73.コンプソグナトゥス×走力強化
第3層潜入3日目。
辿り着いたのは左右に長い広場。
左の行き止まりにある扉の解錠を試みるため、右の行き止まりにある水晶玉を台座から下ろすことを考えた。
安全を考え、エリーが扉の前から水晶玉にむかって石を投げる。
命中した水晶玉は台座から落ちたものの、変化があったのは左端の扉ではなく、水晶玉がある右端の壁。
隠し扉が現れた。
同時に、私たちが立っている左端の天井が下りてきてしまったのだ。
「なんて大がかりな罠!」
「単純に右に行って水晶玉をどかせば良かったじゃねえか!」
「どう見たって、あちら側が罠だって思いますわよ!」
キコアとエリーが天井を見上げながら叫ぶ。
降りてくる天井の速度は遅いものの、このままでは潰されちゃう。
「ブルカノドン×火炎!」
消費魔力を10倍にして扉に向かって放った。
でも扉はビクともしない。もっと消費魔力を増やすしかないのか。
「走りましょう、フィリナさん!」
ルティアさんは妖精憑依し、リナンをおんぶしている。
広場右側の隠し扉付近では天井は落ちてきていない。
私たちがこの広場にやってきた出口は……すでに新たに現れた壁によって塞がれてしまっていた。
すると広場右側まで走りきるしかない。
でも距離は500メートル以上ある。
天井を見上げる。500メートル走りきる余裕なんてない。
到達する前に天井に押しつぶされてしまう!
「考えんな! 走るぞ!」
キコアの声でみんな一斉に走り出した。
天井がジワジワと迫ってくる。
走りながら考える。どうする?
アギリサウルス×俊敏性強化(中)で速度と筋力を強化して、みんなを担いで隠し扉まで走る?
無理だ。4人も担ぐことはできない。
ダトウサウルス×付与術。
これならルティアさん、キコア、エリーを強化することができる。足だって速くなる。
それぞれが私とリナン、シアンタを担いで隠し扉まで走ってもらえれば……。
これも無理だ。天井が下りてくる速度のほうが早い。
天井はどんどん迫ってくる。小石や土まで落ちてくる。
前方に落ちれば、じゅうぶんに障害物だ。
「きゃあっ!」
エリーが落ちてきた石に足を取られ、転倒してしまった。
「先に行って下さいまし!」
「うるせぇ! 一緒に走れ!」
エリーが転倒したことに気付いたキコアは、引き返し、エリーのうしろ襟をつかんで急いで立たせた。二人は再び走りだす。
そのあいだにも天井は迫って来ている。
右側の隠し扉まで、まだまだ距離がある。まだ半分も走りきっていないのだ。
隠し扉の前。床に落ちた赤い水晶玉。
これを台座に戻せば天井の降下は止まるのだろうか。
誰かがあそこに辿り着いて、水晶玉を元の位置に戻せば……確証はないけれど、試すしかない。
ステータスオープン!
アギリサウルス×俊敏性強化(中)の速度でも、もう間にあわない。
「でも」
走りながら、左右のステータス画面を素早くスワイプ。
かつて魔竜と戦ったとき、五つの恐竜×魔法の組み合わせが解禁された。
最後のひとつ。時間がかかったけれど、既に答えは出している。
「出番だ! コンプソグナトゥス×走力強化!」
コンプソグナトゥスは二足歩行の恐竜だ。
どうして私がこの恐竜と、走力強化の魔法を組み合わせたのかというと、単純にいろんな恐竜と魔法を組み合わせていたら偶然当たっただけなんだ。
だから引き当てるまで時間がかかってしまった。
「うおおおっ!」
全速力で走る。この恐竜と魔法の力を使えば、足がとても速くなる。
速度は俊敏性強化(中)以上だ。
反面、俊敏性強化(小)や(中)ほどの筋力・動体視力の強化までには至らない。
だからこれまで、ダンジョンの潜入や魔物との戦いでは使う機会がなかった。
「みんな! 私が水晶玉を元に戻す!」
「え? フィリナさん?」
ルティアさんを追い越す。足がグングン動く。
これは魔剛馬よりも速い。クルマや電車よりも速い。もしかすると新幹線並みだ。
天井が下りてくる。もう手を伸ばせば届きそうだ。
頭をぶつけないよう、前傾姿勢になって走り続け………広場の右端に滑り込む。
「えええいっ!」
そのまま水晶玉に抱きついて、それを台座の上に置き直した。
「これで、どう?」
天井は……止まった!
そして隠し扉は塞がれ、天井は上がっていく。
「よ……よかった」
シアンタが心身ともに疲れた様子で座り込んだ。
みんなも溜息をつきながら、走りきった私に視線を向けていた。
☆☆☆
第3層潜入10日目。
「おめでとうございます。第3層『4分の1地点』を突破しました。安全区域ですよ!」
リナンが私たちにお祝いの言葉を向けてくれる。
「今日はここで休みましょう」
ルティアさんが言うと、みんなその場で座り込んでしまった。
「お姉さんがた、スゴイです。ここ数年の最高記録です。ほかの冒険者では到達できなかったというのに」
「うん……そのかわり、何度も死にそうになったね」
「ええ。天井が落ちてくる罠。あれは最悪でしたわ」
「魔物だってヤバいヤツばかりだったぞ。なんだよ、あの白いウネウネしたヤツは」
シアンタとエリー、キコアは疲労困憊という感じだ。
7日前の天井が落ちてくる罠。
みんなが水晶玉まで走りきってから、再び台座から水晶玉を落とすと、隠し扉は現れてくれた。
キコアの言うウネウネした白い魔物。大きなイカだった。
イカが海水もないダンジョンにいたことに驚いたのはもちろんだけど、みんなはイカを知らないらしく、その特徴的な体を不気味がっていた。
そういえば、この世界に来てから海を見たことがないな。
イスキガラスト王国の南側には海があるようだから、いつかみんなと行ってみたいな。
「『4分の1地点』を突破するのに、10日もかかったね」
「はい。でも魔物が強化され、罠もある状況です。先達が挑んだときよりも難易度が増しているため、むしろ10日での突破は誇るべきかと」
リナンは強く肯定してくれた。
『んで。どうするんだ。このまま進むのかよ』
聖竜剣は問いかけてくる。その声色から、無理をするなと言いたげだ。
「この安全区画には転移陣はないんでしょ。戻るにしても、また10日だよ」
「戻るにしても地獄ですわね」
「じゃあ進んでも同じだな」
エリーとキコアに、うんうんと頷くシアンタ。
『そうかよ』
こんなダンジョンで、ほかの冒険者は無事でいるのだろうか。
☆☆☆
翌日。第3層『4分の2地点』潜入。
「罠ですわね」
通路を進んでいると、エリーが一部だけ床がへこんでいる個所を見つける。
「だんだん罠を見破ることができるようになりましたわ」
「ボクもだよ」
シアンタも罠を見つけるようになってきた。
罠を踏まないように通り過ぎる。十分距離をとったあと。
「さてと」
エリーはスカートの裾をつまみ、バサバサと振ると、スカートの中から石が落ちた。
「どこかで見たことがある石だな」
「キコア、これは天井が落ちてくる罠の部屋で、私を躓かせた石ですわ。記念に拾っておきましたの」
「なんの記念だよ」
エリーは自らを躓かせた石を、床がへこんでいる個所に投げつけた。
石が当たった個所を中心に、床がボロボロと抜け落ちる。
底を覗けば、だいぶ縦に深い。
下には金属のトゲトゲがこちらに向いている。
「なぁエリー、また天井が落ちてくる罠だったら、どうする気でいたんだ?」
「あ! それもそうですわね。今後、罠を見つけても無視しますわ」
キコアに注意されたエリーが謝罪する。
エリーは好奇心からか、罠のスイッチを見つけると、どうしても押したくなってしまうようなのだ。
これまでもスイッチを通り過ぎて、十分距離をとってから、何度もスイッチに石を投げつけて罠を発動させていた。
そのおかげでリナンは詳細な記録をとることができたのだけれど。
ズガァァン!
前方の壁が崩れる。
崩れた壁の向こう、暗くてよく見えないけれど、魔物の気配がする。
「エリー、だから罠!」
「キコア、私は何もしていませんわ!」
私たちは暗闇の中の魔物に対して武器を構えた。
暗闇から出てきたのはオーガだった。




