ。
「じゃあ活性型ダンジョンと非活性型ダンジョン。この世界には13ヵ所もあるんだね」
「いえ。11ヵ所です」
リナンは首を振る。
「魔王竜の一体は、当時、ゾルンホーフェン帝国の公爵令息が倒し、別の一体は海に沈みました。封印したのは11体なんです。だからダンジョンは非活性型を含め、世界に11ヶ所しかありません」
「私も学びましたわ。でも、帝国公爵が倒した魔王竜は、死体が見つからなかったのですわよね」
歴史に詳しいエリーが付け加える。
どうも世界には活性型と非活性型を含めた11ヶ所のダンジョンがあるようだ。
『フィリナのはなしに戻るけどよ。竜魔人と戦っても、魔法が解禁されたヤツと、されないヤツがいたんだろ。竜魔人ってのは、人間が魔竜の血を得た姿だって言っていたよな。どんな攻撃をしてきたんだ?』
マルネスとマスカードは風だ。腕を突き出して竜巻を放って来た。
バイオンは筋肉を武器としていた。それこそ筋肉を千切っては投げとばしてきた。
『マルネスとマスカードってヤツは、おそらく風の魔竜の血を得たんだろうな』
「そういえばバイオンは『進化の竜の血』と叫んでいましたわね」
エリーが先ほどから食事に手をつけず、考えごとにふけった顔で言う。
『進化の竜? 聞いたことがねぇな。変異の魔竜なら聞いたことがあるぜ』
『変異』とは自身や魔物に変異をもたらす力なのだという。
魔物を単純に強くするわけでなく、別物に変えてしまう……そんな魔王竜が存在したそうなのだ。
バイオンの筋肉は『変異』によってもたらされたものなんだろうか。
ルティアさんがハッとした表情をする。
「アンガトラマーさん。もしかして属性ですか」
『そうだ。俺様も分かったぜ。ルティア、これまで戦ってきた敵の中でも、おかしなヤツらを、もう一回言ってみろ。属性込みで』
属性? なにそれ。
「魔法の場合は火、風、土、水。さらに氷や雷、光や闇といったモノです」
プエルタさんが教えてくれる。
ルティアさんはゆっくりと答えた。
「ファイヤーゴブリン。風の魔竜。風の竜魔人マルネス、同じくマスカード、おそらく変異の竜魔人バイオン」
『フィリナ。魔法が解禁されたっていう敵は、なんだ?』
「え? ファイヤーゴブリン、風の魔竜、変異の竜魔人バイオン」
あ……火、風、変異の3種類。それぞれ違う属性なんだ。
聖竜剣のはなしでは、これらの属性は魔王竜13種の中にある。
ファイヤーゴブリンの攻撃を受けたとき『魔竜に準ずる者の攻撃を受けた』という神様のアナウンスを聞いた。竜魔人バイオンも同じだ。
竜魔人は『人間に魔竜の血を与えた者』なら、ファイヤーゴブリンは『魔物に魔竜の血を与えた者』なのだろうか。
解禁のきっかけとなった3体の敵。火、風、変異。
風の魔竜のあとに戦った竜魔人マルネスとマスカードは、風の魔竜と同じく風を操っていた。そう言えば、風の魔竜の血を得たって、マルネスは言っていたっけ。
風の魔竜の攻撃を受けたあとに、力が解禁。
後日、風の竜魔人の攻撃を受けても、力は解禁されなかった。同じ属性だから……。
すると、新しい属性を持った敵の攻撃を受ければ、恐竜×魔法は解禁されるということなのだろうか。
「つまり私は、知らない属性を持つ魔竜や竜魔人の攻撃を受ければ、魔法が解禁されるってこと?」
『その可能性は高いな』
みんなが私に目を見開いている。みんな、食事していいんだよ。
「ならばフィリナさんは魔竜と戦うたびに強くなるってことですわね」
「それってスゲぇじゃん」
エリーと感心し、キコアは肉を頬ばりながら私を見てくる。
「するとフィリナさんは、未知の強敵と戦うたびに強くなるんですね」
ボナ子ちゃんは食事の手が止まったまま、輝いた視線を送って来る。食事、食べて食べて。
それにしても恐竜×魔法に、そんなルールがあるとは思わなかった。
どうして魔王竜の属性に関することで、新たな力が解禁されるんだろう。
どうして神様は、そんな設定にしたんだろう。
疑問はまだ、ある。
ファイヤーゴブリンと竜魔人バイオンとの戦いで、新たに得られた恐竜×魔法は3つだった。
風の魔竜との戦いで得られた恐竜×魔法は5つだった。
これは『魔竜に準ずる者』と『魔竜』の違いなのかな。
「でもよ……」
キコアがモグモグしながら、なんか言っている。
「最初から強ければいいのにな。そしたら魔物や魔竜に苦戦なんかしなくて済むんじゃねぇの」
「たしかに。これから何度も強くなれると考えれば、最終的にはAランク冒険者以上の実力になりますわね。魔竜やダンジョンの強敵も一撃で葬ることも可能ですわ」
エリーが考えこむ。
「それは国から英雄として扱われますね」
ルティアさんも目を輝かせた。
私が英雄? どうだろうな。
まだまだ知らないことが多いし。みんなのおかげで今があるくらいだし。
「あ……そういうことか」
最初から最強だったら、みんなに会えなかったんだ。
全部一人で解決出来たのなら、きっと他人は必要なかったはずだから。
私、みんなと出会えてよかった。
神様はきっと、素敵な仲間と会わせるために、最初、私の天職と特技をポンコツにしたんだ。
最強だったら、みんなと出会えてなかったよ。
「みんな、ありがとう」
「なんだよ、いきなり?」
キコアが何事かと首を傾げる。それでも肉は食べている。
「私には、なんとなくわかりました。フィリナさんが考えていること」
「それで、どうして嬉しそうですの?」
エリーに質問されたルティアさんは「フフフ」と私を見つめてきた。
「いいな。フィリナは」
シアンタはスープを黙々と飲んでいた。
☆☆☆
それから4日後。
「ここって『4分の1地点』の終わりじゃねぇか?」
通路を抜けると、キコアが大きな広間に躍り出る。
第4層『4分の1地点』も第3層『4分の1地点』と同じく、10日で突破できる距離のようだ。
もっとも私は、誰かの声に導かれて、安全な古い通路を通ってきた分、早く突破できたんだろうけれど。
この先が『4分の2地点』なんだろうか。
大きな広間で野宿した私たちは、翌朝、その先の通路に挑む。
通路を進んで1時間ほど経ったときだ。
「うん?」
「どうしました。フィリナさん?」
「うんルティアさん。私を呼ぶ声が、ハッキリと聞こえるようになったんだ」
これまで、どこかの誰かに導かれているような気がした。
それが第4層『4分の2地点』まで来たら、声が鮮明に聞こえてきたのだ。
『来い。その者を連れてワシのもとへ来い!』
その者って誰だろう。
偶然、みんなが前を歩き、私とシアンタがうしろを歩いているときだった。
ゴゴゴゴ……。
ダンジョンが揺れる。
「うわっ!」
私とシアンタの足下が急に開けた。これは落とし穴だ。でも、どうして?
罠には注意していたし、スイッチも踏んでいないのに。
「フィリナさん!」
ルティアさんが叫ぶ中、私とシアンタは暗闇に落ちていった。




