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78.ダンジョン攻略宣言

 私たちはバナバザール侯爵から、近年のダンジョン潜入記録を塗り替えたとして、パーティーに招かれた。

 そこでシアンタは、自分のお祖父さんに声をかけられたのだ。


「どうしてお祖父さんがここに?」


「当然じゃ。バナバザール侯爵に招かれたのだ!」


 目と眉毛がつり上がっている、何だか怖いお爺さんだ。

 眉毛は顔の外まで飛び出している。シアンタを睨んでいる。


「どこで何をしているのかと思えば、ダンジョンで冒険者ごっことは。早く家に戻れ」


「ぼ、ボクはダンジョンを攻略するんだ」


「何を言っておる! キサマには無理だ!」


 お祖父さんは手にした杖で床をドンッと叩く。その場にいた貴族がビクッとしている。

 シアンタのお祖父さん。するとこの人がバナバザール侯爵領の隣を治めているアルバレッツ名誉侯爵なんだ。


「ボクはダンジョン攻略するもん。食糧と回復薬がなかったから、仕方なく地上に戻ってきただけで。もっと先にいけたんだ。この前からアンガトラマの声が聞けるようになったんだ。ダンジョンだって」


「キサマがアンガトラマの声を聞いただと。バカな!」


 アルバレッツ侯はシアンタを睨み下ろす。


「本当だもん。そこにいるフィリナの力で聞こえるようになったんだ」


「フィリナ?」


 シアンタは私を指さす。

 アルバレッツ侯がこちらを見るので、とりあえず会釈する。


「ねぇお祖父さん。兄さんは身体が丈夫じゃない。だからボクが代わりに」


「キサマのような弱き者に代わりは無理だ。シアンタよ、聖竜剣を返せ。アルバレッツ家はキサマの父をダンジョン攻略に向かわせることに決めた。これ以上は冒険者に任せておけん事態になったのでな」


 たしかに私たちは深層まで辿り着けていない。

 そして街では地盤沈下が起きてしまった。


「父さん一人で攻略するの?」


「そんなわけなかろう。一族の者と共にだ。キサマの兄もいる」


「まって。兄さんは身体が弱い。ダンジョンなんて死んじゃうよ。ボクが代わる。ボクだって聖竜剣士だ。強いんだ。ボクにだってできる。それを証明する」


「まったく。倅が剣術なんぞ教えたばかりに増長しおって。冒険者風情を利用してダンジョンのどこまで到達できたか知らんが、魔王竜の魂と戦うなぞと。女には無理なはなしだ。聖竜剣を返せ! キサマは連れて帰ってやる!」


 アルバレッツ侯はシアンタのポニーテールを掴むと檀上から引きずり下ろした。


「ぎゃあああ! 痛い痛い!」


 シアンタの悲鳴が響く中、貴族たちは静まり返る。

 アルバレッツ侯はパーティー会場の出口に足を向けると、出口の前にいた貴族たちは一斉に道を開けた。


「待って下さい」


「それはあんまりですわ!」


 ルティアさんとエリーが止めにかかるけれど、アルバレッツ侯は無視してシアンタを引っ張る。

 このままではいけない。


「アギリサウルス×俊敏性強化(中)!」


 貴族たちがアルバレッツ侯を避けるために作った一本道。

アルバレッツ侯の目の前に素早く立ち塞がる。


「なに! キサマ、いつの間に!」


 アルバレッツ侯が幽霊でも見るかのように私を見下ろした。


「その手を離して下さい。シアンタは強い子です。私たちは何度も助けられました」


「だから、なんだというのだ」


「自分の実力を証明する機会も与えずにつれていくのはあまりにも酷いと思います。それと、さっき女には無理な話と言いましたね。それって私のいた世界ではセクハラです!」


「セクハ? なんだ、それは!」


 今の私は貴族でも有力者でもない。だからさっきまで、この場の雰囲気にたじろいでいた。

 でも私は20歳の大人でもある。年が開けたからもう21歳か。

 12歳のシアンタが頑張っているんだ。

 常識外れの大人がいれば、大人の私が怒らなくてどうするんだ。


「孫の説教ならほかでやって下さい。ここは楽しいパーティー会場です。それも大勢の前で説教するなんて。私のいた世界ではパワハラです」


「さっきから何を言っているんだ!」


 そのときだ。


「ニャオン!」


 扉の向こうで猫の鳴き声がする。この建物に猫?

 こちらのやり取りを窺っていた貴族たちは不思議そうに扉のほうへ目を向けている。

 ルティアさんが素早く扉を開けに行く。


 すると会場に顔を覗かせたのはルティアさんの妖精猫のミックだった。

 ミックは重そうな何かを咥えて引きずっている。


「ミック、ご苦労様です」


 ルティアさんはミックが咥えていたものを受け取った。

 それは聖竜剣だった。


『よお二代目! 一年ぶりくらいか』


 ミックが聖竜剣を持ってきてくれたんだ。

 聖竜剣がアルバレッツ侯に挨拶をする。

 貴族たちは「剣がしゃべったぞ」とどよめき始めた。


「アンガトラマ。シアンタと共に屋敷から消えてから、もう1年以上になるな……って、なぜ皆が聞こえる形でしゃべっておるのだ!」


『そこにいるフィリナの魔力のおかげ……』


「いいえ! シアンタの力です! シアンタは聖竜剣が私たちとおはなしができるくらいの魔力を操れるんです!」


 聖竜剣が言い終える前に、かぶせてやった。

 アルバレッツ侯は、そんなバカなという目をしている。もちろん嘘だ。


『三代目がダンジョンに来るのか。あの鼻たれ坊主か。俺様を上手く扱えるのかよ』


 お祖父さんは聖竜剣に目を向ける。


「アンガトラマ。事態は急を要しておる。倅でも戦力になろう。お主をシアンタに託すわけにはいかぬ」


『そうかもな。でも三代目一人じゃ無理だろう』


「心配するな。一族の者もつかせる」


『そいつらに、俺様の声が聞こえたか? 聖竜騎士の仲間としては荷が勝ちすぎるんじゃないのか』


「ならば、どんな仲間なら良いというんだ! まさか……」


 アルバレッツ侯の視線が、ルティアさんが持つ聖竜剣から私に代わった。


「なぁ侯爵様」


 キコアだ。


「さっき冒険者風情がって言っていたよな。これまでダンジョンの調査を冒険者にやらせておいて、いいところで手柄を貴族がかっさらう。まぁ、どこにでもあることだとは思うけれど。冒険者の前で冒険者をバカにするのは、あんまりだぜ」


 アルバレッツ侯爵はキコアの次にスイルツとバイオンを見た。

 二人はこの場の貴族たちが期待しているギルド副支部長とAランク冒険者だ。

 そしてまた、アルバレッツ侯は私を見た。

 なんだか分かんないけれど、一言言ってやらなければ。


「シアンタを必ず深層に連れていきます。私たち冒険者が。そして魔王竜石を砕いてもらいます。そろそろシアンタの髪を離して下さい。それは女の子にとって大切なものです」


「あ、ああ」


 考えごとでもしていたのか。

 アルバレッツ侯はちょっと間抜けな声を出してシアンタから手を離した。



☆☆☆



「あのあと、いったいどんな説得をしたの?」


 今はパーティーの帰り道だ。

 ドレスは返して、5人でいつもの格好で夜道を歩いている。

 聖竜剣は無事シアンタの下に戻ってきた。

 アルバレッツ侯と聖竜剣は、あのあと二人きりで話し合っていたのだ。


『特に説得はしてねぇよ』


 シアンタの腕に抱えられた聖竜剣は、しれっと返してくる。

シアンタは普段、聖竜剣を背負っているけれど、今は大切そうに抱きしめている。


「きっとフィリナさんのおかげかも知れません」


 私が? ルティアさんは続ける。


「聖竜剣の声が皆さんに聞こえること。特別な魔力を聖竜剣に与えたのはシアンタさんではないことくらい、アルバレッツ侯は気付いています。ならば、誰の仕業なのか。それほどの力を持った仲間を孫娘は得ていた。それも孫娘の実力のうちだと考えたのではないでしょうか」


 アルバレッツ侯、シアンタから手を離したとき、なんだか考えていたみたいだけれど。


「それにしてもルティアさん。いい具合にミックを使って聖竜剣を持ってきてくれたね」


「はい。フィリナさんが時間を稼いでくれていたおかげです」


「でも聖竜剣はずっとシアンタのダンジョン攻略を反対していたよ。味方してくれるなんて限らなかったのに」


「一緒に冒険していた仲間です。そこは信じていました」


『フンっ』


 聖竜剣。なんだか嬉しそうだ。


「聖竜剣。どうやってあの爺さんを脅したんだ?」


 キコアが悪戯好きっぽい顔で聖竜剣に話しかける。


『脅してなんていねぇよ。ただ、このままシアンタをただのじゃじゃ馬ムスメで終わらせるとアルバレッツ家は三代目で終わるぞって言っただけだ』


「じゅうぶん脅しじゃねえか」


『それと魔竜大戦のときは貴族も平民も、大人も子供も、男も女も必死に戦っていた。相手は当時の魔王竜。女子供でも関係ないとも言ってやったよ。だがよ、シアンタ』


「え?」


 シアンタは立ち止まると、腕の中の聖竜剣を見つめる。


『俺様はオマエを認めていない。扱われるのなら三代目。まだ老いぼれた二代目のほうがマシだ。これは二代目からの伝言だ。次の潜入で必ず深層に辿り着け。そうでなければ聖竜剣は返してもらう。三代目たちは既にこの街に向かっているってな』


「父さんと兄さんたちが来る……」


 シアンタは難しい表情をする。


「じゃあ、さっさとダンジョン攻略して、親父さんたちを驚かしてやろうぜ」


「そうだね。大見え切ったんだもん。攻略を成功させなくちゃ」


 キコアと私は顔を見合わせた。


「みんな。ボクのために。貴族を敵に回すかもしれなかったのに」


 俯くシアンタにキコアが言う。


「貴族が怖くて生きていけるかよ」


「オスニエル家の力を上位貴族に知らしめるためなら、危険な橋くらい渡りますわ」


 エリーが胸を張る。

 私は聖竜剣をギュッと握るシアンタの手に触れた。


「顔を上げて。改めて言うよ。私たちと一緒にダンジョンの深層を目指そう」


「うん……。みんな、ありがとう」


 顔を上げたシアンタは笑顔で応えてくれた。


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