77.侯爵様のパーティ
ダンジョン潜入記録を数年ぶりに塗り替えた。
そんな私たちはダンジョンのある街の領主、バナバザール侯爵のパーティーに招かれたのだ。
休日3日目の夜。
ここはパーティー会場の控室。
係の人が持って来た豪華なドレスに着替えている。
ドレスなんて。私は身につけ方が分からないので、係の人に着せてもらっている最中だ。
「御隠居さんの謁見のときは、いつもの服で良かったよね?」
「リリエンシュテルン公爵様のときと違い、侯爵様は私たちをどなたかに紹介したいのではないでしょうか」
カーテンの向こうでルティアさんが答える。
御隠居さんの名前が出たからか、係の人が「どうして公爵様の名を?」という顔で見てきた。
着替え終わってカーテンをくぐると、キコア以外は着替えを終えている。
エリーは子爵令嬢だ。ドレスが似合うのは当り前として。
「ルティアさん。キレイ……」
ドレスに身を包んだルティアさんが、魔法を使っていないのに光り輝いて見えた。
もともとスタイルが良いし、整った顔と遠くからでも目が引くオレンジブロンドの髪が、ドレスにとっても似合っている。
「フィリナさんもお似合いですよ」
「それは、どうかなぁ」
当初の私の頭はファイヤーゴブリンに髪を焼かれて、ツルツルだった。
この世界に来て7ヶ月以上経つ。
そのあいだに髪は生え、今では90センチメートル以上ある。
前髪は時おり切っているけれど、うしろ髪は手入れしていない。美容院なんてない世界だ。
それに私は黒髪黒目。この世界のドレスは似合わない。
「私はフィリナさんの黒い髪、とても美しいと思います」
髪をいじっていると、ルティアさんが慰めてくれた。見抜かれていたようだ。
「そうだよ。自信を持ちなよ。パーティーは怖くないよ」
シアンタだ。ポニーテールはそのままに。
聖竜剣は手にしていない。荷物と共にある。
「ちなみにボクは自分で着替えたんだよ」
そういえばシアンタは五大武侯の家の娘だ。名誉侯爵家の御令嬢なんだ。
こういう場には慣れているんだろうな。
『ドレス似合ってねぇな』
「うるさいっ! たたっ斬るぞ」
聖竜剣にからかわれたシアンタは、聖竜剣で聖竜剣を斬ろうとするけれど無理なはなしだ。
暴れるとドレスに皺ができると、エリーの手で取り押さえられている。
「それにしても、リナンにも来てほしかったな」
「誘ったら断られましたね」
ルティアさんの言うとおり、リナンにはダンジョン再挑戦のことを知らせに行くとともに、侯爵様のパーティーに招かれたことを伝えに行った。
受付ではなしていると、二階からリナンが猛ダッシュで降りてきたのだ。
リナンは再挑戦を喜んでいたけれど、一緒に侯爵様のパーティーに参加することは断られてしまった。
リナンは冒険者でないにしろ、私たちの仲間なのに。それはみんなの共通認識だ。
「残念だな」
そのとき、カーテンが開けられた。
「絶対似合ってねぇ!」
係の人によってドレスに着替えさせられたキコアが立ちつくしていた。
「そんなことはありません。似合っていますよ」
ルティアさんは一片の曇りもない声色でキコアを称えた。
「アハハ。まるで男の子がドレスを着ているみたい」
シアンタが優しさの欠片もないことをいう。
キコアは真っ赤になって震えてしまった。
「言いすぎですわシアンタさん。訂正してくださいまし」
『そうだぞ。俺様はキコアを応援しているからな』
エリーと聖竜剣がシアンタを咎めていると、係の人がパーティー会場へ案内したいと言ってきた。
☆☆☆
広い部屋に多くの貴族がいる。向こうでは楽器を持った人たちが演奏している。
侯爵様のパーティー会場にやってきたんだ。
「フィリナさんたちはこういう場は初めてではなくて?」
エリーが私たちに聞いてきた。
「男爵領で何度か出席したことがあります。ガストン男爵様は騎士の家族への労いとして、パーティーを催してくれました。もちろん、この場のほうが大規模ですが」
すでにこの場において違和感のないルティアさんが答える。
既に何人かの男性貴族の熱い視線が注がれているのだ。
一方私は初めてだ。緊張する。
「おいっ。見たことのない料理が並んでいるぞ。食っていいのか」
先ほどまで「ドレス脱ぐ!」と騒いでいたキコアだけれど、今はテーブルの料理に熱い視線を注いでいる。
「いけませんわ。まずはパーティー主催者であるバナバザール侯爵様に挨拶をし、有力貴族に挨拶し、ほかの貴族にも挨拶し、知らない貴族に声をかけ、余裕があれば招かれた商人やお客人と顔見知りにならなければなりませんのよ」
「じゃあ、いつメシ食うんだよ!」
「そういえば。こういう場所でお食事した覚えはありませんわね」
キコアに突っ込まれたエリーは一瞬キョトンとすると、パーティーで食事したことはないという。
「ボクはいつもお腹いっぱいになるまで食べちゃうけどな」
シアンタは本当に名誉侯爵家の娘なんだろうか。
会場の中央では一人のお爺さんが多くの貴族に挨拶されていた。
白い裕福な髭をたくわえる体格のいい老人だ。なんとなく赤い服と帽子をかぶせ、トナカイが引くソリに乗せてあげたいと思った。
シアンタいわく、この人がバナバザール侯爵だという。
侯爵様とお話ししていた貴族は、しばらく立つとすぐに離れ、別の貴族が侯爵様に挨拶をする機会が巡って来る。
そんな貴族もしばらく経つと侯爵様の下から離れ、別の貴族が挨拶する。
エリーによれば、パーティーに招かれた者の全員が、主催者貴族に挨拶できるように作られたルールらしい。
全ての挨拶が終われば主催者貴族は席に着くという。
そのあとに話しかけるのも、どれだけ話し続けても、それは各人の勝手だとエリーは教えてくれた。
侯爵様には、貴族が挨拶し終えたあと、エリーを筆頭に私たちも挨拶しに伺った。
おはなしはエリーに任せた。エリーは子爵令嬢だし。
私たちはスカートの裾をつまんで頭を下げただけだ。
侯爵様はあとで私たちを貴族に紹介させてほしいと言い、私たちは侯爵様から離れた。
「これでメシ食っていいんだな」
「食べよう食べよう」
キコアとシアンタが猛獣のような勢いで料理に飛びかかる。
なんだか私は恥ずかしくなった。
エリーはオスニエル家の者として挨拶出来たことに満足そうだ。
ルティアさんは若い男性貴族に話しかけられている。ルティアさんが冒険者であることを告げると、男性貴族はとても驚いて去っていった。
それでも新たに別の若い男性が寄って来るのだ。
「それでは、これより皆に、数年ぶりにダンジョンの潜入記録を塗り替えた冒険者たちを紹介しよう!」
バナバザール侯爵は壇上に上がると、冒険者を招き寄せた。
冒険者ギルドのお姉さん経由で招待状をもらった私は、当初はダンジョンの潜入記録を更新したとして、私たちを労うためにパーティーが催されたのかと思った。
けれど、どうも定期的に開催されているパーティーに私たちを招いたらしい。
私たちがダンジョンに潜入している時期に、街で大規模な地盤沈下があったそうなのだ。
ダンジョンの通路は地下では縦横無尽に張り巡っている。深層から通路を通して、魔王竜の力が湧きあがってくる。
そんなダンジョンの通路は、街の直下にまで這っていると言っても、過言ではないようだ。
そんな通路に魔王竜の魂の力だ。
その悪影響で魔物が強化され、繁殖するのだけれど。
近年はそれだけに留まらず、街に地盤沈下などの悪影響も及ぼしている。
冒険者がダンジョンの深層に辿り着き、魔王竜の魂である魔王竜石を砕く。
あるいは深層に至るまでの経路を探り当て、騎士団に教えることが必要なんだ。
新たな地盤沈下。不安になる街の人々と貴族。
安心させるために、ダンジョン潜入記録を塗り替えた私たちを貴族に紹介するんだろう。
「まずは冒険者ギルド副支部長、スイルツ!」
「おおおっ!」
貴族たちが歓声を上げる。
檀上に招かれたスイルツは正装で手を上げ、貴族の歓声に答えていた。
スイルツも来ていたんだ。当然か。
彼も第3層『4分の2地点』まで到達したんだ。
侯爵様がスイルツの経歴や実績を語っていく。
そしてスイルツに発言権が渡り、語りはじめる。
周囲を見回してもボナパルテのパーティーメンバーはいない。
リーダーのボナパルテが負傷してしまい、ダンジョンへ再挑戦できないんだろう。
「第3層後半や第4層は激戦が予想されます。そこで私は新たに仲間を得ることにしました」
これまでソロでやってきたスイルツが仲間を作ったという。
「Aランク冒険者のバイオンです。さぁ、前へ!」
そこへ正装した筋骨隆々のオールバックの男性が壇上へ上がってきた。
雰囲気はアメリカのアクション俳優っぽいけれど、身長は2メートルを越えている規格外だ。
「バイオンだって? 魔物にやられて復帰不可能じゃなかったのか」
「たしか魔物はキメラだったな」
「半身不随だって聞いたのに。普通に歩いているぞ」
貴族の声に手を上げて答えるバイオン。
「ヌハハハハ! 我は帰って来た! 我が来たからには、もう大丈夫だ!」
バイオンは拳と拳を突き合わせ、上腕二頭筋を膨らませた。
「ダンジョンは必ず攻略する。この我が街を平和に導く。皆は安心して待っていてくれたまえ!」
Aランク冒険者。この街にはそんな人までいたのか。
「バイオン。キメラに打ちのめされて、仲間に引きずられながら生還したって聞いたのに。どうして?」
シアンタが不思議そうにしている。
「大ケガから奇跡の復帰を果たしたバイオンと共に20人程度のパーティを結成し、ダンジョン攻略に臨みます」
「街の危機だ。ゆっくり寝ていられなかったからな。さらに仕上がったこの肉体で、今度こそダンジョンの深層に辿り着いてやろう」
「皆さんは不安にならず、私たちの吉報を待っていて欲しい」
バイオンとスイルツの宣誓に貴族たちは湧きたった。
「次は平均ランクFながら第3層の半ばまで到達した奇跡の少女たちを紹介しよう」
次に侯爵様は私たちに手招きをした。
湧き立っていた貴族たちから沈黙が生まれる。
侯爵、どうしてこのタイミングで私たちを壇上に招くんだ。
「恐れることはありませんわ。私たちもダンジョン攻略の宣誓と参りましょう」
「行こう行こう!」
エリーとシアンタは壇上へと上がっていく。
私とルティアさん、キコアは後へついていく。
エリーが壇上で貴族たちに自己紹介とダンジョン攻略の宣誓をしようとした矢先だった。
「どうしてキサマがここにいる!」
侯爵の隣では髭を『八』の字に長く伸ばしたお爺さんが立っていた。
「お祖父さん! どうして……」
お爺さんを見たシアンタは驚きを隠せずにいた。




