71.紫の竜魔人、再び
ダンジョン潜入中にランベさん率いる別のパーティと一緒になった。
私たちの前に誰も知らない通路が現れる。
そんな通路でゴールドピーコックという高値の魔物を見つけたランベさん、いきなり通路に突っ込んだ。
同時に通路の入口は壁で塞がれてしまう。
竜魔人がダンジョンに潜伏しているかもしれない現状、一人にするのはマズイ。
ランベさんの仲間、プエルタさんと共に魔法で壁を破壊。
孤立したランベさんを救うべく、私たちは新通路に突入した。
「ランベー!」
弓の冒険者さんが走りながら名前を呼ぶものの、通路には姿も返事もない。
通路の奥に行ってしまったようだ。
さらに通路を奥へと進めば、広場に出る。
そこでは血まみれで座り込むランベさんと、槍を構える紫の竜魔人がいた。
その槍には血が滴っている。
「てめぇ。不意打ちしやがって」
「不意にパーティから人を追いだし、不意にほかのパーティから人を引き抜いたのは、どこの誰だよ?」
ランベさんは重傷だ。気力だけで意識を保っているようなモノ。
竜魔人の攻撃からは逃げられない。
「ケケケ。何がBランクか。その程度か。ああ、良い光景だぜ。オマエをこうして見下せるなんてな。さて、そろそろトドメだ」
竜魔人が槍でランベさんを突き刺そうとする。
「アギリサウルス×俊敏性強化(中)!」
ランベさんの正面に滑り込み、剣で竜魔人の槍を受け止めた。
「ランベー!」
続いてランベさんの仲間たちが竜魔人に接近する。
「もう仲間が来やがったのか。メンドクセェ。ランベ、次会ったときは必ずブチ殺してやる!」
竜魔人を中心に竜巻が巻きおこる。
「風の……竜魔人」
この竜魔人もマルネスと同様に風の魔王竜の血を取りこんだ人間なの?
竜魔人は浮き上がると、広場の奥にある通路から出ていった。すごい速さだ。
追いかける? でもダンジョンで一人になるのは危険だ。
振り向けば、ランベさんが仲間に抱えられながら、ぐったりしている。
広場の隅でゴールドピーコックが不思議そうな顔をしてこちらを窺っていた。
「ランベ、がんばれよ。ここは第2層の終わりだ。外に出れば転移陣で地上に戻れる」
「うう……」
血まみれのランベさんは竜魔人が逃亡した直後、意識を失ってしまった。
全身の傷は、プエルタさんたちのポーションである程度塞がってくれた。
問題は致命傷である首の切り傷だ。
槍で斬りつけられたようだ。出血がおびただしい。
ここまでの致命傷となると、ポーションでの回復は難しいようだ。
私たちが持っているポーションを、さらに飲ませてなんとか出血は治まった。
さらにデッドマンサラマンダーを倒して得た、傷に良く効く体液を首の切り傷に思いきり擦りこんだ。
「……すまねぇ」
おかげで意識は取り戻し、今は仲間の大男さんに背負われている。
みんなで第2層の出口を目指している。
傷は塞がっても出血した血までは回復しない。
そこまで回復させるにはハイポーションという魔法薬が必要になるそうだ。
ここに回復魔法が使える冒険者がいれば、少しは状況が良くなったのかもしれない。
「ゴールドピーコックは囮だったのかな」
「その可能性が高いですね」
ルティアさんは頷いた。
竜魔人がランベさんに投げかけていた言葉。標的は誰でも良かったとは思えない。
ランベさんがお金になる魔物が大好きという性格すら把握していて、孤立させたのだとすれば。
「プエルタさん。ランベさんに恨みを持っている人、知らないかな?」
言葉に詰まるプエルタさん。
すると弓の冒険者が小声で、そっと教えてくれた。
「恨みを買いやすいんだ」
ランベさんは強力な冒険者を見つければ、その人がほかのパーティに在籍していようが、お金の力で引き抜いてしまう。
それを繰り返せば自分のパーティの人員が増えてしまう。
そうなる前に、弱い冒険者を辞めさせて、パーティ内の給金を下げないようにする。
たとえば強力な魔法使いを仲間にしたら、それまでの魔法使いを辞めさせる。
そんなことを繰り返し、辞めていった冒険者の数は本人すら把握していないという。
竜魔人の正体なんて見当もつかないようだ。
「腕は良いヤツなんだけどな」
弓の冒険者は残念そうな顔をした。
冒険者という実力社会でも、人柄が重要なのかと思った。
☆☆☆
ケガをしたランベさん、そんな彼を守りながら進むプエルタさんのため、私たちは襲ってくる魔物と戦った。
そうして……。
「やっと終わった!」
シアンタが歓喜の声を上げた。
第2層『4分の4地点』突破。
私たちは第2層と第3層のあいだに辿りついたんだ。
広大な土地。
地下なので第1層と第2層の谷底のように、太陽もなければ青空もないけど。
「どうしたんだ」
この場所で駐在していると思われるギルド職員が近づいてきた。
「竜魔人に襲われたんです。レクソビさんを襲ったヤツです」
「副支部長から聞いている。また現れたというのか」
「ランベ。転移陣だ。地上に戻れるぞ」
ランベさんの仲間たちは、彼に声をかけながら転移陣へ歩いていく。
「あの、フィリナさん」
プエルタさんは手にしていた、縄で縛りあげているゴールドピーコックを差し出してきた。
「これは、ここまで護衛してもらったお礼です」
「いいよ。ランベさんの治療費に使ってあげて。それに、ランベさんがあの状態だと、しばらくダンジョンには潜れないよね。しばらくの生活費に充てて」
プエルタさんは逡巡するように間をおくと、このお礼は絶対すると言って転移陣へと向かって行った。
ランベさんの仲間たちは頭を下げると転移陣に踏み込み、足下からの光りに包まれて消えていった。
「あれが転移陣」
「はい。今ごろ地上に戻っています」
レクソビさんとランベさん。二人の共通点はBランク冒険者。
そしてパーティのリーダーだ。
「キミたち。詳しく教えてくれないか」
先ほどのギルド職員が声をかけてくる。
「私たちも教えてほしいことがあります。私たちよりも少し早く、この場所に辿り着いた冒険者はいませんでしたか」
竜魔人は広場の通路から逃走した。
私たちは、その通路からここまでやってきた。
「それなら向こうで休んでいる二人と一組のパーティだ。もっとも、この一日でやってきたのは、向こうにいる彼らだけだが」
ギルド職員の言うとおり、二人と一組のパーティが、何事かとこちらを見ている。
もしかして、あの中に竜魔人がいるのかも。
「あの、私たちが出てきた出口からやってきた人は」
「フィリナさん」
リナンの声に振り向けば、みんなは出口を見つめている。
出口はひとつしかなかったのだ。
そういえば通路を進んでいると、幾つかの通路と合流していたっけ。
「じゃあ、あの人たちの誰かが竜魔人ってこと?」
私たちはギルド職員に説明した。
ギルド職員はとてもショックを受けたようだ。
魔物が強化され、多くの上級冒険者が必要なときに事件が起きたんだ。
今晩はここでテントを張る。
私たち以外には二人のソロ冒険者と、一組のパーティがいる。
そのうちのソロ冒険者の一人はスイルツさんという。
この人は冒険者ギルドの副支部長で、ギルド職員を代表してダンジョン攻略を目指しているそうだ。
ギルド職員に私たちが事件の説明をしていると、同席させてほしいと、自己紹介された。
この人はこのまま第3層に潜入するという。
もう一人のソロ冒険者はマスカードという人。
パーティのほうの代表はボナパルテというBランクだ。
☆☆☆
「マスカードが怪しいと思う」
今晩は剣術の稽古をすることなく、テントで早めに就寝することになった。
私たちはテントの中で竜魔人の正体について考えている。
この場所の夜番はギルド職員がやってくれているから安心だ。
「シアンタ、どうしてそう思うの?」
「だってこれまで弱いんだよ。この場所にいるなんておかしいよ」
シアンタには既に竜魔人となったマルネスのことを知らせている。
剣術や武術に縁がなかった貴族のマルネスが、竜魔人に変貌したとたん、強くなったのだ。
竜魔人になれば強くなる。
マスカードは弱かった。
そんな人がソロで第2層を突破できている。
シアンタは怪しいというのだ。
「もともとマスカードはランベのパーティにいたんだ。辞めさせられてからというもの、いろんなパーティに自分を売り込んでいたけれど、仲間にさせてもらえなかったんだよ。ソロでもあんまり活躍できてなかったし」
「そう言えばレクソビさんのパーティに加入させてくれと頭を下げていたのを見たことがあります」
「リナン、それでどうなったの?」
「断られていました。マスカードさん、自分の実力にあったパーティに自分を売り込めばよかったのに」
マスカードはしばらく姿を見せていなかった。
そして第2層を突破した先で現れた。
「では竜魔人の正体はマスカードでしょうか」
「ルティアさん、リナンはスイルツさんも怪しいと思います」
今度はリナンが、ギルド副支部長が怪しいと言う。
エリーが首を傾げる。
「副支部長ならソロでここまで到達していても、おかしくないんではなくて?」
「スイルツさんは副支部長でも弱かったんです。支部長、副支部長の多くは元冒険者の実力者ですが、スイルツさんはギルド幹部の息子。たいした経験がないにもかかわらず冒険者を査定する立場ですから、一部からは嫌われています」
それがこの数ヶ月でメキメキと力をつけて、今では一人で第3層を目指している。
「本人は周囲に、力を隠してきた、ダンジョン攻略に時間がかかり過ぎているので自分も参加することにした。そう言っているそうです」
こちらも急に強くなったと思われている人間だ。
一部の冒険者から嫌われていたのなら、何らかのトラブルがあったのかもしれない。
その相手がランベさんたちだとしたら。
「単純にボナパルテじゃね?」
今度はキコアだ。
「ボナパルテのパーティはダンジョン攻略に一番近いパーティのひとつだって言われているんだろ。同じBランクリーダーのいるパーティが邪魔だったんだよ」
「結局、全員怪しいではないですの!」
『俺様はギルド職員が怪しいと思うぜ』
「アンガトラマは黙っててよ!」
「もしかしたら、まだ私たちが知らない人間がいるかもしれませんね」
「ルティアも黙っててよ!」
シアンタが頭を抱えてしまった。
つまり全員どころか、まだ会っていない人間まで怪しくなってしまったのだ。




