7.『恐竜』と『魔法』
南西の隣村に現れたファイヤーゴブリンの対策として、村の周囲の柵を補強させることになった。
午後の作業では別の大人たちがやってきた。お祖父さんは自分の畑の作業をするために、ここから離れた。
特技は使えなかった。ステータス画面の文字に触れても反応してくれなかったのだ。
朝と違って明らかに自分の中のナニカ……たぶん魔力……が全て抜けきっている感覚がある。魔力がなければ特技の魔法も使えない。
そんなわけで午後はヘレラちゃんたちとともに子供ができる範囲内で柵の補強に参加している。
午後の作業が始まって間もない頃。
「げっ、ピサノ」
誰かが言ったその名前で作業していた村人らの手が一瞬止まった。
皆の視線が、やって来た一人の男に集中する。
ピサノ。私の伯父の名前だ。
「何しに来たんだよ」
村人の一人が伯父に聞いた。伯父はバツの悪そうな顔をしている。
「柵を作っているんだろう。俺も参加させてくれ」
「え? あ……いや、間にあってるんだ。オマエは夜の番の仕事が控えているだろ。休んでろよ」
「……そうか。じゃあウチの畑に行ってくる」
伯父は、それだけ言うと畑の方へ歩いていった。
人手が足りているなんて嘘だ。きっと村人は伯父が嫌いなんだ。
「まさかピサノが来るなんてな。次期村長になるために真面目になったのか?」
「なにが次期村長だ。俺は絶対に推さねえぞ。あんなヤツ」
「だいたい元冒険者なら、ピサノがゴブリン退治に行くべきだったんだ」
大人たちは伯父の悪口を言いだした。
それでも作業は進んでいく。
柵の補強が終わらないまま夕方になった。当然だ。村の外周全部なんだ。重機なんてないんだ。
「バイバーイ」
「また明日ね」
今日の作業はこれで終わり。今晩もファイヤーゴブリンが村に来ないことを祈るしかない。
一緒に働いていた女の子たちと別れる。大人たちも帰っていく。
「さぁフィリナちゃん、私と帰ろう」
「うん」
ヘレラちゃんと並んで帰る。
前方では先ほど別れた女の子の一人が、さらに前へ駆け出し、先ほどまで柵造りをしていた男の人の腕にしがみついた。
男の人は女の子と顔を見合わせ、共に歩いていく。
きっとあの二人は親子なんだ。
「フィリナちゃん!」
ヘレラちゃんは唐突に私の手を握りしめた。
「私がついているからね!」
「え、うん」
気を使わせてしまったな。
しばらく歩いていると。
「フィリナだ! 怪力女だ!」
三人の男の子がいた。
怪力女というのは、きっと『腕力強化』で大人でも運べない木材を持ち上げたことが由来なんだろう。三人とも作業現場で見た顔だ。
「フィリナちゃん、無視していいよ。コイツらいつも女の子をいじめてるんだから」
「ヘレラは黙ってろ。俺はフィリナに殴られたんだ。絶対に今度は負けねぇ」
「何言ってんの。オマエが女の子をいじめたからフィリナちゃんに仕返しされただけでしょうが」
「おいフィリナ。無視すんなよ。俺と勝負だ」
「無視されて当然だバカ! 帰ってキ○タマでも洗ってろ。能なしども!」
女の子をいじめる男子も男子だけど、ヘレラちゃんもすごいな。
「そもそもフィリナちゃんは重い木を投げたんだ。オマエたちに同じことができるの? 自分より強い子にケンカ売ってることが分かってんのか!」
「あ……」
勢いよかった二人の男子が固まった。
ヘレラちゃんは私の手を引っ張って、この場を去ろうとする。
「待って」
「え?」
私はヘレラちゃんの手を放して男の子に頭を下げた。
「殴ってゴメンね。痛かったよね。女の子をいじめなかったら、私は殴らないから。だから、これからは女の子をいじめず、仲良くしてほしいんだ。お願い」
頭を上げると、二人の男の子は口をあけて私を見ていた。
「あのフィリナが謝った」
「今日のフィリナはおかしいぞ」
そこまで言うのか。
「フィリナ……」
ここで、ずっと黙っていた、あと一人の男の子が初めてはなしかけてきた。
「僕の父さんはフィリナと一緒にゴブリン退治に出掛けた。そこで焼き殺された。どうして生き返ったのがフィリナで、僕の父さんではないんだ」
「え……」
「フィリナの伯父さんが仕組んだ罠だって聞いたぞ。すごい魔物がいるのに、ただのゴブリンだって言って退治に行かせて殺したんだ。父さんはフィリナの家族のケンカに……巻き込まれて……死んだんだ……」
男の子は泣き出してしまった。
「お父さんは……冬になったら釣りを教えてくれるって約束したんだぞ。それなのに……死んだ……オマエのせいだ。フィリナが悪いんだっ!」
ヘレラちゃんは素早く私の手を掴んだ。
「帰るよ! フィリナちゃん!」
引っ張られるまま駆け出す。
振り返ると、その男の子は泣き続けていた。
☆☆☆
次の日の早朝。ファイヤーゴブリンに殺された人たちのお墓へやって来た。私一人だ。
私は伯父に嫌われている。
この身体の本来の主であるフィリナちゃんは、この村のために一生懸命頑張っていたようだ。
墓標に手を合わせた。墓標はたったひとつ。木の柱にこの世界の文字が彫ってある。読めない。
墓標の下にはファイヤーゴブリンに殺された多くの人が眠っている。フィリナちゃんの父親も。あの男の子の父親も。
「ゴメンねフィリナちゃん。身体を勝手に使ってしまって。身体と一緒に、お父さんと一緒に天国のお母さんに会いに行きたかったよね」
焼き殺されたフィリナちゃんの魂。
残された身体は別世界で生き続けることを願った私に横取りされてしまった。
私がこの身体で、フィリナちゃんとして出来ることは何だろう。
柵の補強。午前中の私は特技・魔法『腕力強化』を使って大人でも苦労する重い丸太を持ち上げては、地面に刺すための穴まで移動させ、とにかく働いた。
魔力は一晩寝れば回復していた。
魔法。たったの三秒間。魔力。午前中に枯渇。
それでも発見があった。特技を連続使用するときはステータス画面から選ぶ必要はない。念じれば自在に使えるようになったんだ。
午後。食事を取っても魔力は回復しない。
ここからはほかの子供と同様に特技に頼らず肉体労働だ。
井戸から水を汲んで甕に水を満たす。
これを柵づくりの現場へ持っていく。皆に水を振る舞うためだ。
そこまで大きくはない甕はけれど、水を入れればかなり重い。
「フィリナちゃん、私も運ぶよ」
ヘレラちゃんだ。
甕の取っ手の右側を私が、左側をヘレラちゃんが持ってくれる。
「ありがとう。午後になったら力が出なくて」
「大丈夫だよ。二人で運ぼう。右と左。二人で力を合わせれば、重い物も持てるんだよ」
「右と左で力を合わせる……」
「うん。力を合わせて頑張ろうね」
☆☆☆
夕方になり、今日の柵づくりは解散。
翌日の早朝。魔力は回復している。
お祖父さんがまだ寝ているのを確認して、そっと家を抜けだした。
場所は村の広場。この時間は、誰もいない。畑にも人の姿はない。
「右と左で力を合わせる……」
ステータスオープン。私の左右に大きな画面が現れる。
右側の画面は職業・異竜戦士。いろんな恐竜が選べるけれど、選んだ結果は暴れたい衝動にかられるだけ。
左側の画面は特技・魔法。いろんな魔法が選べるけれど、どれも三秒程度、たいした力は発揮できない。
深呼吸して右の画面から恐竜のトリケラトプスのイラストに触れる。
『選び続ける』
『これに決める』
『やめる』
『選び続ける』を選択するとトリケラトプス以外は薄い陰がかかった。
続いて左側を向く。特技・魔法の画面に変化はない。『腕力強化』という文字に触れると、ほかの文字に薄い陰がかかる。
『選び続ける』
『これに決める』
『やめる』
こちらの画面にも選択肢が出てくる。
もう一度右の画面を見やる。トリケラトプスに変化はなかった。
『これに決める』を選択。
トリケラトプスを選んだものの、暴れたい衝動はやって来ない。
広場にある重そうな石を見つけて持ち上げる。
「3……2……1……」
三秒たっても魔法は終わらなかった。30秒も持続したのだ。
「よかった。そうだ。火も試してみよう」
画面を出し、左から『火炎』。『選び続ける』で右から『トリケラトプス』。
手を、水を掬う形にして火が出るよう念じてみる。
ボウゥゥっ!
私の手から火の塊が現れた。メロンくらいの大きさだ。私自身は熱くない。
広場にある丸太に火の塊を落としてみる。火の塊は丸太を燃やしていった。
すごい。恐竜の強い力と、弱い魔法を組み合わせば何とかなる。
『選び続ける』
それは一方の力を選んだあとで、もう一方の力を選ぶことだったんだ。
この力は魔法使いだ。いや、これが異竜戦士なんだ。
「あ……」
感心していたら丸太がどんどん燃えていた。煙も出ている。まずい。
急いで『冷凍』と『トリケラトプス』を選んで火を消した。
本日は仕事のため、初めて『予約掲載設定』で投稿しております。
上手くできていますでしょうか。
第8話の投稿は18時~22時のあいだに行います。
どうぞよろしくお願いします。