81.分断
第3層二日目。
私たちは変化していくダンジョンの通路から、壁の向こうにある昔の通路を見つけた。
その通路の照明は明るく、罠もない安全な通路だった。
「うおりゃあ!」
エリーが鉄拳で壁をぶち破り、別の通路への道を開拓する。
昔の通路の突き当たりは行き止まりになっていた。
突き当たりの壁を良く見れば、昔の通路の壁に比べて新しい。
「本来、この通路は続いていたんだと思う。きっと新しい壁に塞がれたんだ」
そんな突き当たりの新しい壁をエリーに壊してもらった。
すると、その先は通路が左右に伸びていた。私たちが通ってきた道とぶつかってT字路となっている。
オフタルモサウルス×視力強化。
左を見れば新しい通路。右を見れば古い通路だ。
「古い地図で確認します。本来なら右への曲がり角がある地点です。左側の通路は古い地図には載っていません」
リナンは地図を見ながら教えてくれる。
「ならば、左側の通路は冒険者を惑わすために、新たにできた通路ですね」
ルティアさんは左右を確認する。
「右も左も同じに見えるけれど」
シアンタは肩をすくめた。
☆☆☆
ここから先は新しい壁に囲まれた通路。この辺りに古い通路を塞いでいる新しい壁がある。
そしてエリーと私が古い通路を塞いでいると思しき壁を壊す。
古い通路が現れて、私たちは罠や魔物に怯えることなく、先に進むことができる。
オフタルモサウルス×視力強化の消費魔力は4。魔物と遭遇すれば恐竜×魔法で戦うことになるので、 そのときも魔力を消費する。
視力強化の魔法は何度も使えない。
それでも前回の潜入に比べれば、楽に進むことができた。
前回は新しくできた通路のせいで、遠回りして苦労もしたことになる。
古い通路は有能なのだ。
そうして20日後、第3層『4分の2地点』を突破した。
第3層『4分の2地点』と『4分の3地点』のあいだ。
前回はここにある転移陣から地上に戻ったのだ。
一ヶ月半前の出来事だ。
「ここにもスイルツたちはいねぇな」
「竜魔人とも出くわしませんでしたわね」
キコアとエリーの言うとおりだ。
「では、今日はここで休みましょう」
ルティアさんに賛成し、野宿の準備を始めた。
☆☆☆
翌朝。第3層『4分の3地点』入口に立つ。
入口は3つ。ここにはギルド職員はいない。おススメの入口も分からない。
記録によれば、どこから入っても大変そうだとリナンは言った。そもそも古い地図では参考にならないと付け加えてくる。
「だったらさ、真ん中にしないか」
「キコア、どうして?」
「いざとなったら、通路の壁を壊して隣の通路に行けるかもしれないだろ」
なるほど。じゃあ、真ん中の入口から入ろう。
ここから先は未体験エリアだ。ポーションや武器も万全だ。
気を引き締めて『4分の3地点』に踏み込んだ。
この地点でも新しい壁の向こうに古い通路を見つける。
「どちらに行けばいいんでしょう」
そんな古い通路の途中にも分岐点はある。
ルティアさんの言葉に反応したリナンが、古い地図を眺めている。
「これは……はい……右、いえ左?……う~ん」
地図を覗けば、分岐点のどちらに進んでも長い道のりだ。
リナンは悩みはじめてしまった。
私たちは少しでも体力を回復させるため、その場に座り込む。
疲れていたのか、思わず長く目をつぶったときだった。
「ん?」
「どうしましたフィリナさん?」
目を開けるとルティアさんが不思議そうに視線を送って来る。
「さっき誰か、呼んだ?」
「いいえ」
ルティアさんはみんなを見回すけれど、みんなは首を横に振る。
そうだ。呼ばれたはずがないんだ。そうか、これは呼ばれている気がするんだ。
私は右側の通路に目を向ける。
「みんな、こっちに行ってみない?」
「どうしたんだよ急に」
「キコア、私ね。呼ばれている気がするの」
「疲れてんのか?」
キコアの言葉で、私自身も変なことを言ってしまったなと思う。
「右ですか。そうか、なるほど。左側を行くよりも良いと思います」
地図を見ていたリナンが右を選択してくれた。
歩みを進める。
『お? これは』
「どうしたのさ?」
聖竜剣にシアンタが聞く。
『気のせいか。何でもねぇよ』
途中、魔物には出くわしたものの、数時間で行き止まりになる。
例によって私の魔法で壁を脆くし、エリーの鉄拳で壊してもらう。
壁の向こうは通路になっている。私は警戒しながら通路に出た。
そこはT字路だ。壁を壊して、この場に立っている私たちから見れば、直進の通路と左側へ伸びる通路が見てとれる。
「このまま直進がよろしいと思います」
リナンに従って直進開始。
「どうしたんですの? 罠ですの?」
キョロキョロと周囲を見回す私に、エリーが気付いた。
罠じゃないんだ。エリーが壊してくれた壁の向こうから、誰かに呼ばれている気がしたんだ。でも誰もいないのに。
「なんでもない」
気を取り直して罠を警戒しつつ、先へと進むことにした。
☆☆☆
「はぁ……はぁ……」
疲れた。みんなも疲れている。
第3層『4分の3地点』の三日目。魔物が襲ってきた。
その魔物はガイコツだった。手には剣と楯。それも複数だ。
「死霊系の魔物まで現れるなんて。戦ったのは初めてです」
疲弊しているルティアさんいわく、ガイコツの名前はスケルトン。そのままだと思った。
辛くも勝利した私たちは、現在は30分ほど進んだ場所で休憩している。
勝利したその場では、何だか気持ち悪くて休めなかったのだ。
「アイツら、矢も効かないし、槍も効かなかったぞ」
「気色悪い連中でしたわね」
キコアはげんなりとている。
エリーは戦闘中、軽くパニックを起こしていた。
どうやらガイコツは苦手のようだ。大きな蛇には動じなかったのに。
エリーはスケルトンを直接殴ろうとはせず、壁を壊しては瓦礫を作り、それを投げつけていた。
スケルトンは無敵というワケではなく、強い衝撃を与えれば倒せる魔物だ。
ルティアさんと私は普段より剣に力を込めて斬りかかった。
「エリー、覚えているか。途中から瓦礫じゃなくて、敵の頭蓋骨を敵に投げつけていたんだぜ」
「ひぃっ!」
キコアに言われてエリーが青ざめる。
たしかに戦闘中のエリーは必死だった。てっきり途中からスケルトンの嫌悪感を克服したのかと思っていたけれど。
「僧侶の天職持ちがいれば、もう少し楽だったと思います」
ルティアさんは水を飲んで一息ついていた。
スケルトンを全滅させた私たちは、素材も回収せずに、その場を後にした。素材と言ってもガイコツだ。魔石くらいしか得るものがない。
「みんな情けないな。ボクは楽勝だったよ」
たしかにシアンタはスケルトンを一番倒していた。
『俺様をそこらへんの剣と一緒にするな。特別な聖竜剣なんだぞ』
「そんな特別な聖竜剣でも、使い手がいなくちゃ活躍できなかったよね」
シアンタは得意気だ。
『じゃあ聞くがな。オマエは本当に俺様を使いこなしているのか』
「え? 使っているよ」
『特技・魔竜討滅斬』
「ギクッ!」
シアンタの顔色が変わる。
「そういえばシアンタの特技、見たことねぇな」
「ギッ!」
ギクッすら言えなくなったシアンタは顔面蒼白だ。
『魔竜討滅斬。それは聖竜剣士しか扱えない特別な力だ。なんせ魔竜を一撃で倒すんだかよ。魔竜にとって聖竜剣士は天敵。人類にとっては切り札だ。魔竜によって強化された魔物に対しても効果覿面。なんせ強化されたこと、そのものを無効化しちまうんだ』
強化された魔物が、その技を喰らった時点で強化されていない普通の魔物に戻るというワケかな。
普通の魔物に戻ったところで、その時点で剣撃を喰らっているワケだから一撃必殺だ。
「では魔王竜の魂によって強化されている魔物に対しても有効なのですか?」
『そのとおりだルティア。へへへ。みんなシアンタを頼りにしているようだ』
シアンタは無言だ。
『魔王竜の魂である魔王竜石を砕くんだろ。さっさと特技を使いこなしてみやがれ!』
するとシアンタは、特技はあるけれど、モノにしていないのか。
「大丈夫ですわよシアンタさん。私も特技である『全力放出』を体得したのは最近のことですの」
「最近なんだ。どうやって使えるようになったの? きっかけは?」
シアンタが顔色と言葉を取り戻して、エリーに喰らいつく。
「そうですわね。フィリナさんの付与術で力が溢れだしたことが、きっかけでしたわ」
「え、それって」
シアンタが私のほうを見る。その表情は困惑だ。なぜ。
「それってボクもフィリナと抱きしめあって、ほっぺをスリスリしろってこと?」
付与術がかかる仲間になる条件のことだ。多分、条件だ。
『おう。してもらえ。してもらえ』
「そんなの……恥ずかしいじゃんかぁぁ!」
シアンタは走りだした。
「大丈夫でしょうか。この先、罠の確認をしていないのに走りだして」
ルティアさんの言葉に、みんなハッとする。
まだ疲れているけれど、追いかけなくちゃ。そう思って立ち上がったときだった。
「ぎゃああぁぁ……!」
シアンタの悲鳴だ。それも遠ざかっていく。
急いで追いかけると、落とし穴が既に開いていた。
あたりに姿はない。ここに落ちたんだ。
真っ直ぐ下に落ちるタイプの落とし穴じゃない。急な傾斜がついている。
狭いながらも滑り台のように下へと続いている。底は見えない。
「ルティアの心配、当たっちまったな」
「滑り台を滑って落ちたのなら、底でも生きているはず」
私はみんなを見る。
「シアンタを迎えに行ってくる。みんなはこの先にある広い部屋まで行って待っていて」
リナンは素早く地図を広げる。
「たしかに広間はあります。でも、どうしてそんなことを知っているんですか」
「フィリナさん。ここはみんなで助けに向かったほうが良いのでは?」
「ルティアさん。この先に何があるか分からない。それに……」
呼ばれている気がするのは、通路の先なんだ。落とし穴の底じゃない。
このダンジョンで付与術の魔法を何回も使って分かったこと。それは目をつぶっていても、みんなの位置が分かることだ。
多少離れていたって、居場所が分かると信じたい。
「リナン、カバンにポーションはあるよね」
「はい。幾つかあります。持っていきますか?」
「大丈夫。収納の魔法の中にも入っているから。みんなはこの先の部屋まで、先に行っていてね」
私は落とし穴の滑り台に飛び込んだ。




