63.事件
第2層『4分の2地点』を攻略中ですが、広い場所に出たようです。
第2層潜入6日目。
魔物を倒してきた私たちの前に、これまでにない広間が現れた。
「わぁ!」
広い空間には多くの冒険者がいた。
ところどころにテントを張り、火を起こして野宿している。
「お姉さんがた。ここは第2層の『4分の2地点』と『4分の3地点』のあいだです。とりあえずお疲れさまでした」
リナンが労いの言葉をかけてくれる。
しばらく歩いて振り向けば、左右に伸びる壁には、私たちがやってきた出口と同様、たくさんの出口が連なっていた。
私たちが第2層に入るときの入口は39個あった。
それぞれの通路がこの空間に通じているようだ。
「ここが『4分の2地点』のあとにある安全区間なんだね」
各層の中間にある安全区画には地上へと戻ることができる転移陣がある。
多くの冒険者がここから地上に戻るという。
第2層の魔物は地上で出会う魔物とは一線を画す。常識が通用しないのだ。
それにここまでくれば、魔物の素材は十分に集まっている。
素材回収目的でダンジョンに潜っているのならば、ここまでくれば目的は達成されているのだ。
これ以上ダンジョンに潜って危険な目に遭うのなら、地上に戻ったほうが良いと考えるのは当然だ。
「フィリナさん。実はここは安全区画ではないんです」
「リナン?」
「安全区画はこの先にある小部屋です。いつもの安全区画と同じくらいの大きさなんです。ここは安全区画に隣接する大広間。それでも安全区画の周囲は魔物を寄せ付けないので、みんなここで野宿しています」
どうも安全区画は狭すぎて、一組のパーティしか野宿できないらしい。
それでも安全区画には転移陣がある。
安全区画の周囲ならば、いざというときに転移陣で地上に戻れる。
だから、みんなここで野宿しているのだ。
「じゃあ、私たちも今晩はここで陣を張りましょうか」
「ここには大勢の冒険者がいますわ。安心ですわね」
「安全区画のまわりには魔物は出ないしな」
キコアの言うとおり、安全区画の周囲には魔物が出ない。
これまでも、急に魔物が出てこないなと思ったら、安全区画が近くにあったという経験がある。
ここでならほかにも冒険者がいることだし、ひょっとすれば夜番をしなくていいかも。
あたりを見回す。体育館の10倍くらいはあるだろうか。
ドゴォォン!
「な、なんだ!?」
一角から悲鳴が聞こえる。
その前に何かが壊れる音がした。
野宿の準備をしていたルティアさんたちはもちろん、周囲で食事、酒盛りをしていた冒険者たちが立ち上がる。
音がした先では、壁が崩れ、壁の奥から多くの魔物たちが姿を現していた。
「どうしてここに魔物が現れるんだ!」
「ここは安全区画の隣だぞ。こんな所にまで魔物が!」
「コイツらはゴブリン! ゴブリンキング? どうして第2層に!?」
壁際でテントを張っていた冒険者たちは慄いている。
「ゴブリンキング! 記録では第3層の深奥に住む魔物です。どうして第2層の中間部に」
「魔物が移動をする理由。それは食糧不足。大繁殖により住処を失う。天敵に追われた。この三点が予想できますが」
「壁を壊して現れたとなると……冒険者ギルドでも知らない経路を使って深層から這い上がってきた。そう考えられますわね」
リナン、ルティアさん、エリーがそれぞれ口にする。
「ゴブリンは定住する魔物。第3層に這い上がってきたのではなく、逃げてきたと考えれば」
「マジか。ゴブリンキングが逃げ出すような魔物が第3層に出たってことかよ」
ルティアさんの予想に、キコアは愕然とした様子だ。
私たちはゴブリンキングが率いるゴブリンの群れに向かう。
ほかの冒険者たちも同様だ。
「よく見たらゴブリンリーダー、ゴブリンナイトもいるぞ」
冒険者のいうとおり、大柄のゴブリンや鎧と剣で武装したゴブリンもいる。
ゴブリンキングを筆頭として、周囲の冒険者を薙ぎ払っていく。
「ここは俺に任せろ!」
一人の冒険者がゴブリンたちの前に立ちはだかった。
「負傷者を奥に移動させろ。ここは俺たちが食い止める!」
精悍な顔つきの男性だ。バランス良く引き締まった全身の筋肉。
魔法金属マジリルの剣、同じく円楯を構えたその姿は、遠くから見ても信頼できる。
対峙したゴブリンキングは威圧されているのだろうか。
一歩、その足を後退させた。
冒険者の人だかりの中から、仲間と思しき人たちが現れ、ゴブリンたちに睨みを入れる。
「おおっ! Bランク冒険者のレクソビのパーティだ」
「彼らなら相手がゴブリンキングだろうと」
Bランク。リナンが言っていたっけ。
このダンジョンを攻略している冒険者の中でも、Bランクともなれば数人しかいないって。
「うおぉぉぉ!」
レクソビという男性冒険者はゴブリンキングに立ち向かう。
ゴブリンキングはやらせんとばかりに、ゴブリンナイトとゴブリンリーダーは動くけれど……それもレクソビさんの仲間たちに防がれてしまう。
その仲間は筋肉、素早さそうな剣使い、腕利きの弓使いたちだ。
レクソビさんの仲間が矢を放ち、配下のゴブリンに命中させていく。
「スゴイですね」
「さすがBランク筆頭のパーティだな」
「はい。現在のところ、ダンジョン攻略を有望視されている人物の一人でもあるんです」
感心して見ているルティアさんとキコア。
リナンが説明してくれる。
「レクソビさんはバナバザール侯爵領の魔物ハンター。最近はギルドの依頼で侯爵領南部に現れた魔物の群れを退治しにダンジョンを離れていたそうですが、戻ってきたようです。50頭からなるキラーウルフの群れも討伐したことがあるそうです」
「マジか」
キコアが唖然とした表情でレクソビさんとゴブリンキングの戦いを見つめている。
私たちもほかの冒険者たちと同様に、レクソビさんたちの戦いを見守ることにした。
一時間経過。
レクソビさんのパーティは誰ひとり欠けていない。動きも鈍っていない。
「あれがBランクのパーティか。全員がDランク以上の冒険者っていうぜ」
「ゴブリンキングまで倒せそうだな」
パーティの一人には、遅れてやって来た回復魔法が扱える女性魔法士もいる。
すでにゴブリンリーダー、ゴブリンナイトは倒れている。
本当にゴブリンキング率いる集団を倒せそうだ。
「ちぇっ。ボクが倒そうとしていたのにな」
「ん?」
「え? あっ。さっきのヤツ!」
隣で不満を漏らす冒険者に目を向けて見れば、そこにいたのはシアンタだった。
「よかった。ここまで来ていたんだね」
「……フンだっ!」
シアンタはレクソビさんに目を向けた。
私も彼の戦いぶりを見る。
「くらえっ!」
「ギャアア!」
ついにレクソビさんはゴブリンキングに剣を突き刺した。
後ろへ倒れるゴブリンキング。
「やった。狩った。勝ったぞ!」
「わああああ!」
レクソビさんの勝利宣言に周囲の冒険者が沸いた。
「あれがBランクの戦いぶりか」
「あれが私の目指す通過点」
キコアとルティアさんが羨望の眼差しでレクソビさんを眺めている。
レクソビさんは仲間たちに駆け寄り、感謝の言葉を投げかけていた。
良い人なんだな。そんなときだ。
「ケケケ。隙ありとはこういうもんだ」
何者かが飛び出してきた。そして。
「きゃあああ!」
レクソビさんの仲間である女性魔法士が悲鳴を上げた。
彼女の足下に転がったものは、レクソビさんの首だったのだ。
「Bランクとはそんなものか。これがダンジョンを攻略する者だって? ケケケ。弱いっての!」
その声の主。レクソビさんの首を撥ねた者。
それは紫の甲冑、兜、仮面に覆われた竜魔人だった。
どうして竜魔人が。
竜魔人は剣を上下左右に振るい、ゴブリンキングとの勝利で油断していたレクソビさんのパーティに襲いかかる。
「ちぃ!」
レクソビさんの仲間、素早さそうな剣使いさんが竜魔人に対応する。
これを機に筋肉さん、弓手さん、女性魔法士さんが体勢を立て直した。
「ぬおっ! さすがに正面から戦いたくはないぜ」
竜魔人は床に転がったレクソビさんの首を掴むと跳躍。
ダンジョンの壁際に左手でつかまり、右手でレクソビさんの首を高らかに上げた。
「Bランクを討ち取ったり! なにがBランクだ。力を得た俺の前ではガキ同然。イキってんじゃねぇぞ、上級冒険者ども! 次の標的はテメぇらだ!」
「きゃああ!」
竜魔人はレクソビさんの首を女性魔法士に投げつけた。
受け取った女性魔法士は悲鳴を上げる。
「じゃあなぁ。バカ野郎ども。せいぜいダンジョン攻略とかいう夢でも追ってろ!」
竜魔人は広間の奥へと駆けていく。
「追おう!」
「はい!」
私の言葉にルティアさんたちが反応してくれる。
私たちは竜魔人を追った。
どうしてここに竜魔人がいるんだ。
紫色の体表。これは風の魔王竜を操っていた竜魔人とは違うものだ。
あの竜魔人は何者なんだ。
竜魔人は広間の奥を曲がった。
この広間はずいぶん広いようだ。
それでも逃がさない。 ……あっ!
奥を曲がった先も広大な空間があり、その先には多くの冒険者がテントを張っていたのだ。
100メートル先は行き止まり。
ここに先ほどの竜魔人がいることは確実なのだけれど。
「冒険者、多いっ!」
たくさんの冒険者がテントの前で食事していた。
広間の隅での騒動、すなわちレクソビさんパーティとゴブリンキングの戦いは、ここまでは伝わっていなかったのかな。
ここから竜魔人を探せっていうの?
竜魔人は人間が変貌したもの。
人間の姿に戻ってしまったら、探しようがない。
「ん? どうしたお嬢ちゃん?」
「レクソビさんの戦いはどうなったんでぇ?」
「レクソビが勝ったに決まってんだろ」
酒に酔った冒険者が絡んでくる。
「これでは、竜魔人の捜索ができませんね」
ルティアさんの言うとおり、酔っ払いに聞きこみしてもムダだ。
難攻不落といわれるダンジョンに、Bランク冒険者をも殺す竜魔人の出現。
私は肩を落としたのだった。




