76.再挑戦の準備
初めてのダンジョン潜入は第3層の『4分の2地点』まで行くことができた。
食糧や回復薬、武器が心もとなかった私たちは転移陣で地上に戻ることにした。
同じ場所まで潜入していたスイルツ、ケガを負ったボナパルテのパーティと共に転移陣でダンジョンの入口まで戻る。
「本当に地上に出てきちゃった」
潜入するときはあんなに時間がかかったのに、出てくるときは一瞬だ。
このあと私たちはスイルツとボナパルテのパーティの数人と一緒に冒険者ギルドへ出向いた。
冒険者のレクソビさんを殺し、ランベさんに重傷を負わせた竜魔人。
その正体が冒険者のマスカードであったこと。
さらにマスカードが新たな竜魔人に殺され、死体すら残らなかったことを報告するためだ。
ダンジョンでは冒険者が魔物に殺されることが多々あるという。
仲間が殺されたパーティのメンバー、もしくはほかの冒険者の亡骸を見つけた冒険者も、ギルドに報告しにいく義務があるのだという。
ギルドでは、亡くなった冒険者を発見したときの状況を、事細かに聞かれるのだ。ようは事情聴取だ。
これは冒険者同士がダンジョンという人目のないところで、魔物の素材を巡って殺人事件を起こさないための、一種の抑止力になっているとリナンは言っていた。
ボナパルテと共に医療院へ向かった人たちは、後日に事情聴取されるらしい。
☆☆☆
「もう夜になっちゃった」
聴取を終え、冒険者ギルドを出た頃には陽は落ちていた。
「それにしても一ヶ月と半月も過ぎていたなんて」
ダンジョンに突入してから一ヶ月半も過ぎていたのだ。
「中では昼も夜も関係ありませんから、時間の経過が分かりませんね」
そう返してくるルティアさんに「浦島太郎みたいだね」と言ったら不思議な表情をされた。
「さて、晩メシにしようぜ。久しぶりにちゃんとした料理を食いたい」
キコアは飲食店のある繁華街へズンズンと歩いていく。
「リナンさんも来ますわよね」
エリーはリナンを食事に誘う。
「ありがとうございます。あの、お姉さんがた。このあとのダンジョン攻略はどうされますか?」
リナンは私たちの顔を見まわした。
正直に言うと、ダンジョンへの再挑戦の日取りは決まっていない。
まずはダンジョンで得た素材を売り払って、休んで、ゴハン食べて。
再挑戦するにも食糧と薬草、ポーション、武器を買い揃えないとダメだ。
毛布も傷んでしまったので新しいものを買いたい。
冒険者ギルドで魔物のことをちゃんと調べたいし。
みんなで今後のことをはなし合いたいし。
そうなると、具体的な日取りなんてわからない。
私はルティアさんをBランクにしてあげたい。
シアンタのダンジョン攻略も協力してあげたい。
ダンジョン再挑戦はできるだけ早いほうが良いけれど。
「リナン、お姉さまがたがダンジョンを攻略する瞬間を是非とも見たいんです。リナンはこのあと商業ギルドで業務報告や地図の作製などで五日間はギルドに籠る予定です。そこで、再挑戦の日取りが決まったら、ギルドへ足を運んで頂けませんか」
リナンは手を組んで、祈るように見上げてきた。
「ギルドの受付でリナンを指名してください。第3層以降でお役に立てるか分かりませんが。リナン、ギルドの古い資料を読みこんで勉強します。再挑戦することがあれば、五日以内だろうと、六日後でも構いませんからリナンを連れていってください。仕事の調整はいくらでもできますので!」
そんなこと言われなくても、もうリナンは私たちの仲間だ。
再挑戦の日取りが決まり次第、商業ギルドへ行って案内人としてリナンを指名することを約束する。
さらに明日、ダンジョンで得た素材を売って得たお金で、リナンに案内人として活躍してくれた代金を払うことを約束した。
代金は商業ギルドの受付で払えば良いと教えてもらう。
「とりあえず、メシ行こうぜ」
キコアに促され、私たちはリナンを連れ、手の込んだ料理を食べに行った。
☆☆☆
その日は料亭のある宿屋に泊まった。
テントでもなければ夜番の必要もない、安心できる寝床だ。
リナンは晩御飯を食べ終わると、そのまま商業ギルドへ戻っていった。
ギルド内には案内人のための寝室があるそうで、翌朝から上司への報告や報告書の作成を始めるという。
朝になる。魔道具の時計を見ると、ちょっと朝寝坊だ。
「みんな、疲れているんだね」
リナンは既に仕事を始めた頃だろうな。
「まだ眠いよぉ。休もうよ」
「やらなくちゃいけないことが沢山あるんだ。寝たいんならギルドにでも行ってろ!」
キコアはシアンタを叩き起こす。
チェックアウトの時間を過ぎれば追加料金を取られてしまうからだ。
私たちは宿を出ると素材の買い取り業者のもとへ向かい、素材を売る。
お金を得たのち、冒険者ギルドの貸し部屋で、新たに買いそろえなければならない物は何か、自分たちに足りない知識はなんなのかを話しあった。
シアンタは本当に眠かったのか、部屋の隅で寝ていた。
☆☆☆
「ポーションに防具。結構高いんだね」
ダンジョンではグランドスネークやデッドマンサラマンダーなど、素材を売れば高値で売れる魔物を倒し続けてきた。
それでも商業ギルドでリナンの案内人代を払い、ポーションや防具、新たな服や消耗品を買いそろえたら、収支がほぼプラスマイナスゼロになってしまったのだ。
「もしかして冒険者が儲からないようなカラクリになっているんじゃ?」
冒険者が儲けた末に冒険者を辞めてしまったら、ダンジョンで魔物を狩る者がいなくなってしまう。
侯爵領としては、それはマズイのだ。
「フフ。そうかも知れませんね」
私の発言を受けたルティアさんが苦笑している。
今は冒険者ギルドの資料室で魔物について調べている最中だ。
ダンジョンへ潜入する前にも調べていたけれど、そのときは楽観視していたのか、資料を読みこんでいたはずなのに覚えていない記述が沢山あることに驚く。
フライングフロッグ。紫色の種類は毒があったのか。
あれ? キコア、焼いて普通に食べていなかったっけ?
出会っていない魔物も結構いるみたいだ。
次は出くわすかもしれない。危機に陥れてくるかもしれない。
そう考えながら資料を丹念に読みこんだ。
「ボナパルテが借金してまでカタマンタイトの剣を借りた理由が分かったかも」
その日の夕方。新たにルティアさんの剣を買った途端、収支がマイナスになった。
これでは私とキコアの新たな武器は買えない。
「あれだけの大冒険をしたのに、遊んで暮らせるお金が手に入らないなんて」
「そりゃそうだ」
キコアが笑う。
ダンジョンで命がけの戦いをする。素材を得る。食事をして休む。傷んだ武器や道具を買い替える。お金が底をつく。再びダンジョンに挑戦する。
こんなことを繰り返している冒険者には頭が下がる。
晩御飯のために料亭へ行き、節約のために冒険者用の安宿へ泊まる。
こうして休日の一日目は過ぎていった。
二日目。この日も話し合いや勉強のため、冒険者ギルドへ行く。
するとギルド職員や冒険者が、私たちに視線を送って来る。
壁の張り紙には数年ぶりにダンジョンの潜入記録が塗り替えられたと書かれてあった。
スイルツやボナパルテのパーティメンバーの名前と共に、私たちの名前も書かれてあった。
「アイツらなんじゃないか?」
「シアンタもいるし、あの小娘たちが第3層の途中まで」
「マジかよ」
冒険者たちが口々にする。
張り紙に顔写真なんて載ってなくても、分かるもんなんだな。
☆☆☆
「それじゃあ再挑戦は4日後で良いかな」
ギルドの貸し部屋で話しあった末、4日後に再挑戦することになった。
ダンジョンでは時間と食糧を節約するためにも、できるだけ魔物とは戦わず、先を目指すこと。
それでも素材を得なければ活動資金が得られないので、グランドスネークやビッグモールなど、換金率の高い素材の魔物は必ず狩ること。
第3層以降は罠を調べる担当と、魔物を足止めする担当を分けること。
それらをはなしあって、初見の魔物でも混乱しないよう対策を練った。
「4日後でしたらリナンを誘えますわね。その頃には商業ギルドのお仕事も終えているでしょうし」
「それまでは遊べるね」
エリーの言葉にシアンタが反応する。
収支がマイナスである現状、遊ぶお金はないので大人しくしていて欲しいと思う。
今から商業ギルドへ行き、案内人役として4日後のリナンの予約を取ろうかと考えているときだった。
貸し部屋の扉が叩かれる。
「フィリナさんたちのご一行ですか」
扉を開けて入ってきたのはギルド職員のお姉さんだった。
「さきほど侯爵様の使いの方がいらっしゃいました。なんでもダンジョン攻略の記録を塗り替えたフィリナさんたちを、パーティーに招きたいとのことです!」




