86.VSキメラ(2)
100体キメラの猛攻の前に、Aランク冒険者のバイオンは吹き飛んだ。
後方に向けて身体をバウンドさせる。
その身体は全身がただれていた。
「早く回復を」
プエルタさんが飛んできたバイオンにポーションを飲ませる。
ほかの魔法士も駆け寄り、傷薬の用意を始める。
魔法士たちの魔力は尽きている。回復魔法は使えない。回復薬でバイオンを治すつもりだ。
でもバイオンは重傷だ。ポーションや傷薬では全身の傷や火傷までは治せない。
これは地上に出て、医者の下で療養が必要なレベルだ。もしくはハイポーション。それか回復の特技を持つ魔法士でないと治せない。
「私なら回復魔法が使えます」
「あなたは特技の転移魔法のために魔力を温存しておいて!」
回復魔法を使おうとするボナ子ちゃんを、プエルタさんたちは制止した。
「バイオンめ、ここまでの男か」
スイルツは冒険者と共に、キメラに攻撃を仕掛ける。
それでもキメラの中央の顔、ヤギのような顔はグングン再生していく。
再生、これは再生能力を持つ魔物・デッドマンサラマンダーを食べ、その能力を獲得したからできる所業なんだろう。
身体のどこかにデッドマンサラマンダーの顔があるはず。まずは、そこを叩いてからじゃないと、核となるキメラの顔を潰しても再生してしまうんだ。
キメラの体を観察する。正面からではデッドマンサラマンダーの顔は見えない。
するとお尻か背中にあるのだろうか。それともお腹か。
核となる顔を再生させながら、攻撃を続けてくるキメラ。
アギリサウルス×俊敏性強化(中)。攻撃を掻い潜ってキメラの懐に滑り込む。
キメラは大きく、足だって太くて長い。お腹を見上げれば、二階建ての建物の天井のようだ。
そんなお腹なんだけれど。
「うわぁ……」
見上げてみれば、何十もの魔物の顔がこちらを見下ろしていた。
躍動する肉壁に多様な魔物の顔が、睨むわけでもなく、虚ろな顔をしてこちらを見ている。気持ち悪い。
この中から件の魔物を探さなければいけないの?
「フィリナさん、どうしました?」
ルティアさんも走りこんでくる。
頭部を砕かれたにもかかわらず、キメラの顔が再生していく。
これはデッドマンサラマンダーの力が関与していることを、彼女に伝えた。
「なるほど。たしかに再生能力のある魔物を喰らえば、その能力を得ることができるでしょう。しかし、この巨体です。一体の魔物の能力のみで全体に再生能力を行き届かせることは難しいかと」
「つまり?」
「核となる頭部が再生したとあれば、再生の魔物の顔は頭部の近くにあると考えられます」
ルティアさんに促されて下から頭部の近くを観察する。
すると、首元と胸元のあいだにデッドマンサラマンダーの顔面があった。再生器官も見える。
「あそこを潰せば、核となる頭部の再生は止まるということですね。私が斬り伏せます」
「待ってルティアさん。あの魔物には再生器官が二つあった。あの顔の奥に第二の再生器官があるとすれば」
そうだとしたら、顔を斬り落としてもダメだ。顔の奥まで攻撃して、第二の再生器官も潰さないと。
剣よりも魔法攻撃だ。魔法士のみんなは魔力を使いきっている。
ここは私の恐竜×魔法で。
「はなしは伺いましたわ」
エリーだ。キコアとシアンタもいる。
「私の特技ならば件の魔物の顔面周囲を吹き飛ばせます。ここは道半ば。フィリナさんは今後に備えて魔力を温存してくださいまし」
エリーの特技・全力放出なら顔の奥にあるかもしれない第二の再生器官も吹き飛ばせるはずだ。
「ありがとう。付与術でエリーの力を強化するね」
「結局、魔法を使うんだな」
キコアに私は頷いた。
「エリーが攻撃しやすいよう、キコアたちはキメラに攻撃をして」
「わかったぜ」
「いいなぁ。特技」
キコアは槍を構えなおし、シアンタは寂しそうにしている。
ダトウサウルス×付与術。ルティアさん、キコア、エリーの身体が輝きを帯びた。
「それじゃあ行ってくるぜ」
「ボクは光らない」
キコアとシアンタはこの場から離れ、キメラに攻撃を加え始めた。
キメラの意識は攻撃を加えるキコア、スイルツたちに向いている。今がチャンスだ。
「エリーさんは私が持ち上げます」
ルティアさんはエリーを担ぐと、頭上に存在するデッドマンサラマンダーの顔面に向けてエリーを投げ込んだ。
「覚悟なさい。特技! 全力放出!」
エリーの渾身の一撃はデッドマンサラマンダーの顔面に直撃。粉砕されて肉片がボロボロと落ちてくる。その中には二つの再生器官もあった。
これで核となるヤギのような頭部を砕けば、もう再生されない。キメラを倒せる。
キメラの懐から頭のほうへ回ると、核となるヤギのような顔面は、修復半ばで再生を止めていた。
それでも頭部と目は再生しきっている。下顎はなく、ところどころ顔面の筋肉はむき出しだ。グロテスクが不気味さに拍車をかけている。
エリーは特技を放ったせいで動けない。ルティアさんはエリーを担いでボナ子ちゃんたちがいる後方に向かった。
キコアは……キメラの足下で攻撃を加え続けている。
ほかの冒険者はキメラの電撃や火球を必死に避けながら、正面で戦っている。
この場で動ける人は……いた。
ちょうど移動中のシアンタが正面に駆けこんできたところだった。
「シアンタ。私が魔法で隙を作る。シアンタはヤギの頭を攻撃して」
「え、ボクが」
「うん。頼れるのはシアンタしかいないの」
シアンタは立ち止まり、キメラを見上げる。
「この魔物を、ボクが倒す?」
ブルカノドン×火炎!
火球の連射をキメラが放つ電撃と火球にぶつけて相殺させる。
「おおっ! もう一度、中央の顔を攻撃するつもりか」
「ならば隙を作る。キメラの足に攻撃を移すぞ」
「シアンタと言ったな。上手くやれよ」
強面さんたち冒険者が、こちらの意を察してくれた。ヤギの頭部を攻撃しやすいよう、たちまわってくれる。
私も五つの頭部に魔法の火球をぶつけ続ける。
残りの魔力を消費して特大の火球をキメラにぶつける?
それもアリかもしれないけれど。
私はスイルツに目を向けた。鈍色の竜魔人はコイツかもしれない。コイツの前で魔力を使い果たすわけには……。
「シアンタ!」
「わかったよ。ボクだってキメラを倒せるんだ!」
跳躍したシアンタはキメラの中央の顔、核となるヤギの頭部に聖竜剣を叩きこもうとする。
「力を貸してアンガトラマー!」
『力は貸すが……む、避けろシアンタ!』
ヤギの顔面は下顎がないにもかかわらず、口から衝撃波を放った。
「メイィィィっ!」
「ぎゃふっ!」
シアンタは吹き飛ぶ。何アレ。あんな攻撃、さっきまで、してなかったじゃん。
「一筋縄ではいかないってことかよ」
付与術をかけてから一分が経過し、すでに効果が切れているキコアは、辛そうな顔をしていた。
私は床に転がるシアンタを抱えて、後方まで下がる。
リナンはボナ子ちゃんたちと共に負傷者の手当てをしていた。
「シアンタのこともお願い」
「ボクは平気だ。たいしたことないよ」
シアンタは自分の力で立った。
「それにしても、どうするの? あんな強い魔物、倒せるの?」
彼女の言うとおり、衝撃波を受けたシアンタの身体は、全身にあざを作っているものの、命に別条はなさそうだ。
けれど、その表情は絶望に染まっていた。
「幾つかの顔は潰したが……」
「100体の魔物の集合体。こんなの、冒険者だけでは」
戦い続ける強面さんたちも悲鳴を上げはじめた。
キメラは冒険者の攻撃を受けながらも、こちらに向かって前進してくる。
「これは撤退を視野に入れないといけませんね」
ルティアさんの言葉が、重くのしかかる。
シアンタを深層に連れていってあげたかった。でも、まだ早かったということだろうか。
ここで私が全魔力を消費すれば、どうにか?
「撤退だと? ここでも我はキメラに敗れるのか。冒険者生命を絶たれ、長きに渡って不自由な身体で生きてきた、あんな生活に戻るのか」
「バイオンさん!」
驚くプエルタさんを無視し、バイオンは立ち上がった。血がボタボタと足下に落ちている。
「否。我は力を授かった。進化する竜の血が、この身体に再び戦う力を与えてくれた。竜の血よ、再び力を示してくれ! 力! 力をぉぉぉ!」
バイオンは絶叫と共に両腕を上げる。
筋肉が膨張し、その身体は漆黒に変わる。
「バイオンさん……?」
腕を下ろしたバイオンは、漆黒の竜魔人と化していた。
プエルタさんの声が届かないのか、竜魔人となったバイオンは、凶悪な爬虫類のような相貌と眼光で、真っ直ぐキメラを見据えている。
「筋肉の躍動、熱き血の奔流。ガハハ。これは若き日の我、そのもの。いや、人生の最盛期は今、この瞬間か。我は力を得たのだぞ」
ギシギシ……。この音は、筋肉がきしむ音?
バイオンはその場で踏ん張ると、キメラに向かって一直線に跳んで行った。
「キメラぁぁぁ!」
「グギャオオ!」
キメラの放つ電撃、火球、そして衝撃波をもろともせず、キメラに接近。
勢いそのままに体当たりを喰らわし、核となるヤギの頭部を粉砕したのだった。




