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82.VSタイラントタウラス

 第3層『4分の3地点』の三日目。

 シアンタが落とし穴に落下。私たちから離れてしまった。


 落とし穴と言っても、床が抜けて垂直に落ちていくものではなく、急こう配の滑り台を転がり落ちていくタイプだった。

 これなら落下したシアンタも生きているかもしれない。助けに行かなければ。


 でも、滑り台の下には何があるか分からない。全員で行くのは危険だ。

 私はルティアさんたちを、落とし穴の先にある広場に向かわせ、単身で落とし穴に飛び込んだ。


「アギリサウルス×俊敏性強化(中)!」


 滑り台型の落とし穴は急こう配だ。暗くて狭い。

 身体を強化させて、手足を這わせ、滑り落ちないように下に向かう。急ぎながら。


 そうして下へと向かっていくと、明りと喧騒が近づいてきた。


「シアンタ! って、ここは?」


 シアンタは無事だった。収納の魔法空間中に納めたポーションを飲ませてあげようと思っていたけれど、目立った傷は見当たらない。

 そんなシアンタの視線の先には。


「ヌハハハハ! 我を相手にここまで善戦するとは! ダンジョンとご無沙汰しているあいだに、随分と骨太の魔物が出てきたものだ!」


「グモオォォォ!」


 Aランク冒険者のバイオン、ギルド副支部長のスイルツが率いるパーティと、巨大な魔物が戦っている真っ最中だった。

 魔物はサイクロプスのように大きな、二足歩行の牛だ。手には大きな斧を持ち、パーティメンバーに振りかざしている。


「うわぁぁ!」


 男性冒険者が巨大な斧を受け止めきれず、吹き飛ばされた。あれはボナパルテのパーティにいた強面の人だ。


「何をしておるのだ。オマエたちが魔物を抑え込むのだ。その隙に我が攻撃を仕掛ける」


「バイオンさん。力が違いすぎる。あんな魔物を抑え込めと言われても」


「気合いが足りぬのだ。深層に辿りついてもおらぬのに弱音を吐くとは。愚の骨頂!」


 バイオンは強面さんを掴むと魔物の足下へ放り投げた。

 魔物は足下に転がってきた強面さんに、斧を振り下ろす。


「ちくしょう!」


 強面さんは必死な形相で魔物の斧を大剣で受け止める。たしか、あの剣はボナパルテが持っていたカタマンタイトの剣だ。

 それでも力負けして、壁まで吹き飛ばされる。


「ほれ。次はオマエたちも行かぬか! 戦わなければならない事情があるのだろう。仲間にしてやったのだ。しっかり自分の役目を果たすのだ」


 バイオンは剣や槍の冒険者たちに視線を這わせた。


「こうなったら、うわぁぁ!」


 萎縮していた剣や槍の冒険者たちは意を決した様子で魔物に向かっていく。

 それでも魔物は強大だ。人間サイズの武器で巨大な斧を受け止めようにも、力負けしてしまう。


「一方的じゃないか、こんなの」


 落とし穴の出口で立ちつくしているシアンタは、か細い声を発した。


「シアンタ、ケガはない? 落とし穴は大きな部屋に通じていたんだね。まさかスイルツたちと出くわすなんて」


「…………」


「しっかりして。シアンタ!」


 戦いをぼんやりと見ていたシアンタの肩を掴む。


『やいシアンタ! なにビビっていやがるんだ!』


「へぁあ? び、ビビってなんかないよ。ほかのパーティの戦い方を分析していただけ」


『嘘言え。サイクロプスのときも気圧されていただろ』


 もとのシアンタに戻ったようだ。

 この部屋は広い。

 剣や槍の冒険者たちが魔物と押し合っている反対側では、魔法士の冒険者たちが、戦いの隙を縫うように魔法攻撃を連射している。それでも魔物は倒れない。


「ぐああ!」


 魔物は床面に斧を振り下ろした。

 魔物を抑え込もうとしていた冒険者たちが、衝撃波で吹き飛ぶ。


「情けないぃぃっ!」


「仕方ない。私たちが行くか」


 バイオンとスイルツが魔物に向かっていく。

 魔物は口から火の玉を発射。流れ弾が、部屋の反対側で控えていた魔法士のもとへ飛んでいく。


「きゃあっ!」


 悲鳴を上げるのはボナ子ちゃんだ。ボナパルテの娘で10歳。今はバイオンのパーティのメンバー。

 このままでは火の玉がボナ子ちゃんに直撃してしまう。


「あぶない!」


 リナンのはなしでは、ほかのパーティが魔物と交戦しているとき、割って入ってはいけないという。

 でも、このままでは。緊急事態だ。


 コンプソグナトゥス×走力強化でボナ子ちゃんのもとへ。

 彼女を背にして、スクテロサウルス×盾で、飛んできた火の玉を受け止める。

 それでも衝撃が強すぎて、私はうしろの壁まで吹き飛んでしまった。


「えっと、フィリナさん?」


 ボナ子ちゃんや魔法士たちが何事かと視線を注いでくる。


「手助けします。もちろん魔物を横取りしようなんて考えていません」


「フィリナさん。助けに来てくれたんですね」


 かつてランベさんのパーティにいたプエルタさんが、私を引き起こしてくれた。


「はぁぁ! むぅぅん!」


 バイオンは巨大な魔物を相手に奮闘している。2メートルを越える巨漢でも、魔物を前にすると子供のように見えてしまう。


「なんだよ、あの魔物。人間が倒せるの?」


「あれはタイラントタウラス。見てのとおり牛の魔物で攻撃力、耐久力ともにダンジョンの上位です。火だって吐いてきます」


 シアンタの声を受けて、プエルタさんが解説をしてくれる。どのパーティにも解説役はいるんだなと思った。


 バイオンとタイラントタウラスの戦いの隙を突くように、槍を持ったスイルツが魔物に攻撃を仕掛けては、離れ、また攻撃を仕掛けている。

 魔物は火の玉をスイルツに吐き、けん制する。スイルツは素早い動きで火の玉を避けきっていた。

 続いて魔物は足下のバイオンに口元を向ける。火の玉攻撃をする気だ。


 ほかの冒険者とは違い、斧の攻撃をしっかりと剣で受け止め、ときには跳ね返してくるバイオンに、斧は不向きと感じたのだろうか。

魔物の口元が炎を帯びる。


「発射はさせん!」


 バイオンは魔物の体を駆けのぼると、自分に向いていた口元を、顎をなぐって向きを変えさせた。

 発射寸前だった火の玉は、バイオンにではなく、こちらに向かって飛んできた。


「きゃあっ!」


 先ほどまで魔物との戦いで負傷した強面さんたちは、回復魔法を頼るために、こちらの魔法士のところまで下がって来ている。魔法士も必死に回復魔法をかけている。

 そんなところに火の玉だ。


「スクテロサウルス×盾!」


 火の玉を盾で受け止めて、またも衝撃で壁まで吹き飛ばされる。


「いててて」


「フィリナ、大丈夫? おおっ?」


 駆け寄ってきたシアンタが何かに気付いた。


 ズズズズっ……。


 先ほどぶつかった壁が動き始めたのだ。壁は魔物のほうへと迫っていく。

 私たちも壁に押されて魔物のほうへと移動させられてしまう。

 できるだけ魔物と離れ、遠くから魔法攻撃をしている魔法士たちも移動せざるを得ない。


「フィリナ、罠を」


「私は何も押してないよ」


「違うんです」


 シアンタと私の会話にプエルタさんが割りこんでくる。


「この壁は定期的に動くんです。最初はもっと広い部屋でした。でも壁が迫って来て……」


 このまま壁が動き続ければ、いつか魔法士やケガ人も魔物の近くに身を置くことになる。


 ズズズ……。


 壁の動きが止まった。


「これで5回目です。あと少ししたら、きっとまた」


 プエルタさんが不安げな表情で教えてくれた。

 この部屋の出口は……ない。魔物を倒せば隠し扉が出てくるの仕組みなのか。

 落とし穴の滑り台の逆走は……無理だ。いつのまにか出口が塞がれている。


「グモォォォ!」


「ハハハハ! 我が押しているぞ!」


 バイオンとスイルツの連携が効果的なのか、魔物は焦りを感じたように火の玉を連射した。その流れ弾が、何発もこちらに向かってくる。


「少しは、こっちのことも考えて!」


 バイオンたちは、後ろで控えている魔法士やケガ人のことを考えていない。


 私たちが魔物と戦うときは、部屋の片隅や通路の陰で身を潜めているリナンのことを考えながら戦っていた。魔物の攻撃がリナンに向かないように。魔物の次の攻撃が仲間たちに向かないように。


 そのへんのこと、シアンタはちょっと下手だったけれど。

 バイオンとスイルツはまったく考えていないんだ。

 何発もの火の玉がこちらに向かってきた。


「ブルカノドン×火炎!」


 こちらも火の玉を連射。魔物の火の玉を相殺させる。


「すごい……」


 ボナ子ちゃんが感嘆の声を上げる。こういうのは、ファイヤーゴブリンとの戦いで経験済みなんだから。


「魔法士の皆さんはケガ人の治療を優先してください!」


「は、はい!」


 バイオンとスイルツ、魔物の戦いは続く。


「グモモォォン!」


 徐々に追い詰められていく魔物は、抵抗するかのように火の玉を撒き散らす。

 飛んできた火の玉を、私の魔法の火の玉で相殺させる。

 魔力が削られていく。


 今朝、聖竜剣に魔力を与えてみんなと会話できるようにしてあげて。

 オフタルモサウルス×視力強化で罠や新旧の壁を見抜き。

 スケルトンとの戦いでも恐竜×魔法を使った。

 この部屋に来てからも魔力を消費している。

 残りの魔力は30未満。使いきる前に魔物が倒れてくれれば良いけれど。


 ズズズズ……。


「また壁が迫ってきた!」


 魔物に近づく分、火の玉の攻撃に晒されてしまう。


「こうなったら、ボクが」


 ジッとしていたシアンタが魔物へと駆けた。


『バカ! 今のオマエが敵うかよ』


「やってみなくちゃ分からない。強い魔物と戦えば特技だって。あの魔物は魔王竜の魂の力で強化されているんでしょ。だったらボクの特技で」


 シアンタは跳躍すると、剣を魔物に向かって振り上げた。


「特技! 魔竜討滅斬! ……きゃあっ!」


 シアンタは魔物の左手で振り払われてしまった。シアンタの身体が床を跳ねる。

 もし、シアンタの身体を振り払ったのが敵の右手の斧だったら。


「グモォォ!」


「おおっ!?」


 シアンタの介入でバイオンの視線が魔物から一瞬離れた隙だった。魔物は足を上げると、バイオンを踏み潰そうとしたのだ。

 バイオンは武器を捨てて両手で頭上の足を受け止める。

けれど魔物は大きい。バイオンの足下の床面はヒビが入り、彼の足はメリメリと床に沈んでいく。


「ぬおおおっ!」


 彼の雄叫びとは裏腹に、その身体は魔物の足の陰に消えていく。

 スイルツが助け出そうとするものの、魔物が繰り出す斧の攻撃で近寄れない。


「このままじゃ埒が明かない」


 ブルカノドン×火炎の消費魔力は2。残りの魔力は30弱。10倍の消費で強化すれば……。


「スイルツさん、退いて下さい!」


 ブルカノドン×火炎! 消費魔力10倍! 

 これで勝てるとは思えないけれど、当たり所を加味すれば。


「グモっ? グモォェェ!」


 放られた魔法の火の玉は魔物の右腕に直撃。右腕を吹き飛ばした。

 右手が千切れ、手にしていた斧だって床に墜落する。

 魔物の表情は歪み、ヨダレを吐き散らしながら悶絶している。


「ヌハハ! なんだ? オマエの力はその程度か!」


 魔物の足が持ち上がる。魔物に踏まれてペシャンコになったと思われていたバイオンが、魔物の足を両腕で持ち上げたのだ。


「え?」


 バイオンだと思った。バイオンが踏まれた場所から、魔物は一歩も動いていなかったから。

 バイオンの声で、魔物の足の裏を両腕で持ち上げて現れるのは、当然バイオンだと思った。


「誰、あれ」


 床に転がったシアンタが苦悶の表情でつぶやいている。

 魔物の足の下から現れたのは、真っ黒な竜魔人だったのだ。


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