68.オーガキングの村
「なんでオーガキングがダンジョンの中で村を作っているんだよ」
「はい。何でもアリなのがダンジョンです。それにしてもオーガキングは第4層に住むと言われています。どうして第2層に」
「第4層で何が起きているんでしょうか」
キコアとリナン、ルティアさんが困惑の表情を示す。
ここは第2層『4分の4地点』。
やってきた広大な空間にはオーガたちが村を作っていた。
石畳の床だった足元は、ここは地面になっていて、木々や家々まである。
そんな家に住んでいるのは大きなオーガだ。
通路からオーガ村の様子を窺っていると、天井から壁が降って来て退路を塞がれてしまった。
これでは戻れない。
多くの冒険者が『4分の2地点』の終わりにある安全区画の転移陣から地上に引きかえしていた。
これが理由か。今の私たちでは難易度が高いかもしれない。
「ここを突破するしかないってこと?」
「シアンタさん。以前この辺りまで来たことがあると言ってしましたわね。そのときは、どうしたんですの?」
「そのときは、この通路じゃなかったんだよ」
エリーの質問にシアンタが頭を抱えながら答える。
第2層『4分の3地点』への入口は21個ある。ここは13番通路だ。
これまでシアンタは別の通路から潜入したんだろう。
広大なオーガキングの村。
横幅は、この通路の出口を中心として左右に500メートルほど。
天井は高い。
出口から100メートルほど進めば村の門がある。
その左右は木の柵が壁際まで続いている。
本当に村なんだ。奥行きは……。
「こんなときはオフタルモサウルス×視力強化!」
奥行きを看破してやる。
……ダメだ。木や家などの障害物があって奥まで見ることはできない。
『なにも戦わなくてもいいんじゃないか』
「それって見つからずに進めってこと? 無理だよ、そんなの」
聖竜剣に怒るシアンタ。
村に進入しても、向こう側に辿り着く前に見つかってしまう。
オーガが何体住んでいるのか分からないけれど、囲まれたら厄介だ。
だからって、退路が絶たれた通路で、いつまでも立っているわけにもいかない。
「どうすれば……。あれ?」
部屋の壁際に何かがうっすらと見える。
さっきは見えなかったけれど、恐竜と魔法の力を使っている今なら見える。
目を凝らして見てみると、それは階段だった。
階段は天井付近まで続いていて、そこから真っ直ぐ、柵のない通路が奥まで伸びていた。
「そうか。全ての魔物と戦わなくてもいいときがあるんだ」
「フィリナまで何言ってるのさ」
シアンタが怒る。
私は階段のある方を指した。
「みんな、ついて来て」
壁際まで来ると、やはり階段があった。
階段を上り、通路を奥へと進む。
階段も通路も、人がやっと通れるくらいの幅しかない。
長いあいだ使われていない様子だ。
体が大きなオーガたちは使うことができず、忘れ去られてしまったようだ。
この高さからだとオーガ村がよく見える。
見下ろせばオーガたちが火を囲んで騒いでいる。
ここから見えるだけでも50体以上はいる。
「これだけの数を相手にすることはできませんでしたね」
「オーガリーダーも何体かいますわね」
「アイツら、なにか食べていやがるな」
ルティアさんとエリーが顔を険しくし、キコアがオーガたちの食事に気付く。
向こうの天井にはコウモリの魔獣、ミッドナイトバットが逆さまでくっついていた。
騒がれないように、そっと通路を進む。
3キロほど進むと、下り階段が現れた。
「通路、ここで終わってる」
「マジかよ。まだオーガ村の出口は見えないぜ」
戦闘があるかもしれないから、あまり使いたくないけど、オフタルモサウルス×視力強化。
『フィリナは面白い天職と特技を持っているな』
手にした聖竜剣が語りかけてくる。
見えたっ!
この高さからなら奥が見える。
階段を下りて1キロほど進めば壁があり、そこに一部に、通路のような四角い穴がある。
「そこに辿り着くまでに、オーガ村の出口の門を突破しなければなりませんわね」
エリーの言うとおり、階段の入口は村の外にあったけれど、階段の出口は村の中にあるのだ。
「そっと行きましょう」
階段出口から門まで500メートルほど。
その手前には家が何軒かある。
門から通路までは500メートル。
リナンの言うとおり、そっと行けば気付かれないかも。
階段を下りると、足下が柔らかい。近くには池がある。
「みんな、足下、気をつけて」
「池に何かいるかもな」
池の中から視線を感じる。
全員臨戦態勢で、そっと通過する。
出来るだけ壁沿いに歩けば、オーガたちにも気付かれない。
「おわっ!」
キコアだ。
「どうしたの?」
「なんか踏んだ」
なにを踏んだの?
暗くてよく見えないので、オフタルモサウルス×視力強化!
「あっ!」
「うん。俺が踏んでいるのはフライングフロッグだ」
キコアは羽根の生えたカエルを踏んでいたのだ。
「ゲロゲロゲロォォー!」
踏まれていたフライングフロッグは痛かったのか、抗議の叫びを発すると、踏んでいたキコアをひっくり返して飛んで行った。
「ゲロゲゲロゲロロォォー!」
同時に池の中から何十匹ものフライングフロッグが飛び立つ。
一匹のカエルが叫び出したので、ほかのカエル仲間が危険を察して飛びあがったんだ。
「どうして、こんなに?」
「育てていたのかもしれません。オーガキングには知性があります。ほかのオーガに知識を授けると聞いています」
「わかったぞ。オーガたちが食っていた肉はフライングフロッグの肉だったんだ!」
ルティアさんの解説とキコアの発言の中、カエルの叫びを聞きつけてか、オーガの何体かが私たちに気付き始める。
そして向かってきた。
「みんな、走ろう」
こうなったら一気に駆け抜ける。
「ガアアアア!」
後ろから追ってくるオーガが叫ぶと、前方の家から別のオーガが出てくる。
さらに門からも門番らしきオーガが走ってきた。
「入口の門には門番なんていなかったのに」
行く手は塞がれ、後ろも取られてしまった。
囲まれたのだ。
「ブルカノドン×火炎!」
魔法の火の玉を前方に向けて連発。
何体かのオーガに命中した。
「今だよ。出口に走って!」
私を先頭にみんなで走る。
火の玉を連発しながら燃えるオーガの脇を通過。
「うわっ!」
「きゃあ!」
振り返ると、キコアとエリーがうしろから迫ってきたオーガに殴りとばされていた。
「グオオオ!」
助けに行こうにも、燃えるオーガの一体が私たちとキコアたちのあいだに立ち塞がる。
「あの大きさはオーガリーダーです」
オーガリーダーには生半可な魔法の火の玉は効かないんだ。
私の近くにはルティアさんとシアンタ。
向こうには体勢を立て直したキコアとエリー、それにリナンもいる。
ダンジョン入口に現れたオークリーダーには5倍の魔法消費量で勝つことができた。
オーガにも効果があるかも。
「だったら! ブルカノドン×火炎! 消費魔力5倍!」
オーガリーダーに魔法の火炎が命中。
「グゥゥゥ」
「そんな?」
オーガリーダーは倒れてくれたものの、黒焦げになりながらも戦意は失わず、立ち上がろうとしている。
「うわっ! 剣が折れた。オーガってこんなに強いの?」
声に目を向ければ、オーガが振りかざした棍棒に、剣が折られてしまったシアンタがいた。
「これを使って!」
私はシアンタに聖竜剣を投げ渡す。
「あれは!」
ルティアさんが何かに気付いた。
キコアたちの後方から何かがやってくる。
それは背丈も横幅も随分と大きなオーガだった。
「オーガキングです。こんな状況で戦えば……」
ルティアさんが不安げな表情でこちらを見る。
今すぐ魔法を連発してキコアたちを助けなきゃ。
それで間にあう?
ここはキコアたちに自力で脱出してもらったほうが早い。
「ダトウサウルス×付与術!」
ルティアさん、キコア、エリーの身体が光る。
「キコア、エリー! その力でこっちに駆けてきて!」
「これなら逃げ切れるか?」
「わかりましたわ!」
身体能力が強化されたキコアはリナンを担ぎ、エリーと共にオーガの攻撃を掻い潜ってこちらへと駆けてきた。
「私たちも行きましょう」
ルティアさんが私を担ぎ、出口に向かって駆け出す。
エリーは戦闘中のシアンタを掴んで私たちのあとを駆けてくる。
村の門を抜けて、最奥の壁にある通路の入口に駆けこんだ。
振り返ればオーガたちが追いかけてくる。
そのとき、通路入口の天井の一部がシャッターのように下りてきてオーガの行く手を阻んだ。
オーガの姿は見えないけれど、塞がれた入口の向こうではオーガたちが騒いでいる。
それも数分経つと、諦めてくれたのか何も聞こえなくなった。
「みんな、ちゃんといるよね」
全員、疲れ切った顔で床に座り込んでいた。
こうしてオーガキングの村を突破した私たちだった。




