84.ダンジョン第4層突入
「突破したぁ!」
第3層『4分の4地点』潜入10日目。ついに第3層を突破した私たち。
キコアが歓声を上げながら通路から飛び出した。
「フィリナの力、本当に有能だな。呼ばれている通路を選べば、敵わないような魔物は出てこなかったし」
「はい。案内人のリナンよりも、より案内人です」
キコアもリナンも誉めてくれる。
呼ばれているような気がする。声に従って壁を壊せば、古い通路が出てくる。
そこに現れる魔物、仕掛けられた罠は、新しい通路で出くわす魔物や罠よりも難易度の低いものだった。
私を呼んでいる存在。
聖竜剣によれば、その存在はこの地に眠る聖竜の魂らしい。
「では、ここで一旦休みを取りましょう」
ルティアさんが野宿の準備を始める。
ここは第3層と第4層のあいだだ。ギルドの職員はいないものの、地上へ戻るための転移陣はある。
バイオンたちの姿はない。まだ第3層にいるのだろうか。
それとも既に第4層に潜入しているのだろうか。
ここで一晩明かすことになった。
『で、どうするんだ』
夕食中のことだ。聖竜剣が声を発した。
『第4層の難易度は高いんだろ。シアンタは特技を会得していないし』
ガツガツとスープを掻きこんでいたシアンタの手が止まる。口も止まる。
「はい。これまでの最高到達記録は第4層『4分の1地点』の途中までです。そこで先達の冒険者たちは引き返しています。そこにはキメラという強力な魔物が住んでいるからです」
リナンの言う記録とは、20年も前のことだ。
今は魔王竜の魂の力で、魔物はより強力になっている。
「私たちの目的は魔王竜の魂の力を無効化すること。装備も食糧も、まだまだ万全です」
「それに、シアンタを深層に送り届けるって約束したもんね」
ルティアさんと私は頷き合う。
聖竜剣は、それ以上何も言わなかった。
☆☆☆
翌朝。第4層『4分の1地点』突入。
「夢で見たとおりだ」
夢に従って、怪しい壁をエリーに壊してもらうと、別の通路が現れた。
「このまま進めば、意外と簡単に深層に辿り着けるんじゃね?」
「キコア、油断は禁物だよ」
慎重に前進する。
古い通路が終わると、新しい通路を進むことになる。
そこでは一筋縄ではいかない魔物が多かったけれど、それでも何とか撃退し、ときには壁を壊して古い通路に逃げ込んだりして難を逃れた。
「やっぱり進めば進むほど、魔物が強力になっていきますわね」
「さすが第4層だな」
エリーとキコアが顔を見合わせる。
「私たちの目的は魔王竜の魂とされる魔王竜石の破壊です。なにも全ての強い魔物と戦う必要はありません」
「そうだねルティアさん。魔王竜の魂さえどうにかすればいいんだよね」
サイクロプスやタイラントタウラス、天井や壁が迫ってくる罠に出くわさないよう祈りながら、私たちは進んでいった。
☆☆☆
第4層『4分の1地点』潜入6日目。
「もう半分まで来たんじゃねぇか」
歩きだして1時間ほど。キコアが口にした。
第3層では、4分の1進むのに10日を要した。今日は6日目だから、ということだろう。
「第4層は『4分の1地点』でも突破したという記録がないんです。どれほど長いものなのか、見当がつきません」
「では、まだ半分も過ぎていない可能性もありますわね」
リナンにエリーが答えた。
「あ、ここだ」
怪しい壁の前で立ち止まる。夢ではこの壁の向こうに古い通路があった。
「俺には、どこが怪しいかなんて分からないけどな」
「キコア、退いて下さいまし。壁を壊しますわ」
エリーがナックルで壁を壊す。
すると通路が出現。この通路を3時間ほど進むと下りると階段が現れた。
「魔物も罠もなかったな。フィリナ、これも夢に出てきたのか」
「うんキコア。夢のとおりだった」
「じゃあ、この先は?」
「夢の中だと突然真っ黒になったんだ。そこで飛び起きたんだけど」
これは新しいパターンだった。これまで飛び起きたことはなかったのに。
階段を降りると、広間になっていた。これまでで一番広い。奥は暗くて分からない。
「なにか、近づいてきますわね」
エリーが警戒する。何だろう。巨大な魔物だろうか。
こういうときはオフタルモサウルス×視力強化。そう思ったときだった。
『気をつけろ』
「え? 誰の声?」
「ギギャアアア!」
衝撃のような鳴き声が奥から響くと複数の火の玉が飛んできて、辺りを燃やした。
炎に照らされて姿を現したのは、四足歩行の巨大な魔物だ。
「あれはキメラ! キメラです!」
リナンが叫ぶ。
先達の冒険者たちの潜入最高記録を止めたというダンジョンの怪物が姿を現したのだった。
キメラ。リナンのはなしでは魔物を喰らう魔物。それだけでは特に珍しくない。
キメラの場合、喰らわれた魔物の魂は死なず、キメラの体の各部位に意思を持って生前の顔を現すのだという。
食べた魔物の顔が体中に現れるのだ。ほかの魔物の力を宿すのだ。
以前、第3層の『4分の2地点』にも現れたのだという。そのときは四足の体、首の両脇にも首が生えた、三つ首の化け物だったそうだ。
そんなキメラと戦ったのが、当時のバイオンだ。
キメラは倒されたものの、バイオンは重傷を負い、冒険者生命を絶たれた。
冒険者ギルドがキメラの遺体を検分したところ、二体の魔物を喰らい、その魂を身体に宿していたという。
生まれてから二体しか襲ってこなかったということはあり得ない。そこでキメラは、強力な魔物以外は、食事したところで力を宿すことはできないと考えられた。
バイオンが命がけで倒したキメラは、強力な魔物を二体も喰らっていたことになる。
さて、そんなキメラが私たちの前にも現れたのだけれど。
「どう見ても30体以上食ったよな?」
キコアの言うとおり、キメラの体の各所には顔、顔、顔……。
本来顔があるべき所、その顔は凶悪なヤギだ。曲がりくねった二本の角が悪魔みたい。きっとこの顔がキメラの本来の顔なんだと思う。
その顔の両脇にはそれぞれ、一つ目のサイクロプスの顔と、タイラントタウラスの牛の顔が、こちらを睨み落としているのだ。
「フィリナは呼ばれたんじゃないのかよ。聖竜に歓迎されているってルティア、言ってたよな」
「キコアさん。私は招待されていると言ったのです」
「同じだろ! こんなヤツがいるところに招待しやがって。フィリナが聞いた声は本当に聖竜だったのかよ?」
キコアが槍を構えながら不満を叫んだ。聖竜剣が解説を入れる。
『間違いない。第4層に入って気配がますます強くなった。聖竜の魂は、まだ生きている』
「じゃあ、どうしてキメラがいるのさ!」
今度はシアンタに不満がうつった。
『ここを突破するしかないってことなんだろ』
「ギャギャアア!」
この部屋の出口は、警戒するキメラの先にあるんだろう。
キメラだって無敵じゃない。強い魔物と戦えば返り討ちにあうこともあったはずだ。
でも目の前のキメラは30体以上の強力な魔物と戦って食べてきた。
私たちが倒さなくちゃいけない魔物、それは歴戦の勇士のような魔物なんだ。
キメラはサイクロプスの目から電撃を、タイラントタウラスの口から火の玉を発射する。
各々、攻撃が当たらないように散開する。
「倒さなくてもかまいません。せめて、ここを突破できれば」
「そうは言ってもルティア。逃げおおせることができるような魔物だと思っているの?」
身体が大きい、離れていても攻撃してくる。そんな魔物にシアンタは苦情を叫ぶ。
「以前にも、不可能を体現した魔物との遭遇がありましたわね」
エリーがナックルを手に走り込む。
「こういう非常識な魔物の相手は魔竜で経験済みですの。身体が大きい四足歩行の魔物なら隙だって」
『オマエら、魔竜と戦ったことがあるのかよ!』
エリーの鼓舞にルティアさんとキコアが頷く。その強い目は心に希望が灯ったかのようだった。
驚く聖竜剣を尻目に、エリーはキメラの後ろ脚に鉄拳の狙いを定めた。
「喰らいなさいまし! ……って、あ」
拳を振り上げた状態でエリーは固まってしまった。
キメラの左の後ろ脚から突き出た大きな顔。それはスケルトンだったのだ。
「ギャオオっ!」
キメラが攻撃を仕掛けてくる。尻尾の先端はグランドスネークの顔になっていた。
私の残りの魔力は……。
全魔力が100だとしたら、朝に聖竜剣を喋らせるために魔力を与えて残り20。
さらに、ここに来る前にオフタルモサウルス×視力強化を5回使って20消費したから残り60。
古い通路でも魔物がでてきたものの、ルティアさんたちが率先して戦ってくれたおかげで、恐竜×魔法は少ししか使っていなかった。魔力の残り52。
まだまだ戦える。
ステータスオープンしようとした、そのとき。
広間の壁にひびが入った。壁が割れて現れたのは……。
「もう一体のキメラ!?」




