62.VSデッドマンサラマンダー
第2層『4分の2地点』。
ソロの冒険者シアンタが先を歩いてますが、仲間になった訳でもなく……
「あ! デッドマンサラマンダーだ!」
第2層『4分の2地点』を進んでいるときのことだ。
通路の先を歩くシアンタが、広間に差し掛かると魔物に気付いた。
オレンジ色をしたサンショウウオのような魔物がいたのだ。
大きさはモグラの魔物・ビッグモールほどじゃない。
でも後ろ足で立ち上がる姿は3メートル近くある。
その身体はサンショウウオだけあってヌラヌラしている。
「コイツはボクが倒すんだ。邪魔しないでよね」
シアンタが魔物に立ち向かう。
手にしているのは聖竜石を加工して作ったと思われる剣だ。
「一人で向かわせて大丈夫かな」
シアンタはなんというか、危なっかしいところがあるように思える。
まだ一緒にダンジョンを歩いて一日しか経っていないけれど。
「私たちと彼女は別のパーティです。魔物を先に見つけたほうが、先に魔物を狩る。彼女がその気であるのなら、私たちは邪魔することはできません」
「パーティって言ってもアイツはソロだけどな」
ルティアさんとキコアがシアンタの戦いを見守っている。
シアンタは魔物が振り上げる剛腕を掻い潜りながら、その身体を斬りつけていく。
あれ? 魔物、斬りつけた個所は出血するものの、すぐに出血は止まり、傷口はふさがっていくのだ。
「あの魔物は再生能力が強いんです。斬っても斬っても倒れません。ゆえに先達の冒険者たちは、すでに死んだ魔物と戦っているのだと思ったそうです。そうして名付けられたのがデッドマンサラマンダー」
リナンの解説に私とエリーはなるほどと頷いた。
「そうなると、どうやって倒せばいいんですの?」
「あの魔物の喉には再生能力を司る再生器官があります。それを先に攻撃すれば……あ、シアンタさんも、それを知っているようです」
ルティアさんの言うとおり、シアンタは魔物を攻撃しながら正面の隙を突き、喉元に一太刀を加えた。
魔物の喉元には濃いオレンジ色のコブがある。
シアンタから一閃を喰らったコブは鮮血を噴き出す。
「あとは普通の魔物みたいに攻撃を加えりゃ、勝てるってワケか」
キコアが感心しながら観戦している。
ところが……だ。
シアンタが何度も斬りつけているというのに、魔物は一向に倒れない。
傷口はこれまでどおり、塞がっていく。
あっ! 見れば喉元のコブ、再生器官まで再生していたのだ。
「ぎゃふぅっ!」
シアンタは魔物の剛腕に殴りとばされ、壁に身体を打ち付けてしまった。
「頭からぶつかったぞ。大丈夫なのか」
キコアの言うとおり、シアンタは蹲って頭を抱えていた。
それでも魔物が近づいてくるのを察すると、立ち上がり剣を構える。
再生を続ける魔物にどう立ち向かうんだろう。
そう思った矢先のこと。
シアンタは剣を構えたまま、横に倒れてしまった。
「また?」
気絶している。
「ルティアさん!」
「こうなると交戦権は私たちに委譲されます。戦いましょう」
ルール違反ではないってことだ。
私たちはシアンタを守るように魔物の前に立ち塞がった。
「リナン。シアンタを安全な所へ」
「は、はいっ!」
魔物は両の腕を振るってくる。
拳が床に当たれば、床が弾け飛ぶ。
「くらえ!」
キコアが矢を放つものの、刺さった個所は、矢を少しずつ外へ押し出しながら、やがて体外に放出。傷口は埋まっていく。
「なんだか固くてブヨブヨしていますわね」
エリーの竜鱗材からなる鉄拳もあまり効果がないようだ。
「ええいっ!」
妖精憑依したルティアさんが喉元のコブを斬りつける。
やはりコブも再生してしまう。
「そんな。コブまでは再生しないのに。だからこれまで倒せてきたんです」
シアンタを通路まで引きずっているリナンが、悲鳴混じりに言う。
「むにゃあ。あれ? ボクは……魔物は」
「交戦権はお姉さん方に移行しましたよっ」
なんだかシアンタが目覚めたようだ。
それにしても再生器官まで再生するのでは、どうやって倒せばいいんだ。
「まさか。第二の再生器官があるってことじゃないよね?」
アギリサウルス×俊敏性強化(中)の力で魔物を剣で攻撃する。
それでもやはり、傷は再生していく。
「この魔物は男爵領の洞窟にも現れましたが、第二の再生器官なんて聞いたことがありません」
ルティアさんの表情は険しい。
でもここはダンジョンだ。
昨日のトリックトータスも変容を遂げていた。
この魔物だって、変容していてもおかしくない。
「矢がなくなっちまったぞ。ちくしょうっ!」
キコアが鋼鉄の槍で魔物に立ち向かう。
魔物の傷は増えていく。
そして癒えていき、塞がっていく。
ここは撤退したほうが良いのかな。
そう思いながら、三人が攻撃しては、魔物の傷が塞がっていくのを見て、ふと気付いた。
「脇腹って」
「ぼんやりしてどうしましたの? 攻撃に加わって下さいまし」
エリー、ごめん。たしかに手が休んでた。
でも観察に集中することで、気付いたことがある。
「ルティアさん。喉元の再生器官を攻撃してください」
「でも、そこを攻撃したところで……わかりました!」
ルティアさんは私と目が合い、察してくれたようだ。
「次にエリーは魔物の左わき腹を狙って!」
「なんだかわかりませんが、わかりましたわ!」
エリーも行動に移ってくれた。
「俺はどうするんだよ」
「キコアはとりあえず、魔物の注意が二人から逸れるよう、派手に攻撃して」
「わかりやすくて良いな!」
ダトウサウルス×付与術!
三人の動きが格段に上がる。
キコアが魔物の背中にまわり、鋼鉄の槍を何度も突く。
魔物が振り返った矢先、ルティアさんが再生器官を切断。
続いてエリーの鉄拳が魔物の左わき腹を捉える。
「全力放出!」
エリーの特技が魔物の脇腹を抉った。
左わき腹は破裂。
肉片や血液と共に、喉元にあるコブと同様の物が体外に吹き飛ぶ。
「やっぱりあったんだ。ふたつ目の再生器官」
「当たりですねフィリナさん」
「あとは攻撃を喰らわせ続ければ」
「倒すことは可能ですわ!」
喉元の再生器官は再生しない。
きっと第二の再生器官を失ったせいだ。
魔物の身体に負わせた傷も塞がらなくなった。これなら倒せる!
☆☆☆
「この魔物はボクが倒すはずだったんだ。どうして横取りするのさ」
「おまえ気絶してたじゃんかよ」
ぷんぷんと怒るシアンタにキコアが突っ込みを入れる。
今は魔物・デッドマンサラマンダーの解体中だ。
「肉は滋養強壮に。体表の粘液は傷薬になります」
ルティアさんはヌラヌラした粘液を丁寧にこそぎ取って、壺に入れている。
ガマの油のようなものなのだろうか。
「貴女も解体に加わって良いんですのよ。魔物の特性は貴女の戦いを見て得たもの。貴女にも魔物の素材を得る権利は少なからずあると思いますわ」
エリーに言われたシアンタは、一瞬目を輝かせるものの。
「フンだっ」
解体には参加せず、一人でダンジョンの先を目指そうとする。
「待って」
私は立ち上がった。
「やっぱり第2層の魔物はおかしいと思う。みんなで協力してやっつけないと。一人じゃ危険だよ。シアンタ、一緒にダンジョンを攻略しよう」
キコアが「マジか」と口にする。
ルティアさんたちは何も言わない。
「私、第二の再生器官を見つけられたのは、みんなが魔物への攻撃を続けてくれていたからなんだ」
仲間が攻撃を続けていてくれた。
それを観察することで気付いたんだ。
左の脇腹をあたりが、一番再生が早いって。
次に喉の再生器官の周辺の再生が早かった。
手足に向かえば向かうほど、再生の速度は遅かった。
「これは攻撃を続けている人では気付かなかったと思う。攻撃する人と、冷静に観察する人。両者がいたから倒すことができた。だから身体の奥に隠れた再生器官に気付くことができたの」
「だから何?」
「ここからのダンジョンは仲間がいたほうが良いんだよ。パーティを組もう。私たちの目的は同じ。ダンジョンの攻略。深層にある魔王竜の魔王竜石を砕くこと。だったら一緒に」
「ボク一人で十分なんだよ!」
シアンタが近づいて来て目の前で叫ぶ。
「ボクは、ボクはね。アルバレッツ家の者として魔王竜石を砕くんだ。ボクは聖竜剣士なんだ。ただの冒険者の力なんていらない。一人で成し遂げて、みんなをアッと言わせるんだ!」
そう言ったシアンタはダンジョンの奥へ駆けていった。
「やはりアルバレッツ家の人でしたのね」
「それにしても、なんだよアレ」
エリーとキコアが呆れた目でシアンタの背中を見る。
「気のせいかな?」
私にはシアンタの言葉が、追いつめられている女の子の悲鳴のように感じられた。




