74.第3層『4分の2地点』
第3層『4分の2地点』初日。
私たちの前にオーガが立ち塞がった。
「オーガって、第2層のオーガ村にいたオーガ?」
「ええ。一体しかいないようですが大きさからしてオーガリーダー。だったら、はぐれオーガでしょうか」
はぐれ? ルティアさんは説明を続ける。
「若い魔物の中には、群れの長に戦いを挑み、敗北して群れを出る個体があります。この魔物は恐らく」
「だったらオーガキングに戦いを挑んで、ここまで逃げてきたってこと?」
「オーガキングと戦うくらい強いってこと?」
私の質問にシアンタもかぶせてくる。
はぐれオーガは棍棒を振りかざした。
「だったら強敵じゃねぇか!」
「強敵ばかりでしたわよ」
キコアとエリーが相手の隙をついて攻撃を加えるも、はぐれオーガは意に介さない。
ほかの魔物に比べて頑丈なんだ。
「ここがボクがやっつけてあげるよ……げきゃあっ!」
シアンタが果敢に挑み、派手に吹き飛ばされる。
「ブルカノドン×火炎!」
魔法の炎をはぐれオーガにぶつける。
ところが相手は、少し強い風にあおられた程度の反応だ。
妖精憑依したルティアさんが素早い動きで斬りつけるものの、その刃は通りにくい。
「どうするんだ? この前みたいに逃げるか?」
キコアの言うとおり、ダンジョン潜入の目的は魔物の全滅じゃない。
倒せない敵なら逃げるのも手だ。
だけど、この通路はしばらく一本道だ。敵だって追ってくる。
途中で分岐点があればいいけれど。
オーガ村では、村から通路に避難した途端、通路の入口が塞がれてオーガの追手から逃れることができた。
今回は都合よくない。逃走するのは良いけれど、この先には罠があるかもしれない。
じっくり周囲を警戒しながら、逃げることはできない。
「私が作った落とし穴に落としてやりますわ」
エリーが果敢に向かっていく。
『待て。そんな相手を力技で押し込む気かよ』
「まともにぶつかったら危ないよ。ボクだって吹き飛ばされたんだから」
『オマエは無謀なだけだろ』
聖竜剣とシアンタがエリーを止める。
敵は3メートルを越える魔物だ。
生身で、相撲みたいに組みあうのは危険すぎる。
「だったら、これですわ!」
エリーははぐれオーガが出現するときに壊した壁の瓦礫を手にした。
とても大きくて、手にしたエリーの身体が隠れるくらいだ。
「ええいっ!」
これを盾にしたエリーは、そのまま敵に突っ込んだ。
敵も瓦礫を押し返すように掴む。
エリー、少しずつ押し返され始めている。
「このまま落とし穴に落としても、それで倒せるの?」
不安げなシアンタだ。落とし穴の底には金属のトゲがある。
それでもはぐれオーガを倒せるかどうか。
私に『ブルカノドン×火炎』以上の火力があれば。
「……あ。あった」
思い出した。魔竜と戦ったときだ。
「エリー、そのまま頑張って落とし穴に落として。リナンは火を起こして。いつでも火矢を作れるように」
「は……はい!」
パンファギア×収納。
魔法空間から弓と矢を出してキコアに投げ渡す。
「何か思いついたんですね。お手伝いします」
「ボクだって!」
ルティアさんとシアンタがはぐれオーガの背面から、両膝の裏めがけて強烈な剣撃を加える。
エリーと力勝負していたはぐれオーガは、両足の膝カックンを受けて体勢を崩してしまった。
「ぬわぁぁぉぉ!」
とても貴族の御令嬢とは思えない雄叫びをあげながら、エリーは瓦礫越しに敵を押し出しはじめた。
このあいだに私は落とし穴の前に立つ。
「ガソサウルス×可燃性ガス。消費魔力は……とりあえず10倍!」
一気に40もの魔力が持っていかれる。
私の手から高濃度の可燃性ガスが落とし穴の底に向かって発射される。
ああ臭い。早く落とし穴を満たしてくれ。
そのあいだにも、エリーは瓦礫越しに敵を押し出し、ついに瓦礫と共に、敵を落とし穴に突き落とした。
はぐれオーガの叫びと共に、ムワッとしたガスが上昇してきた。臭い。
覗きこむと、敵はケガをしながらも、穴の壁に爪をたて這い出そうとしている。
「フィリナ、火矢できたぞ!」
キコアが火矢を構えている。
「みんな、もっと離れて!」
疲れたエリーの手を取って走る。
それを見たルティアさんたちも通路の奥へと走る。
「これ以上離れたら届かないぞ」
「じゃあ射って!」
キコアは立ち止まると、私とエリーがすれ違うのと同時に、火矢を射った。
火矢は弧を描いて落とし穴に沈む。
そして大爆発が起こった。
消費魔力10倍で濃度も10倍。多分。
そんな可燃性ガスに満たされた落とし穴に火矢が突っ込んだ。
思った通りの大爆発。
はぐれオーガはもちろん、落とし穴周辺は黒焦げになり、周囲の石畳にはヒビが入っている。
『なんて倒し方するんだ。俺様が生きていた頃、オマエらみたいな戦士はいなかったぞ』
聖竜剣は呆れているのか感心しているのか、何とも言えない声色だ。
「落とし穴のような狭い空間だから、ガスを満たせると思ったんだ」
通路を可燃性ガスで満たすことは危ないし、理想的ではないから。
こうしてはぐれオーガに勝つことが出来たのだ。
☆☆☆
第3層『4分の2地点』潜入11日目。
そろそろ安全区画に出てもいい頃だろうと、誰もが疲れた表情でダンジョンを攻略しているときだった。
「この先で誰かが戦っています」
妖精憑依したルティアさんが、頭の猫耳を動かしながら立ち止まった。
みんなで慎重に進んでいくと、私の耳にも雄叫びが聞こえてくる。
そこは広場。覗いてみればボナパルテのパーティが大きな魔物と戦っていた。
「あれはサイクロプス! 騎士団が全員で挑むような魔物です!」
ルティアさんが叫ぶ魔物。
それは10メートルを越える灰色の一つ目巨人だった。
「あんな魔物までダンジョンにいるなんて」
「はい。先達が遭遇したという記録はありますが、それにしたって大きくなっています」
リナンのはなしだと、縦はもちろん、横にがっしりしているのだという。
ボナパルテはもちろん、パーティメンバーの強面の剣使いや槍使いが必死に立ちまわり、魔法士たちが後方から攻撃魔法を浴びせている。
「あんな相手、どうやって倒すんですの?」
「騎士団が戦うとき、単純に長期戦になると聞いています。とにかく攻撃を当てるのだと」
「ボクたち、どうするの?」
「騎士団が相手にするような魔物だろ。ボナパルテのパーティだけで勝てるかよ。加勢しようぜ」
シアンタにキコアが答えたのを合図に、私たちはボナパルテたちの下へ駆ける。
「シアンタか! 助太刀は無用だ!」
ボナパルテが私たちを制した。
そのあいだにもボナパルテの仲間たちが剣や槍を魔物に叩きこむ。
魔物は目から眩しい電撃を発射した。
「うおおおっ!?」
ボナパルテに直撃した。
「ボナパルテさん!」
彼の仲間たちが悲痛な叫びを上げる。
「まだだ! こんなの所では死ねん! 特技、全反射!」
感電死するかと思われたボナパルテが硬魔法金属カタマンタイトの剣を薙ぎ払った途端、電撃は魔物へ向かっていく。
はね返された電撃はサイクロプスの目に直撃。叫び声が部屋に響いた。
この隙にボナパルテは魔物の頭部にまで跳躍すると、剣を振り下ろす。
「疲労困憊の俺と、傷を負ったオマエ。どちらが勝つかな」
「ギャオオェェ!」
頭から股にかけて、大きく斬り裂かれたサイクロプスはうしろに倒れるのだった。
「はあ、はあ……」
息切れしているボナパルテのパーティメンバーが、彼に拍手を送っている。
「あんな魔物、倒しちまうなんて」
「あれがBランク冒険者。お兄さまが騎士にしたがるのも分かります」
キコアとルティアさんが、驚いた様子でボナパルテを見つめる。
そんなボナパルテは結構フラフラだ。
「この先、あんな魔物がたくさん出てくるのかな」
『だからオマエにはダンジョン攻略は早いって言っているんだ。さっさとアルバレッツの家に戻れよ』
「そんな。ボクだってダンジョン攻略くらい出来るもん!」
シアンタは聖竜剣に反論している。
そのときだ。
ボナパルテの背後から槍が投げつけられた。
「ぐああっ!?」
槍はボナパルテの脇腹を貫通。
彼はそのまま床に倒れこんだ。
「ケケケ。隙だらけだな」
ボナパルテの仲間が驚く中、舞い降りてきたのは紫の竜魔人だった。
「ボナパルテには全反射の特技があるからよ。この瞬間を待っていたぜ。全反射。再び使うには一晩あけなくちゃいけないんだろ。今のオマエは特技のない冒険者だ。このまま死んでもらうぜ!」
「うう……」
ボナパルテは……まだ生きている。槍が急所を外したからかな。
竜魔人はボナパルテに近づいていく。
「リーダーをやらせるか!」
「オマエが噂の冒険者殺しか!」
仲間たちが竜魔人に迫るけれど、竜魔人の手から発生した竜巻で蹴散らされた。
「ケケっ。さて、生意気な上級冒険者を血祭りにあげるか」
竜魔人はボナパルテの脇腹から槍を引き抜くと、さらに突き刺そうと高く構える。
このままでは彼が殺されてしまう。
コンプソグナトゥス×走力強化!
全速力でボナパルテに迫る竜魔人へ駆けた。
「なんだ? テメぇの足は!」
竜魔人は右手から、横向きの竜巻を撃ってくるけれど、私は走りながら右へ左へコースを変えて竜魔人に接近する。
「アギリサウルス×俊敏性強化(中)!」
竜魔人に体当たりする寸前で恐竜×魔法を変更。
筋力を強化して竜魔人にぶつかり、ボナパルテから引き離す。
「誰だ、テメぇは!」
「冒険者だ! 今度こそ逃がさない!」




