61.シアンタ
現在は第2層の『4分の2地点』です。
倒れていた冒険者のシアンタっていう子を助けましたよ。
「う~ん、ここは? ボクは?」
第二層5日目。ダンジョンの中で倒れていたシアンタに遭遇。
さらに姿を変える亀の魔物、寄生虫の魔物を倒した。
シアンタにはポーションを飲ませた。
傷は少しずつ塞がっていったけれど、それでもぐったりとしていた。
「身体の傷は塞がっても、精神が消耗しきっているようですね。目覚めるのはもう少し先のようです」
ルティアさんに頷き、シアンタを放っとくわけにはいかず、背負いながらダンジョンを進み、今はダンジョンの通路で野宿中だ。
そんなときにシアンタは目を覚ました。
「ここは安全区画ではないけれど、安心して。私たちがいるから」
第2層は第1層の3倍ほどの距離がある。
一日歩いただけでは『4分の1地点』と『4分の2地点』のあいだにある安全区画には辿り着けないとリナンは言う。
「うう~、お腹すいた」
「もうすぐ温かいスープができるよ」
みんなで夕食をとる。シアンタにもスープを食べさせた。
病み上がりとは思えない速度でスープをたいらげていた。
「ポーションが効いたようですわね」
「ポーション? そもそもボクは魔物と戦っていたはずなのに」
「オマエは俺たちに助けられたんだぜ」
「助けられた? このボクが?」
私はシアンタをここまで連れてきたいきさつをはなして聞かせた。
「ボクはちょっと寝ていただけだ。起きたら魔物と再戦するつもりだったのに!」
「あの魔物ならフィリナが燃やしてしまいましたわ」
「フィリナって誰!?」
みんなの視線が私に向いたので、シアンタが私をギッと睨んだ。
「どうして燃やしたんだよ」
「だって寄生虫が出てくるし。素材に使うには気持ち悪いし。解体もしたくなかったから」
夢にも出てきそうだったから、全会一致で燃やしてしまったんだ。
「別に助けてもらわなくても、ボクは平気だったんだからな。なにせボクは聖竜剣士。オマエたち普通の冒険者とは違って、ダンジョンを攻略するんだ。それくらい強いんだぞ」
ダンジョンを攻略? それは私たちと同じだ。
「そもそも聖竜剣士って?」
「そうだ。この剣こそが……って、剣はどこ?」
キコアの言葉を受けて、背中に手をまわしたシアンタは、剣を背負っていないことに気付く。
「シアンタの持ち物だったら、そこにあるよ」
倒れていたシアンタの近くには大きな袋があった。袋の中身は、きっと冒険用具だ。
剣はシアンタが握っていた。
これらはリナンが持って歩いてくれた。
今は私たちの荷物の隣に置いてある。
シアンタは急いで荷物に駆け寄り、剣を握った。
「よかった。ちゃんとあった」
愛おしそうに剣を抱き寄せる。
シアンタは剣を背中に担ぐと荷物を持って歩きだした。
「まって。どこへ行くの?」
私は慌てて声をかける。
「ボクはこのダンジョンを一人で攻略するんだ。時間がない。こんな所でグズグズしてられない」
「一人でって。ぶっ倒れていたくせによ」
キコアの言うことは尤もだ。不安しかない。
「ねぇリナン。ダンジョンは一人で攻略できるものなの?」
「ソロの冒険者もいますが、そんな人は第2層の途中で地上に戻ります。それ以降はパーティを組んでいる冒険者しか到達していません。そもそも昨今の記録は第3層の『4分の1地点』の途中までです」
「そうなんだって。ねぇ、一緒にダンジョンを攻略しようよ。私たちの目的は魔王竜の魂の力を無効化すること。魔王竜の魔石って言うのかな。それを砕くことなんだ」
するとシアンタは振り向いた。
「それ、本当?」
「もちろん」
「……ぷっ。あははは」
笑われた。なぜ。
「無理無理。無理だって。ボクならともかく」
そう言うと踵を返し、シアンタはこの先の角を曲がっていった。
「なんだアイツ。礼も言わないで」
「いるんです。助けられても礼を言わない冒険者」
キコアは怒り、リナンは残念そうだ。
私がシアンタを助けたとき、Cランクの男性が感心していたけれど、ああいう人が多いからだろうか。
その日の晩はここで野宿した。
翌朝出発。
通路の角を曲がった途端に目にしたのは、そこで野宿しているシアンタの姿だった。
☆☆☆
「どうしてボクについてくるのさ?」
「だって、通路が一本道なんだもん」
前を歩くシアンタがこちらに振り向く。
とっても機嫌が悪そうだ。
「なんだか面倒なヤツだな」
キコアはシアンタを睨みかえした。
シアンタは背中に大きな剣を担いでいる。
トリックトータスの部屋で、シアンタは剣を持ちながら気を失っていた。
その剣は刀身、鍔、柄の部分がひとつの素材でできているものだった。
素材は水色に輝いている。さすがに柄の部分は、持ちやすいように布が巻かれているけれど。
シアンタを担いでトリックトータスの部屋を出るとき、リナンに頼んで剣をシアンタの鞘に納めてもらい、荷物と共に持ち出してもらっていた。
「あの剣。なんだか不思議」
「彼女は聖竜剣士と名乗っていましたね。あの剣、もしかすると」
「知っているの? ルティアさん」
ルティアさんは頷いた。
「80年前に終結した魔竜大戦。戦中には人類に協力する良い竜が現れました。聖竜です。そんな聖竜と心を通わせ、聖竜と共に魔竜と戦う剣士たちがいました。それが聖竜剣士」
「聖竜は魔竜大戦で傷つき、死んだといいますわ。でも魂は死なず。聖竜の魂は巨大な聖竜石となったといいます。聖竜剣士たちは、聖竜石を剣に加工しましたわ」
エリーが説明を加えてくれる。
魔物には魔石があるのと同様、聖竜には聖竜石という力の源というか、魂の結晶のようなものがあるようだ。
シアンタの背中の鞘から少しだけ見える刀身や鍔は、水晶のように辺りの光を照らし返している。
エリーが続ける。
「聖竜剣士たちは戦後に功績が認められ、王国から聖竜騎士という名を授けられました。さらに名誉侯爵の位も授かり、その家は今も同様、名誉侯爵家として存在していますわ」
「はい。当時、王国から名誉侯爵を賜わった聖竜騎士は五名。彼らは五大武侯とも呼ばれています。ここバナバザール侯爵領の隣に領地を構える五大武侯といえばアルバレッツ家です」
リナンもなんだか詳しそうだ。
「それじゃあシアンタは貴族の御令嬢なんだ」
とても見えないけれど。
そういえば高級宿の支配人がシアンタのことを貴族の娘って言っていたっけ。
シアンタのうしろ姿を眺めていると、シアンタは振り向いてニヤっと笑った。
私はなんとなく呟く。
「だから剣を大事にしているんだね」
「それにしても解せません」
ルティアさん? どうしたんだろう。
「聖竜剣士と心を通わせた聖竜は、一人につき一体だったと聞きます」
へぇ。パートナーだったんだ。
「一体の聖竜石から加工できる剣は、せいぜい一振り。その剣は持ち主である家長が所有しているか、屋敷に祀られているはずなのですが。どうしてシアンタさんが持っているのでしょう」
シアンタの年齢は私より少し上くらいだ。
あの年で名誉侯爵家の家長なわけがない。
大事な剣を、どうしてシアンタが持っているの?
家の人たちから剣を託されてダンジョン攻略を命じられたにしても、貴族の娘ならば従者がつくはずだ。
でも彼女は一人なのだ。
どういうこと? ひとりで攻略を命じられたのかな。
前を行くシアンタを見る。
なんだか見つめ返されている気がする。
でもシアンタは前を向いている。
なんだか視線がシアンタの背中の剣に吸い込まれる。
気になる。
「あ! 分岐点だ」
シアンタは分岐点に立ち、左右をせわしなく眺めた。
あとを歩いていた私たちも分岐点で立ち止まる。
「右に行きましょう」
「じゃあボクは左だね!」
右に行こうと勧めるリナンの声に、シアンタは「左」と反応した。
そして左に駆けていく。
みんなは右に歩きはじめた。
壁には先達のアドバイスなんて書いていない。
「リナン、どうしてこっちなの?」
リナンの頭の中の地図には、こちらが正解だと書いてあるのだろうか。
「はい。以前の分岐点に比べてわかりやすいんです。理由は」
「なんでって言われてもな」
キコアは黙って指を下に差す。
ルティアさんも黙って指を下に差した。
「足下の埃の量です。右側の通路の床の埃は、左側のそれに比べて積もっていません。こちらに多くの冒険者が歩いていった証です。でしたらこちらが第2層踏破への道なのかと」
「はい。たしかに分岐点の壁には先達たちの伝言はありませんでしたが。多くの冒険者が第2層の『4分の2地点』まで踏破しています。それだけ多くの人間がこちらの通路を選んだ。その先に安全区画がある。リナンはそう考えました」
埃の量?
そんなこと言われても、右と左の通路を見比べても、埃の差なんて私には分からない。
言われて、意識して入念に見比べて、そういえば左のほうが埃がたまっている?
それだけ左を選んだ人が少ないのかな。
そんなふうに思えるくらいだ。
それでもベテラン冒険者のルティアさん、キコア、案内人のリナンは分かっていた。
「私、まだまだだ」
「私もですわね」
エリーと共に溜息つく中のこと。
「どいてどいて!」
あとからやってきたシアンタが、私たちを掻き分けて走っていく。
しまらくすると前方で駆けるのを止め、歩きだした。
「どうしたんだろう」
「はい。おそらく左の通路の先は、すぐに行き止まりだったんだと思います」
だからこそ、先達たちはあえて伝言を残さなかったのかな。
シアンタの背中を見ていると、ほっぺを膨らませたシアンタが不機嫌そうに振り向いてきた。




