64.第2層『4分の3地点』へ
ダンジョン第2層『4分の2地点』と『4分の3地点』のあいだ。
そこにある安全区画の周囲は広大な空間になっていて、多くの冒険者がテントを張っていた。
そこにゴブリンキング率いるゴブリン軍団が出現。
これをBランク冒険者のレクソビさん率いるパーティが退治。
これだけでも前代未聞の騒動なのに、突如現れた紫の竜魔人がレクソビさんを殺害。
辺りは騒然。
竜魔人は奥へと消えていった。
「あの竜のような化け物。喋っていたよな。じゃあ魔物ではないよな。人間が人間を殺めたってことか」
「冒険者を狩る冒険者かよ。怖いな」
「俺たちは魔物を狩って、素材を得られればいい。これ以上は潜らねぇよ」
翌日。
私たちのテントの周囲で朝食をとる冒険者たちは、そう口にしていた。
「竜魔人。一体何の目的でレクソビさんを殺したんだろう」
殺されたレクソビさん。
この広間にもギルド職員は数人が常駐していて、相手の目的が分からない以上、単独の行動は控えるようにと、各テントを回って注意してきてくれた。
ギルド職員の一人は転移陣を使って地上に戻り、この事件をギルドに報告するという。
レクソビさんのご遺体は、ギルド職員とパーティの仲間によって地上に運び出された。
レクソビさんの仲間たちはリーダーを失った。
仲間たちは落胆した様子でご遺体に付き添っていた。
とてもダンジョン攻略ができる雰囲気ではなかった。
「ダンジョンを攻略させたくないのかもしれません」
ルティアさんが私の言葉に応えてくれる。
「エリーの護送中に遭遇した竜魔人は魔竜を従えていました。レクソビさんを殺した竜魔人も、このダンジョンに眠る魔王竜の魂を手に入れ、何らかの目的を達成しようとしているのかもしれません」
「う~ん。俺にはレクソビのことが気に入らなかったように思えるけどな」
キコアの言うとおり、竜魔人はレクソビさんの首を、みんなに見えるよう高く上げていた。
まるで恨みでもある人間を討ち取ったかのように。楽しそうに。
ルティアさん、キコアの言うこと。両方とも頷ける。
「あの者は誰なんでしょう。一体何の目的で」
リナンの顔は険しい。
「ねぇ。やっぱり私たち、一緒に行動しようよ」
私たちのテントの横で寝袋で就寝していた冒険者に声をかけた。
シアンタだ。
「うう、まだ眠い」
まだ眠っていたようだ。
「シアンタ。冒険者を殺す者が現れたんだよ。昨日ギルド職員も一人で行動するなって言っていたよね。私たち、目的が一緒なんだから、パーティを組めないかな?」
「冒険者狩りの冒険者が何さ。ボクは魔王竜の魂を狩る者。聖竜剣士なんだ。そんな程度じゃビビんないよぉーだ」
シアンタは寝袋から出ると、カバンから干し芋を取りだして食べはじめた。
☆☆☆
第2層の『4分の3地点』の入口は、広間の壁際にある。
入口は21個だ。
この場所の奥にある安全区域で、多くの冒険者が転移陣を使って地上に戻っていく。
それでも『4分の3地点』に潜入しようとする冒険者は10組を越えるそうだ。
私たちの前には何組かの冒険者が列を成して、入口の前に立ったギルド職員の案内を待っている。
前を見れば、何組か前で並んでいたシアンタの番が来た。
「キミはソロか。知っていると思うが、この先は生易しいワケではないからな」
「平気だよ。ボクは聖竜剣士なんだから」
「聖竜剣士。そうか、オマエがシアンタ・アルバレッツ。13番の入口から入れ。ほかの入口より比較的には優しい経路だ。それと冒険者狩りをする異形の存在には気をつけろよ」
「へへーんだ」
シアンタは、職員に促されたてダンジョンの奥へと入っていった。
なんだか危なっかしいな。
ついて見ていなくちゃいけない気がする。
私たちの番がまわってくる。
「冒険者証を拝見」
「あの。聞いていいですか」
私はギルド職員に声をかける。
ルティアさんたちも私に視線を向ける。
「さっきのソロの子。シアンタのこと、知っている感じでしたけど」
「ああ。職員や冒険者の中では有名な子だ。アルバレッツ家の者とか自称しているが、彼女のダンジョン潜入記録は第2層の『4分の3地点』での途中まで。毎回ケガをしては、ここまでフラフラで戻って来て地上に戻るんだ」
「やっぱり、一人にはしておけない。どうして、そこまでしてシアンタは挑戦するんですか?」
「さぁ? アルバレッツ家の誇りとか? 本当にアルバレッツ家なら大歓迎だけれど、12歳の御令嬢を一人で戦わせる貴族なんてありえない。仲間うちじゃあの子はニセモノだと噂されている」
「あの子と同じ経路。13番の入口から入らせてもらえませんか」
リナンが何事かと目を向けてくる。
「たった今、別の冒険者が入った経路に入るだと?」
ギルド職員が怪訝な目を向けてくる。
あの子を一人にしてはダメだ。
「もしかして、先に潜入した冒険者が得た素材を横取りしようとしているんじゃないだろうな」
うしろに並んでいた冒険者たちがザワつきだす。
「そ、そんなことは」
「このパーティの平均ランクはFなのです」
私とギルド職員のあいだに割り込んできたのはリナンだ。
「さきほどのソロの方と同様に、初心者向けの経路に通してくれませんか。13番以外にもあると思うのですが」
「なんだ。そういうことか」
職員が警戒を解く。
「初心者向けの経路を望んでいただけのようだな。だったら14番も比較的に楽と言われている。素材向けの魔物は出てこないが、安全区画まではいけるかもな。通れ。あと冒険者狩りには注意しろよ」
「はい。お姉さんがた、参りましょう」
リナンが14番の入口に向かう。
はなしは終わったとばかりに、職員はうしろにいた冒険者パーティの対応を始めてしまった。
「さっきは驚きました。ギルド職員には、いらぬ誤解を招かないようにして下さい」
「ごめん」
通路を進みながら、リナンに謝る。
「どうしてシアンタってヤツにこだわるんだ?」
「キコア。なんだか私、あの子のことが心配で」
出会うたびに魔物にやられていたし。
「さっきの職員の人、シアンタは『4分の3地点』の途中で戻って来るって言っていたよね」
「そうですね。転移陣は各層の中間と、各層の終わりにしかないので、『4分の3地点』で攻略は無理だと判断したのなら、戻って来るしかありませんね」
「みんな、やっぱり私、心配だ」
「心配って言っても、別の通路に入っちまったぞ。会おうにも会えないって。それにアイツはフィリナの誘いを断ったんだ」
キコア、うん。そうなんだけど。
「そんなに会いたければ、会いに行ったらどうですの?」
エリーが真顔で言う。
「エリーさん。どうやって?」
「シアンタさんは隣の入口から入ったのでしょう。ならば壁を壊して隣の道に進入すればいいのでは?」
リナンの答えるエリー。
けれどリナンの表情は曇る。
「ダンジョンの壁は簡単には壊れません。第1層の終わりにある、谷底に抜ける通路を作るだけでも大変だったんです。多くの魔法士が何度も攻撃魔法を壁にぶつけ、何ヶ月もかけて通路を作ったといいます。人力や工具では壁に穴なんて空きません」
「強力な攻撃魔法ならよろしいんですわね」
「強力な攻撃魔法なら、もしかすると……できる、かも……」
リナンが私のほうを向く。
みんなの顔も私のほうを向いている。
「私、やってもいいかな」
今日はまだ恐竜と魔法の力は使っていない。
魔力は満タン。100の状態だ。
ブルカノドン×火炎の消費魔力は2。
25倍にして放ったとしても魔力は50残った状態だ。
今後の戦闘に備えることもできる。
みんなが下がる。
爆風に巻き込まれないためだ。
「じゃあいくよ。ブルカノドン×火炎!」
巨大な魔法の火の玉が通路の壁を砕き、その先にある土を抉っていく。
そして爆発した。
「フィリナさん!」
ルティアさんたちが駆け寄ってくる。
火の玉が爆発した場所は大きく抉られ、そこを中心に通路の壁、床、天井にはヒビが入っている。
けれど隣の通路に通じたワケでもなく、きれいなトンネルができたわけでもない。
考えてみれば、この程度で新たな通路を作ることができるのなら、侯爵領の魔法士がダンジョン内に真っ直ぐの道を作れたはずなんだ。
「私が言いださなければ。残念でしたわね」
エリーが沈んだ表情をする。
「ん? なんだか奥に明かりが見えないか?」
キコアは抉られた最も奥の部分の前に立った。
キコアの言うとおり、うっすらとした明りが漏れている、気がする?
キコアは槍の石突きで、明りが漏れているという付近を突いた。
ボロボロっ。
土と壁材が剥がれ落ちる。
そうなると、今度は私でもわかるほど、土の向こうから光が漏れてきた。
☆☆☆
「隣の通路だぞ。13番の通路か分からないけれど」
「案外、隣の通路までの厚みは、それほどでもなかったようですわね」
もう一度、ブルカノドン×火炎の魔法を放ったところ、隣の通路まで貫通させることができた。
私たちは隣の通路に移動して先へ進む。
「このままフィリナが壁をガンガン壊せば、手っ取り早く深層に行けるんじゃないか?」
「同じことを試みた魔法士もいたようですが、深層部に行けば行くほど、簡単にはいかないようです。薄い壁に厚い壁。法則性もなく入り組んでいますので」
リナンが言うには、横の貫通は楽でも、下への貫通は難しいようなのだ。
「それにしてもキコア、目が良いんだね」
キコアは土の向こうから漏れる、わずかな光も見逃さなかった。
「硬貨って道に落ちていると陽の光を照らし返して、光っているだろ。俺は道に落ちている硬貨を見逃さない冒険者だぜ」
なるほど。生活がかかっているもんね。
「耳だって良いんだぞ。硬貨が落ちる音だって聞き逃さない。 ……ん!」
キコアが足を止める。耳を澄ませている?
次に反応したのはルティアさんだ。
「剣と剣がぶつかる音? いえ、剣で金属のような固い物を叩いている?」
「この先に誰かがいるぞ」
私たちは慎重に歩みを進める。
「それにしても、冒険者はスゴイですわね」
「私たちも冒険者だけどね」
エリーと私は顔を見合わせた。
曲がり角が見えてくる。
ここまでくれば私でも剣と金属がぶつかる音が聞こえる。
角の先。そこはやや広い空間になっていて。
そこではシアンタが二体の魔物に挟みうちにされていたのだ。




