8.最初の戦い
それから。柵づくりの時間は特技・魔法の『腕力強化』と恐竜の力を組み合わせて、時おり出てくる重い丸太や、子供だけでは運びきれていないような、作業に邪魔な石を運び出した。
持続時間は30秒。これを10回も繰り返したら魔力が無くなってしまうのは変わらないけれど、三秒が30秒になったのは大きい。
選ぶ恐竜はトリケラトプス以外でも試してみた。どの恐竜を選んでも効果は同じだった。
ステータスオープンで出てくる画面に描かれている恐竜や翼竜は、数えてみたところ80種類いた。
全種類を試したわけではない。もしかしたら相性のいい組み合わせがあるのかもしれない。
そんなことを働きながら試していた。
そして二週間経過。ついに村の南西側を主にして、村を囲む柵の補強が完了した。
反面、村の北東側が最も手薄なのだけれど、そこはいくつも落とし穴を仕掛けてある。
同じ罠は村の周囲にいくつも作っている。目印は案山子だ。
どうして案山子なのか。ファイヤーゴブリンは人を襲う。案山子を人と見間違えて襲うかもしれない。案山子の周囲に落とし穴を設ければ、落ちてくれるかもしれない。
そんなわけで柵の外側には案山子と罠を用意しているのだ。
穴掘りには『腕力強化』の特技がとても役に立った。一回30秒間しか持続できないのだから、一気に掘りだした。みんな唖然としていた。
これで村の周囲は柵と罠に囲まれたことになる。村を出るには北側の柵のあいだに作られた門から通るしかない。
面倒そうだけれど、安全を確保するほうが大事だ。
私がフィリナちゃんに生まれ変わって二週間。
髪も生えてきた。黒い髪だ。生えたと言っても6ミリくらい。坊主頭だ。
家の土間にある水がめの水面に映った自分の頭を見て、小学生の頃、こんな髪型の男の子がクラスにいたことを思い出した。
この頃になると、村の畑作業も峠を越えて、午後になれば子供たちが遊べるだけの余裕ができるようになった。
お祖父さんも午後になれば私に自由時間をくれた。
伯父にも友人がいるらしく、夜の番は二日に一回になり、畑仕事ができるようになった。
午後になればヘレラちゃんが遊ぼうと誘ってくれる。
「ごめんね。お祖父さんと一緒に畑仕事をするんだ」
嘘をついた。お祖父さんは午後になれば皆と遊んで良いと言ってくれた。
でも私は遊ばない。一人で森へ赴くため、こっそりと村の北にある門をすり抜けた。
この身体の本来の持ち主であるフィリナちゃんは村の皆のために頑張ってきた。
フィリナちゃんは亡くなり、この身体は私が使ってしまっている。
この子の代わりに私ができることは何だろうか。
リオハ村は周囲を森で囲まれている。森には果物のなる木があるそうだけれど、森に住むゴブリンに取られてしまうようなのだ。
また、村人は秋に収穫した作物や冬野菜で冬を越すのだけれど、不作の年は森の先にある川まで行って魚を釣るのだそうだ。不作でなくても暇を持て余した人が釣りに出かけるらしい。
魚を釣り上げて村へ帰ろうとすると、空腹のゴブリンが魚のニオイにつられて襲ってくるとも言う。軽い気持ちで釣りにも出られないと、柵づくりのオジサンたちはボヤいていた。
私が村の皆にできること。それは森のゴブリン退治だ。
神様からもらった天職と特技もある。この先何が起きるか分からない。異竜戦士の力や持続時間も長くしたい。ゴブリンを倒せば強くなれるかもしれない。
もしファイヤーゴブリンと出会ったら? フィリナちゃんたちの仇だ。やっつけたい。
森の奥へと入っていく。オジサンたちの話だと森をだいぶ進めばゴブリンと遭遇するかもしれないと言っていた。
村の方向を見失わないように森を進んでいく。
体感時間で二時間経過。時計がないので体感時間だ。
「いない……」
ゴブリンを退治するときは、なにも剣や槍でゴブリンと戦うワケではないとオジサンたちは言っていた。大勢で森に入ればゴブリンは警戒して逃げてしまう。
そこで罠を張るらしい。隣村へゴブリン退治しに行った父親たちも、倒すというよりは罠を張りにいったという感覚だったそうだ。
「ゴブリン、今日はいないのかな」
そう思って、一休みしようと地面に座りかけたとき。
ガサガサ……。
なにかが向こうで動く音がした。
行ってみると。
「いたっ」
サルのような大きさで、緑色した生き物が6匹ほどいる。頭は剥げていて耳が長い。鬼のような顔つきだ。お祖父さんが教えてくれたゴブリンの特徴によく似ている。
ゴブリンに少しずつ近寄る。
私の右の腰には刃渡り60センチくらいの剣、懐にはナイフがある。
村には誰のものでもない納屋があり、中には武器がしまってあるとオバサンが教えてくれた。
ここに来る前に、そこから黙って持って来たものだ。あとで絶対返す。
ゴブリンたちもこちらに気付いた。
「ギャギャギャ!?」
武器は持ってない。警戒している。逃げないのは、こちらが一人だからか。
お祖父さんは言っていた。
「ゴブリンを刃物で倒すのは難しいぞ。すばしっこいからな。だから罠を張るんじゃ」
私は異竜戦士。火の玉だって出せるんだから。
ステータスオープンして、恐竜・トリケラトプスと特技・火炎を選択。
念じれば右手に火の玉が生まれる。
「くらえっ」
火の玉をボールのように一番近いゴブリンに投げつけた。
「ギャ!」
避けられてしまった。サルのような素早さだった。
もう一度、火の玉を作って投げつける。……当たらない。
「「「ギャギャギャ!」」」
「うるさいな! 合唱やめて!」
『火炎』は出せるというのに、投げつけて命中させるほどの早さがない。早さを例えるのなら、スポーツ未経験の子供がボールを投げているくらいのものなのだ。
『腕力強化』すれば当たるのだろうか。でも『腕力強化』してしまったら『火炎』を使えない。
ゴブリンの一体がゆっくりと近づいてきた。こうなったら。
右手で火の玉を作って、ステータスオープン。左手で『腕力強化』を選択して……あ、火の玉が消えた。
さらに別のゴブリンも近寄ってくる。
私は急いで火の消えた右手で適当な恐竜を選択。腕力を強化させて、足下にあった石を力いっぱいゴブリンへ投げつけた。
ビュンっ! グシャ!
「ギャギャアァァ!」
石はすごい勢いでゴブリンに命中。ゴブリンは悲鳴を上げた。出血もしている。
痛がるゴブリンは……ほかのゴブリンと共に森の奥へと逃げて行く。
「あ、待て。逃げるな!」
ゴブリンの逃げ足は速かった。あっという間に森の奥へ奥へと消えていった。
「倒せなかった。一体も」
よく考えれば当然かもしれない。村の人だって火は扱える。いくら私が何もないところから火を出せたところで、ゴブリンに圧勝なんて出来ないんだ。
相手だって危険な戦いはしたくない。さらに森は彼らのフィールドだ。私に倒されるくらいなら、この世界からゴブリンはとっくに絶滅している。
「……帰ろう」
対策を練らなくちゃ。帰り道は、一度も使わなかった腰の剣が、とても重かった。
☆☆☆
家に帰れたのは日が暮れた頃だった。
「あ……」
家の戸を開けたら伯父に出くわした。無言で私を見下ろしてくる。
「あ、ただ今戻りました」
伯父は無言で自室へと向かって行った。朝ごはんのときも、午前中の畑仕事のときも、私とは一切会話はなかった。
「あの人の目、やっぱり邪魔者を見るときの目だ」
元の世界の叔母、そして会社の白井さん。彼女たちの目にそっくりだった。
お祖父さんが用意してくれた質素な晩御飯を三人で囲んで食べた。
ここでも伯父は喋らない。お祖父さんに対しても同じだ。寡黙な人だと思う。
食事が終わり、食器を片づけているときだった。
お祖父さんが転倒した。
「大丈夫ですか?」
「ああ。もう年かな」
お祖父さんはゆっくり立ち上がると、食器を手に土間へと下りた。
よかった。ケガはしていない。食器も木でできているから割れてはいなかった。
「食器、私が洗います」
「じゃあ頼もうか」
お祖父さんは畑仕事をしている。お年寄りでも元気なほうだ。
でも村のオジサンたちのような機敏さはない。畑で鍬を振るう姿も辛そうに思えた。夜になればとても疲れた様子だ。たまにヨロヨロと歩くこともある。
「いつ村長を引退してもおかしくないよね」
次の村長を決めるときは近いのかもしれない。
この先お祖父さんが亡くなったら、伯父は私をどう扱うんだろう。家を出ていけと言われたら。
「今のままじゃ、追い出されたら何もできない」
どうしよう。そう思いながら、水の入った甕に食器を突っ込み、素手でゴシゴシと洗った。
第9話は明朝7時頃に投稿します。
今日もお読みいただきありがとうございました。
おやすみなさい。